俺、ポテトとハンバーガーな親交を深める
「尖ったモノが多い……ここはフィールドが悪すぎますね」
墓石が砕け散った霊園で、ソラは呟いた。
それでも慌てる様子はない。
慣れているようだった。
「始めましょう」
俺と幼女を背後に、少年は両手を組むと目を閉じる。
ふわりと黒髪が浮き上がり、やわらかな藍色の光がこぼれた。
空色のパーカーの裾がはためく。
深海色の目をひらいた。
「【主よ、我らを守護り給へ】」
たちまち少年を中心に、球体の光の壁が立ち上がる。
それは、うじゃうじゃと襲ってきた黒い影の侵入を阻んだ。
影がいくつも、青白いスパークを散らして消えて行く。
俺は、圧倒されていた。ぼんやりとその様を眺める。
「すげぇ……魔法みたいだ」
目の前で人が魔法をみたらどうなるか?
その手のアニメや小説で慣れていると思っていたが、そうでもないらしい。手品よりハデで、映画より凝った演出。
何もない所から閃光が生まれ、壁が出来て、黒い影を斬り祓う。
信じられない。
いま俺は、奇跡を見ている。
驚きと興奮が体を支配していた。
「ほんとにすごいな」
俺の呟きに、ソラがくすりと笑う。
この程度、彼にとってはなんでもないのだろう。少年は数メートル先を見やった。
「ただの防壁魔術ですよ。もう少し待ちましょう、あとはカイが終わらせるので」
確信を持った口調。
一見、犬モドキを相手に戦うカイの方がかっこよく見えるが、たぶん双子のブレインはソラなのだ。先を読んで、指示を出す。双子のチームプレーといったところだろうか。
壁の外では、もう一人の双子、カイがソレと対峙していた。
獣の低い声が響く。
再び、姿が消えた。
「また消え……?」
唸り声。
「!」
ちょうど、俺の真横。
中空から、牙を剥いた猟犬が現れた。
ひやりと体の血が凍る。
美味しそうなごちそうをひと飲みにしようとばかりに。
目の前で毒々しい赤眼が光った。
しかし、その願いは叶わない。
ソラが築いた曲線の壁に弾き返され、凄まじい衝突音とともに地面に落ちた。
『祓魔師ゴトキが……邪魔をスルナァア!!』
怒りの咆哮が響いた。
「っ!」
鼓膜が破れそうだ。
空気がビリビリと震える。
倒れた墓石が粉々に砕けた。
身の毛のよだつ声に、鳥肌が止まらない。
猟犬は、ターゲットを変えた。
怒りの矛先が、カイへと向けられる。
黒い犬モドキは素早かった。
現れたと思えば消える。
そして、死角から突っ込んでくるのだ。
前から。
横から。
後ろから。
上空から。
カイはその全てをかわし、あるいは牽制で発砲しながら耐えていた。
無駄のない動き。
涼しげな表情。
こちらもこの程度はよくあるのだろう。
背後から現れた犬モドキが噛みつく。
アクロバティックに後転して回避。
濃紺のパーカーがコウモリのように広がる。
首から下げた十字架のネックレスがきらめいた。
「っ、ちょこまかと──」
カイが巨大な犬モドキの横っ面を蹴り飛ばす。
流れるように。
止まらない水のように。
手のなかのハンドガンが火を噴いた。
「ウゼーんだよ!!」
爆発音とともに、犬モドキが吹き飛んだ。地面に転がって、動きを止める。
すかさず鈍く光る銃を構え、照準をあわせる。
青い幾何学的な光のラインが、銃身にいくつも浮かび上がった。
「さっと成仏しやがれ……【敬虔な使徒である我が命ず。主の御名のもとに、】」
目つきの悪い、青い瞳が細められる。
引き金にかけた指が動いた。
「【光あれ】!」
轟音に黒い巨体が悲鳴をあげ、その身はぐずぐずと溶けだした。
跡形なく、黒い水溜まりと化した猟犬。それは、地面に染み込んで静かに消えていった。
