俺、全力で謝罪する
「あーあー、んなトコに登っちゃって」
かぼそい鳴き声がした。
陽ざしが鳥居を照らしている。
六メートルほどの木の上には、ミケ猫が一匹。好奇心でのぼって、降りられなくなったんだろう。
「人って何でこんなとこ来るんだ? 人間が神頼みしたって一生叶うわけないだろ。自分の望みは自分で叶えなきゃ意味ないっつーの!」
朱塗りの拝殿を見上げてカイがいった。パーカーの袖をパタパタとふりまわす。
「まあまあ、人間すがりたい時もあるんだって」
そのぼやきをとりなした。
「受験のときとか、年末の初詣とか、神様にお願いしたいときってあるだろ? 自分の未来がかかってんなら尚更さ」
来ているのは、朝お参りに行った神社だ。俺からすれば、さっきまでいた所に戻ってきたことになる。
木立にかこまれた境内は、変わらず静謐な雰囲気をたたえていた。
遠くの社務所の中には、さきほど会った後輩の姿はない。
ソラがほっとしたようにいった。
「ネコが高いところに逃げちゃってる可能性もあったので、春人さんにも来てもらったんですけど。予想的中でしたね」
「まあ……」
たしかに俺の身長は180センチちょい。まあ高いほうだ。悲しいことに、高いだけでイケメンではないが。
あ、でも、ベルにせがまれて「高いたかい」をすると喜ばれる。……モテてるっていうのか、これ?
「ていうかベルはどこに……」
「はるひとー!」
ガシャガシャと鈍い鈴の音がする。
幼女は、拝殿に下がる鈴つきの綱にぶらさがっていた。
両手両足でしがみついて、さながらサルである。頭を思いっきりのけぞらせているので、たれたツインテールが石の地面についていた。
満面の笑みであり、あたりにはキラキラとエフェクトがかかっていた。『楽しい』を全身で表現していて、きゃいきゃいと無邪気な声があがる。
「みてー! おさるさんごっこ!!」
……まさかのモノマネクイズ当たってる。いやいや、じゃなくて。
「ベル、おまえなあ……」
神社であそぶなよ……
頭が痛いとはこの事だ。
「はるひと、はるひと! ベルのおサルさんみてた? ねえ、みてた!?」
「はいはい、見てたから落ち着けな」
駆けよってきたハイテンションな幼女の毛先をはらい、砂ぼこりを落とす。
フリルたっぷりのドレスもぐちゃぐちゃになっていたので、軽く整えた。
お昼ごはんを食べたちびっこは、元気いっぱいである。
きらっきらのアメジストの瞳が、近くの木陰で寝ていたタヌキにロックオンされた。むんずとふわふわの生き物をつかむ。
『む、なんじゃ?』
かわいそうに、寝ぼけた小さな生き物は逆さまにつるされて、つぶらな瞳をぱちくりとさせた。
幼女のさくらんぼのようにツヤツヤの唇がひらく。
「クマさん! じんじゃの探検しよう!!」
『はっ!? ワシは偉大なる神で……やめっ、しっぽをつかむでない! この神社の奥はイヤな気配がするのじゃ! おい小僧、たすけっ……』
俺はしっかり視線をそらした。
すまん、タヌキよ。俺の身代わりになってくれ。
「あー……子守り頼むわ」
『こっ、この、薄情ものー!!!』
「んふふ、しゅっぱーつ!!」
一人と一匹の『冒険者』は、神社の探検に消えていった。
また、鳴き声がした。
木の上を見上げる。
双子が引き受けていたのは、逃げたネコを捕まえる依頼。
「……こんな、ほのぼのした依頼も受けるんだな」
俺のつぶやきをひろったソラがへらりと答える。片耳のピアスが小さくゆれた。
「さっきみたいな悪霊を祓うのが本業なんですけど。大半はこういうのが多いです。何でも屋さんですしね」
「まだ中学生なのに、大変だな……」
俺がそのくらいの年のころは部活三昧で、働くとかわかってなかったもんなあ。ちょっと同情してしまった。
むすっとしていたカイがいった。
「オッサン、肩かせ。のぼってあのネコを降ろす」
「おー、わかった」
もともとその為に、ここに俺は呼ばれたんだしな。
木の根元に膝をつく。カイが肩に足をかけた。じわりと体重を感じながら、ゆっくりと立ち上がる。
「おっけー、そのままで……よっ」
木の枝に身軽にとび移り、さらにその上の枝まで手をのばしたカイは、さっとネコを回収して腕に納めた。
