俺、忠告をうける
黒髪の少年が、口もとにつくり笑いを浮かべる。
広い境内に、ぽつんと一人。
「結局、諦めきれないせいで、僕らは過去にとらわれたままなのかもしれません」
そこには、怒りとあきらめと悲しみがないまぜになったような、複雑な感情が見てとれた。
「ソラ……」
なにか、重たいものをかかえているのだろう。俺でもそのくらいは分かる。こんなとき、なんて声をかけたらいいのか。
口を開いても、続きが出てこない。
「春人さんなら、大丈夫ですよ。仲間がいるでしょう?」
ころっと自然な笑顔になった少年は、神社の奥の方を見やった。
「戻ってきたみたいです」
遠くから、きゃいきゃいとはしゃぐ声がする。
「はるひとー!」
もっさりしたオレンジの花束から、足が生えていた。
……いや、花束ではない。花の山だ。そこから短い足が生えている。
幼女は、体が隠れるほど両手いっぱいに花を抱えていた。
リアルに百本くらいあるんじゃないか?
「はい、はるひと! けっこんしてください!!」
抱えた花束が差し出された。花のすき間からアメジストの瞳が見上げている。期待でワクワクと輝いていた。
「いや、結婚はしねぇけど。ありがとう」
とりあえず受けとることにする。
「お、けっこう重たいな」
大量の花はかさばる。両手もふさがるし。
「むぅ」
幼女はむくれて、ちいさな握りこぶしをぱたぱたと動かす。
ツインテールが不満げに跳ねた。
「なんで!? ひゃっぽんお花あげたら、結婚できるっていってたのに!」
「誰が?」
「てれびが!」
「…………」
テレビかー、たぶん俺がバイトに行ってる間に見てるんだろうけど。なんの番組みてるのか聞いてみたい。百本の花束プロポーズとか、幼児の教育に悪すぎる。
「ん?」
そこで俺は、あることに気づく。
腕のなかの花束を見下ろした。
「キレイな花?」
花が、妙にキレイなのだ。
こう、丁寧に育てられているというか。みずみずしい感じ?……いや待って、よく見たら水やりしたあとみたいに水滴がついてる。
これは、もしかして。
「ベル……この花、どこからとってきたんだ?」
「えっとねー、じんじゃの裏にいっぱい生えてた!」
「……そこさ、手入れされてなかったか?」
「うん! されてた!」
幼女はニコニコと頷いた。
「…………」
そして、タヌキのことばが決定打となる。
『小僧。この小娘、花壇から花を引き抜いておったぞ。止めたが聞かんじゃった』
「ああ、やっぱり……」
枯れた葉もついてないし、虫食いのあともない。
そもそも同じ種類の花が何本もきれいな状態である時点で気づくべきだった。
「あとで説教だなこれは……」
ベルは、神社の花壇から花を刈り取って来てしまったらしい。
すごい冒険をしてきたようだ。
「どうしたもんか」
これは、下手に花壇に戻してくるというのも気が引ける。
花壇に切り取られた花が置いてあるとか、明らかに嫌がらせだもんな。
「持って帰るしかないのか……?」
拝殿の横の通路から、ネコを抱えたカイが歩いてくる。腕のなかの三毛猫は、ふてぶてしくそっぽを向いていた。
「ほら、ネコ野郎。機嫌なおせよ。悪かったって」
よっぽど捕まったのがお気に召さなかったのだろう。しっぽをペシペシとカイの腕に叩きつけている。
ソラがねぎらいの言葉をかけた。
「カイ、ありがとう。お疲れさま」
双子はネコを飼い主に届けてくるそうで、ここで別れることになった。
「ありがとうございました。じゃあ、僕らはこれで。呪いについても引き続き、調べて見ますね」
カイからネコを受け取った少年がいう。
深海の瞳が穏やかな色をたたえていた。空色のパーカーが青空に溶け込むようになびく。
ソラが垣間みせたあの複雑な表情は、しっかりと隠れてどこにもなかった。
俺には想像出来ない、何かを抱えた少年。
だけどいつか、気のきいた言葉のひとつでもかけてやれるようになりたいと思った。
「何から何まですまん」
「いえ、いつでもお店にいらして下さい。お待ちしていますから」
「ああ、ありがとな」
双子はメインストリートの方向へ消えていった。一旦、彼らの本拠地であるアパレルショップの方へ戻るのだろうか。
俺たちも、駅までの道を歩くことにする。ちょうど双子とは反対方向だ。
すこし行くと、にぎやかな裏通りにも店が並んでいる。雑貨やアクセサリーの店が多かった。
オレンジの花を大量に抱えた俺。隣には幼女。……これ、職質とかされないよな?
