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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
22/39

俺、後輩パワーをもらう

「お兄さん、そのお花、素敵ねえ」


 声をかけてきたのは、どこかの店のエプロンをつけた女の人だった。

 夕陽を背にしていて、全体的に影がかかっている。帽子を深く被っていて、顔はよく分からない。


 ただ、声の調子やしゃべり方、ちょっとぽっちゃりした体型から、そう思ったのだ。


「ああ、ありがとうございます」


 女の人は横に体を傾けた。帽子からはみ出した口もとが、ゆるりと弧を描く。


「ねえそれ、よければ少し譲ってはもらえないかしら。とてもキレイだもの」


「え」


 花束を見下ろす。


「ダメかしら?」


 俺が渋っていると思ったのだろう。申し訳なさそうな響きが混じる。


「もちろんタダでとは言わないわ。うちの手作りサンドイッチと交換でどう?」


 手元の袋を振ってみせた。中には、サンドイッチとおぼしきものが三つほど入っている。


 俺はあわてて花束を差し出した。


「いやいや、全然大丈夫ですよ。好きなだけもらってください」


 後輩とベルには申し訳ないが、家に帰っても正直もて余してしまう。それに、せっかくなら素敵だと言ってくれる人にあげた方が、花も喜ぶのではないだろうか。


「成立ね。サンドイッチ、美味しいから食べてみてね」


「はい、ありがとうございます」


 結果、三分の二ほどの花を引き取ってもらい、荷物はずいぶん軽くなった。手には交換したビニール袋が残る。


「じゃあ」


 女の人は、去っていった。


「はるひと、おまたせ!」


 入れ違いに幼女が雑貨店から出てくる。ルンルンしているところをみると、ウィンドウショッピングは楽しかったらしい。


 頭の上には疲れきったタヌキが乗っていた。


 秋の夕暮れは早い。空には少しずつ藍色が広がり始めていた。


「あれ、はるひと、お花減った?」


「き、気のせいじゃね?」


 まっすぐな瞳に見上げられて、思わず目をそらす。


「ほんと?」

「ほんとほんと」


 ぬるい風が体に吹きつけた。

 タヌキがピクリと鼻を動かす。


『小僧、その袋はなんじゃ? なんぞ、うまそうな匂いがするのう』


「んー、もらいもん?」


「ベル、それ食べたい!」



 俺は、気づかなかった。


 この裏通りには、食べ物を扱う店なんてなかったことに。

 俺が一人になったタイミングで、声をかけてきた不自然さに。


「家帰ってからな。ほら行くぞ。電車に遅れる」


 夕闇の中で、オレンジの花びらが暗い炎に包まれた。燃えかすになって、アスファルトに散らばる。


 女の人の黄金(きん)の瞳が、物陰で妖しく光ったことにも気づかなかった。




 次の日。時刻は朝八時。


「おかえりなさい、はるひと! お風呂にする? ごはんにする? それとも、わ、た、……みゃ!?」


「するわけねぇだろ!!」


 玄関で靴をはいた俺は、しゃがんで幼女のやわらかいほっぺたをムニムニとつねった。こいつ、ご丁寧に赤いチェックのエプロンまでつけてやがる。


「アホか! 言いたかっただけだろうが! あと今は朝だからおはようだっつーの!!」


 幼女はもちもちのほっぺたを伸ばされながら、器用にくちびるをとがらせた。


はっへ(だって)ひひははっはんはほん(言いたかったんだもん)


「いや、開きなおるな!」


 ほっぺたから手を放すと、幼女はなおも不満げにいった。


「だって、これなら男は確実におちるっておかーさんがいってたもん」


「おちッ!?」


 お母さん、子どもに何を教えてるんだ! 何を!! 俺はそんなんに引っかかったりしないからな、絶対。


「はぁー、もう行くからな。夕方には帰ってくるから」


 今からみっちり八時間、バイトである。


「はるひと」

「ん?」


 ふりかえると、寂しそうに両手をのばす幼女と目があった。しょんぼりとツインテールの先が垂れている。


「だっこ」


 つい口もとがゆるむ。これだからちびっこは。


 わきの下に手をいれて持ち上げた。小さいのでやっぱり軽い。幼女はくすぐったそうに笑うと、ぎゅっと首に手をまわした。


「んふふ。はるひと、いってらっしゃい」


「ん、行ってきます」


 さらさらの銀髪を優しくなでた。




 バイトは、何事もなく終了した。


 時刻は午後六時。

 スタッフルームの窓の外は、そろそろ日が沈もうとしている。


 俺はベンチに座って休憩していた。


「お、なんか楽しそうな顔してるな」


「そうなんですよ先輩! うちの神社、オレンジの花を育てていたんですけど、今朝見たら紫の花に変わってたんです!! すごくないですか?」


「ブッファ!?」


 思わず口もとを押さえた。


 申し訳なさと驚きが、同時に突き刺さる。吹き出しつつも、かろうじて真顔を保った俺をほめてほしい。


「ベルだろ、それ……」


 どうやら、オレンジの花のかわりに紫の花を咲かせていたらしい。


 どうやって?