「大丈夫かー?」
「ああ。つかまえ、た……」
ずるり。
足をふみはずしたカイの体がかたむく。濃紺のパーカーが空中に投げ出された。
ながれる時間がおそくなり、景色がスローモーションになる。
「カイ!」
俺は必死で上へと手をのばした。
濃紺のパーカーに指先がとどく瞬間、思わず目をとじる。
数秒後、鈍い衝撃が降ってきた。
腹に固いものがつき刺さる。
「ぅぐはっ!?」
人ひとりぶんの下敷きになった俺は、とうぜん背中から地面に叩きつけられた。
「ってて……」
「春人さん、大丈夫ですか!?」
ソラのあわてる声がきこえる。
ふわりとあまい匂いが香った。
目を開く。
ぎゅっと目をつぶったカイの顔が、すぐ近くにあった。小柄だったこともあり、ちょうど俺の上にのっかっていてケガはなさそうだ。
「うげっ!?」
ぎゅるりと腹に何かがねじ込まれた。よくみると、しっかりと腹にはカイのヒザが刺さっている。
腹の痛みの原因はこれか……マジで痛い。早く、早くどけてほしい。
腹の痛みをとりのぞきたくて、顔をしかめながら手を動かす。
と、何やら可愛らしい声があがった。
「ひゃっ!?」
「…………え、カイ?」
「あ……」
青い瞳がこぼれ落ちんばかりに見開かれる。
さっと首もとから肌が赤く染まった。繊細な黒髪がぷるぷると震える。
やったなお前、とばかりに、カイの細い腕の中で守られていたネコがスルリと抜け出していった。
体の線を隠すゆるいパーカー。
軽い体躯。
白くて柔らかい肌。
ふわりと香るいい匂い。
男性にしては高い、透き通った不機嫌そうな声。
ずっとずっと、男だと思っていた。
ショートヘアだし、口は悪いし、さっきの戦闘だって怪物を蹴散らしていたし。中性的な声にしたってソラと同じ、声変わり前だからと。
完全なる、勘違い。
それに、何がとは言わないが、ある。
手を動かしたとき、ふにゃっとタッチしてしまった、それ。
「お前ほんとは、」
「さわんな!」
「うぎゃっ!?」
頬に衝撃を受けて、起こしていた上半身がひっくり返る。張られた箇所がじんじんと熱い。ぼんやりしていると、ふたたび叫び声。
「バカ、いつまでさわってんだよ!!!」
「すんませんッ!!?」
二度目の張り手を食らった。トメばあのハリセンより痛い…………
「~っ! ソラ兄ぃ!!」
カイが兄へと飛びついた。顔を少年の首もとに埋めて、こちらに背を向ける。耳が真っ赤になっていた。
「ああ、よしよし」
ソラは背中をぽんぽんと撫でると、俺の方をみて苦笑した。
「春人さん、カイは女の子なんです。驚かせてすみません」
俺はかぶりをふった。
「いや……でもめちゃめちゃ男っぽいから気づかなかったよ」
「あはは、ほんとは名前、海なんですけどね。いつからか僕の真似をして、髪も短くして、口調もやんちゃになって、自分はカイだって言い出しまして」
兄から体を離し、顔を赤くした少女がムスッとこちらをにらむ。しっかりとつつましい胸を両手で隠していた。
「その……海、すまん。悪かった。許してくれ」
ぬるい風が神社を通りすぎる。
境内にひざをついて深々と頭を下げた。
日本文化における、ザ・謝罪の王道。DOGEZAである。
背中にイヤーな汗が浮かぶ。
これは、申し訳ない。謝罪してもしきれない。
いや、ちょっとだけ優しさがあるなら犯罪者としてケーサツにはつき出さないでくれるとありがたいけど、そんな口ごたえなんて出来るわけないし……いやでもどうしよ、即通報とかされたら俺は……
少女はぷいっと横を向いた。いつものように不機嫌そうである。
今ならカイが怒っている理由もバッチリわかる。俺がやらかしてしまったからだ。
「うるせえ、あとカイって呼べ」
「わかった。すまん、カイ」
もう一度頭を下げた。
横を向いたまま、カイはつぶやく。
「べつに謝ってほしいわけじゃねェ……あれは偶然だ。……それに私は、オッサンはいいやつだと思う」
「……ありがとう。すまん」
ほっと息を吐き出した。
……た、助かった! 九死に一生を得るとはこのことだ。いま俺は、人生の運を使い果たしたッ……!