亡くなった動物たちが眠る霊園に、おだやかな風とあたたかな日ざしが戻ってきた。
「……」
……ここは、嵐が通り過ぎていったのだろうか。
あたりの草木がなぎ倒されている。石の墓碑がくずれ、地面には所々えぐれたあとが残っていた。
「はるひと、すごかったねえ!」
バトルをアニメか何かのように見ていたのだろう。無邪気にはしゃぐ幼女をよそに、俺は思わず呟いた。
「ああ、これはひどい……」
◇
「あの猟犬は『鋭角』を起点に、空間を移動できるんです」
ティンダロスの猟犬ってやつですね、と両手で持ったハンバーガーにかぶりつきなからソラはいった。
だから、石の鋭いカケラが飛び散ったあの場所は危なかったんですよ、なんてモゴモゴほっぺたを動かす。
「なるほど……?」
こうしていると祓魔師とは思えない。全然普通の少年に見えるんだけどなぁ。
時刻は午後一時。
俺たちと双子は、メインストリートにあるファストフード店に来ていた。遅めの昼食だ。
このあいだの、幼女によるアパレルショップ粉々事件のおわびである。メシぐらい奢らせてくれとお願いして、連れてきたのだ。
「俺たち、そのままにして出てきちまったけど、大丈夫なのか? もしかして、弁償……」
結局、墓地の悲惨な状態を放置したまま移動してきたんだが。少し、いやかなり心配だった。
カイはポテトをひたすら口に詰めこんでいる。
「ああん、んなカリカリしてっとハゲるぞ? 更年期かオッサン?」
「違ェよハゲてねぇ! あとオッサンじゃない!! こちとらピチピチのフリーターだ!」
「はるひとハゲなの?」
「違うからそんな言葉覚えないで!?」
ああ、自分で言ってて悲しくなってきた。
「まあその件は、ウチの会社の連中が処理してくれるだろうよ。それとな、あんなに魔力が濁ったトコにド素人がいるとか何考えてんだよ! アホかアンタ」
つまんだ細長いポテトを向けてカイがいった。
顔をしかめている。たぶん、よくわからないくせに、危ない場所にふらふらと現れたのが気にくわないのだ。
俺は苦笑いして頭をかいた。
「いや、墓参りでちょっとは呪いが解けないかなと思ってさ」
俺は人間である。魔力がどうとか、知ったことではない。ついでに霊感の類いもない、はずだ。最近色々見えたりしないでもないが。
まあ、弁償のことも含めて何とかなりそうなら大丈夫か。
ほっと俺の顔が緩んだのを見ると、カイは目を釣り上げた。
「んなことあるかボケぇ! たまたま浄化依頼で来たから良かったものの! ただでさえケガレを腕につけてンのに墓地なんかに行くんじゃねぇよ!! ほんとバカなのか!?」
……すんげえ剣幕だな。
目を見開く。
俺はやらかしてしまったらしい。
「おお……」
あのーあれだ。カイさん、うしろに怒りのオーラをまとっていらっしゃる。
こういうのはトメばあのハリセンの時と同じで、口答えしてはいけないのだ。火に油を注いでしまう。
「すまん」
とりあえず言ってみた。謝るの、大事。
「分かってねぇだろオマエ!!!」
『ヒェッ』
恐ろしい剣幕に、頭上のタヌキが飛び上がった。
なおタヌキはアップルパイを食べており、俺の頭は食いカスだらけである。今度マジで覚えてろよ……
「だいたいオッサンは……!」
謝罪は逆効果だったらしく、ガミガミと指を突きつけるカイ。
そんでもって、ファストフード店で推定中学生に怒られる二十五歳の成人男性、俺。
端からみれば非常にシュールなんだろう。
「カイ、カイってば」
と、助け舟が現れた。
「まあまあ、春人さんがお昼おごってくれてるんだし。それで許してあげたら? ハンバーガー、美味しいよ?」