「はるひと、あそこのお店、みてくる!」
初めて通る場所に興奮した幼女は、瞳をかがやかせて数メートル先の雑貨店へと入ってしまった。
「すぐ帰ってこいよ……って、いないし」
しばらく壁際に立って、待ちぼうけになりそうだ。
『ふむ、小娘がいないうちに言っておかねばならんの』
タヌキが頭の上に飛びのった。
『お主は甘すぎるのじゃ』
「……誰に?」
『小娘じゃよ! 少しは危機感をもて。よいか、あやつはただの幼児ではない。魔族じゃ』
タヌキは言い聞かせるように、ゆっくりといった。
「そうか? たしかに不思議な力は持ってるけど、中身は子どもだって」
『気づいておらぬかもしれんが、あやつは時々暗い目をしておる。持ち込んできた呪いの本にしてもそうじゃ。何か良からぬことを企んでおるやもしれんのじゃぞ?』
「……」
不審な言動に、心あたりが無いわけではない。
──『ベルは、はるひとに好きになってもらわなきゃいけないの』
リアル透明かくれんぼだの、建物の破壊だの、時々びっくりすることはやらかすが、悪気があってやっているとは思えない。
ベルを、悪いやつだとは思いたくない。
息をゆっくりと吐きだした。
「……どっちにしろ、俺の前ではただの可愛いちびっこだよ」
『そうかのう、時々こそこそしておるぞ?』
こそこそ?
「……そりゃあ、キッチンに隠しておいたお菓子でも探してるんだろ。二人分のお菓子の袋がゴミ箱に入ってたの見たけど?」
このあいだチョコシュークリームのお菓子を買っておいたんだが、空になっていたのだ。
お前も食っただろ? と目を向けると、しっぽの毛がピクリと逆立った。
つぶらな瞳がオロオロとさ迷う。挙動不審だ。
『わ、わわわ、ワシは食っておらん! 台所の右から二つめの棚に菓子が入っておったのなど見ておらぬ!』
「……」
バッチリ把握してんじゃねえか。
『ほ、本当じゃ! ふわふわの生地の中に「ちょこれいと」が入っておって、美味かったのなど知らぬ!』
「…………」
墓穴掘ってるぞ。
「ほら、ベルを連れ戻してくれ」
店に行ったままの幼女を呼んでくるよう、タヌキを頭から追い払う。さすがに花束を抱えて店に入りたくはないのだ。恥ずかしいし。
『仕方ないのう』
渋々タヌキが雑貨店に入っていった。
俺は道の端に寄って、花束を手に空を見上げた。
「結局、成果なしかぁ……」
チクチクと腕が痛む。
自覚すると、急に体が重くなった。
腕にはくっきりと『咒』の文字が浮き出している。黒いアザが、胸や首のあたりにも侵食してきていた。
一日、お祓いやお参りをしたが、呪いが解けた様子はない。
「……このまま最後の日をいかに楽しく過ごすか考えるべきか?」
もうあとは、双子が呪いを解く方法を見つけてくれるのを祈るくらいしか思いつかない。
「……俺、死ぬのかね」
ぽろりと不安がこぼれ落ちた。
手に持っている花束が、人生の手向けに渡された物のように感じる。
ゆっくりと空が茜色に染まっていた。
黄昏時だ。
物思いにふけっていたからか、俺は近くに人がいるのに気づいていなかった。
「お兄さん」
「はい?」
ふいに声をかけられて、俺は振り向いた。