 幼女が両手をあわせて、伸びろー! と、上下にニョキニョキと動かしているイメージが浮かんでしまう。


「っ……!」


 ツボにはいって、肩の震えが止まらなくなった。


「す、すごいな。それは」


「ですよね。手品ですかね?」


 相変わらずの美少女な後輩は、こてんと首をかしげた。こんなことをしても、清楚な雰囲気が失われることはない。長い黒髪がさらりと揺れた。



「っ、ゲホッ」


 ここ数日、体がだるい。頭もふわふわする。


「くそ……」


 加えて、頭から離れないのは腕のアザだ。あと一週間で死にますと言われた呪い。

 右腕だけでなく、左手や両足の先にも青黒い黒ずみが発生していた。チクチクと痛みがたえまなく続く。


「……きっついな、これは」


 じわりと死が迫るのを視覚的に見せつけられるのは、やはり辛い。


「……でも」


 だけど、あと三日もすれば。

 死んでしまえば。


 この辛さも、心配も無くなる。

 その方が楽なんじゃないか? これ以上の努力など、自分でも期待していない。何でもいい。


 結局、俺は自分の事などどうでもいいのだ。


「先輩、悩みごとですか?」


 後輩が、うつむていた俺を下からのぞきこむ。心配の色が黒い瞳にはあった。


「ん? いや、何でもないよ」


 しまった。顔に出ていただろうか。後輩にまで心配されてしまうとは、俺もまだまだだな……

 彼女は顔を近づけた。距離がぐっと縮まる。


「先輩なら、大丈夫です! 私信じてますから!」


「……おー? ありがとな」


 何で信頼してくれるのかは知らんが。そこまでのことを、彼女にしてあげただろうか。


「ふふ、何でここまで言われるのか分からないって顔してますね」


「えっ! 分かんの? なんで?」


 すげえ、エスパーか? 

 ベルといい、この後輩といい、女の人は勘が鋭いのだろうか。


「先輩は、分かんなくてもいいんです!」


 彼女は、くちびるにひとさし指をあてて、いたずらっぽく笑った。


「だから、教えてあげません」


 入り口のところまで行くと立ち止まって、振り返る。ツヤのあるポニーテールがゆるりと流れた。


「先輩は先輩らしく、進めばいいんですよ!」


 そういって、彼女はスタッフルームから出て行ってしまった。



「……応援、されてしまったな」


 残された部屋で、一人つぶやく。


 なんとなく、ふわふわと先のことを考えないようにしていた。


 もう死んでしまうならそれでもいいかと、思っていたが。


「もうちょっと、頑張ってみるか」


 ゆっくりと腰をあげた。


『小僧!』


 店の外に出ると、聞き覚えのある声がした。


 笠を背中にくくりつけたタヌキがちょこちょこと走ってくる。俺の体をよじ登ると、背負っていたリュックを器用に開けて潜りこんだ。


『散歩して疲れたのじゃ。ワシを運べ』


 ふんぞり返った上から目線は健在である。


「おまえなあ」


 こいつはこいつで好き勝手うろちょろしていることも多い。アパートの部屋から居なくなることもよくあった。今日も町を歩き回っていたのだろう。


「俺はタクシーかよ」


『ついでではないか。ワシは寝ておるから、家に着いたら起こせ。あと、桜もちを買って帰るのじゃ! 結局この間、買っておらぬではないか!』


「へいへい、店がある方通って帰るよ」


 ポケットに手をつっこんで、夕暮れの町を足早に歩く。冷たい風が、容赦なく体温を奪っていった。ふるりと背筋が震える。


「っと、」


 靴ひもがほどけたので、立ち止まってかがみこむ。自分の体が被さって、地面に濃く影を落とした。暗くてよく見えない。


 夕日が沈む、薄暗い街。

 そう。それは、日常の裏側が垣間見える、黄昏の時間。


「!」





 ガチャリ、と。



 頭に何かが突きつけられた。


 冷たい感触が伝わる。

 ヒヤリと心臓が凍った。


「ったく、依頼書には同じルートしか通らねぇって書いてたのによ。手間かけさせんじゃねえぞ、オッサン」


 聞いたことのある声。


 視界の端に、ここ数日で見慣れた、夜空のような濃紺のマウンテンパーカーが映る。


 空気が、鋭い冷気を纏った。


 体に力は入るものの、固まってその場から動けない。



 俺は今、どうなっている?



「……っ」


 あり得ないと、心のどこかが叫んでいた。


 普通、敵対するように、人に銃を突きつけるだろうか。

 つい先日、良い奴だと言ってくれたのは嘘だったのだろうか。そりゃ確かにやらかして謝ったりもしたけど。


 仲良くなれたと思っていたのは、俺だけなのか? 



 嘘だよな? 


 俺の勘違いだろ?



 だけどこれは、この状況は。


 あたりは闇に包まれた。暗い夜の気配が、すぐそこにある。


「カイ、お前……」




 どうして。

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