どこまでもぬるい風が、鳥居を吹き抜けていった。
「あ、ここにいますね……」
ソラがいった。
ネコは拝殿の奥にある建物、本殿の下へと入ってしまった。縁側の下をのぞくとまんまるな瞳が二つ、暗闇で光っている。
「行ってくる。ソラ兄ぃとオッサンは入り口で待ってろ」
いまだ顔を赤くした少女が、その場から逃げるように役目をかって出た。そりゃそうだろう。まだはずかしくて、居心地が悪いに決まってるよな。本当にすまん。
濃紺のパーカーが汚れるのもかまわず、カイが縁側の下へ潜っていく。
「おいお前、こっちに来い……あ、引っ掻くなって!!」
暗闇から、どたばたニャー! と暴れる音がきこえてくる。縁側の下で、可愛らしい取っ組み合いが始まった。
つかまえるには、しばらく時間がかかりそうだ。
ソラと二人、鳥居の方までとって返す。
何気なく空を見上げ、ぼんやりと雲の流れを追った。
小さいちぎれ雲が多いが、なかにはちょっと大きめの灰色の雲もある。雨雲だろうか。
墓地での出来事が思い浮かんだ。
──『魔力を貯メルウツワ。ウツワをヨコセェエ!!』
あの犬モドキもいってたっけ。
また、聖杯。
聖杯、聖杯と、どいつもこいつも同じこと言いやがって。そのくせ妙に肝心な部分は隠されている。そのあげく命まで狙ってくるのだ。
みんなして俺になぞなぞでも解いてほしいのかよ。
かってに悪意あるクイズ大会にエントリーされて、本番当日に放り出されたような。
誰に仕組まれたのかわからない気持ち悪さと、後先の見えない不安が心にたまっていく。
こんなわけのわからないこと、誰がやった?
最近耳にした、ありえないワードが頭に浮かぶ。
魔族、天使、魔法使い……まほうつかい。
そばを歩く、深海の瞳の少年をふりかえる。
「ソラ、前に自分たちは『魔法使い』だっていってたよな。魔術じゃなくて、『魔法』を使うのか?」
ベルから借りた本によれば、魔術を使うのがヒト、魔法はそれ以外が使うものでは無かったか。
少年は、おっとりと言葉を返す。
「そうですねえ、んー、半分正解ですかね? 魔法まではいかないですけど、僕らは魔術をより効率的に使えるんです。……ふふ、気になりますか?」
深海の瞳がゆるやかに深みを帯びる。
日常を隔てたもうひとつの世界へと、いざなうように。
「春人さんは、僕らがどうして祓魔師を続けていられると思いますか? あの猟犬みたいなやつを相手にしているんです」
普通の人間じゃ死んでしまうと思いませんか、と少年は首をかしげた。
たしかに。つまりこの双子は、人間じゃない?
「え、普通の人間じゃないから?」
ソラはおどけて笑った。
「大正解です! ヒント出しすぎちゃいましたね。なんと、僕らはハーフなんです! 半妖ってやつですよ」
秋のはじめの冷たい風に、ざわりと木立が揺らぐ。
「魔族との、ね」
少年は投げやりのような口調でぼやく。
はっきりと自嘲が混じった。
「もっともコレのおかげで僕たちは生活できていますし、感謝していますよ。半分、人ではない血が混ざっている。だから特別な訓練なしに、ヒトより身のこなしが上手かったり、詠唱の省略が出来るんです。それこそ、魔法のようにね」
少年が立ち止まる。
「…………ゆえに追われ、多くを失くし、数えきれないほどの諦めを味わいましたけど」
朱塗りの拝殿を背に、決して相容れない黒髪と蒼空色のパーカーがはためく。
深海の瞳の底に眠るのは、憎しみか、絶望か。
歪んだ口角が片方だけ上がった。
「本当に、虫酸が走る」
不吉にざわめく木々が、少年の顔に陰を落とした。