二つ目のハンバーガーに手を伸ばしながらソラが言う。柔らかい黒髪がのんきにゆれた。この少年、細い体の割によく食うのだ。
「ダメだ! ソラ兄ぃはすぐ食いもんに釣られるから!!」
カイは鋭い瞳をさらに釣り上げる。まだまだ怒りは収まりそうにない。
「そっかー、ごめん春人さん。すいませーん、ポテトのLサイズあと二つ追加でー!」
だめでしたー、とのんびりソラは笑った。追加注文も忘れない。軽い絶望感が押し寄せる。
なんということでしょう。助け舟、撃沈。でもカイだって、理由があるから怒ってるわけで。
「はは、心配してくれてありがとな、カイ」
笑いかけると、むすっとしたカイが眉を寄せる。
「だからオッサンは──」
「はるひと……」
べちょり。
真っ赤でべちょべちょになった小さな手が、横から白いTシャツの袖をつかんだ。
さみしげな瞳がかまってほしそうに見上げている。
「え、手が、赤……?」
テーブルには、バンズとレタスとハンバーグに分解された、元ハンバーガーがあった。
まわりに赤や黄色のソースがこぼれている。
「あ、ケチャップか」
俺のTシャツはケチャップの手形つきの、残念な状態になってしまったらしい。
これを落とすのにどのくらい時間がかかるんだろうか……頭の片隅で計算せずにはいられない。
「んしょ、」
隣に座っていた幼女は、もぞもぞと俺の膝に移動してきた。柔らかい重さが体に伝わる。
抱きついて両手を背中にまわし、胸に顔を押しつけた。ぷくぷくのほっぺたが膨らんで、すねた幼い声が聞こえる。
「……はるひとは、ベルのだもん」
「……」
……ああ、双子とばかり話していたから、一人だけ疎外感を感じたのだろう。悪いことをしてしまった。
ぎゅうぎゅうと小さな手が体をしめつける。
「よしよし、ごめんな」
へにゃりと笑ったベルの背中を撫でながら、向かいの双子に問う。必殺、『話題を変えて説教を回避する』の術だ。
「お前ら、これからどうするんだ?」
ソラが答えた。深海色の瞳がやわらかく細められる。
「あともう一件依頼を受けているので、そこに行く予定ですよ」
連絡をとって来るといって、ソラは席を立った。空色のパーカーが出入口へ消えて行く。
ほわっとしているが、こういうところはしっかりしているんだな。
あとには不機嫌そうなカイが、ほおづえを突いてぶすくれているだけだ。どうして毎回こんな態度なんだろうか。
「なあ。カイはいつも、怒ってたりするか? ソラとはえらい違うというか、なんというか……」
いつ見ても、イライラしているように思える。それも、俺に限らず。ソラはいつもニコニコしてるんだが。
「……」
店内に静かな時間が流れる。
有線の音楽が聞こえていた。流行りのアーティストが歌う、大切な人を一生守り抜くことを誓う曲だ。
しばらく黙っていたカイは、ぽつりと言った。
「ソラ兄ぃは、無理するから」
考え込んだような顔で、濃紺のパーカーの袖をいじる。十字架のネックレスが硬質な光を帯びて、照明の下で輝いた。
「かわりに言いたいこと、いってやらねぇと」
「……それってどういう、」
その時、ソラが戻ってきた。空色のパーカーがそよぎ、片耳につけた銀のピアスが軽くゆれる。少年は穏やかに微笑んだ。
「お待たせしました。春人さん、次の仕事、良ければ手伝ってもらえませんか?」
──『ソラ兄ぃは、無理するから』
直前に聞いたカイの言葉がよみがえる。
ふてくされたカイの、意味ありげな言葉。それを窺わせない、柔らかな表情。
この笑顔の下に、ソラは何かを隠しているのだろうか。




