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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
18/39

俺、願いまくる

「おいタヌキ。こんなんで本当に効くのか?」


『知るか! ワシにいうでない!』


 頭の上の小さな生き物は、毛を逆立てて怒った。


 講堂では、僧侶がおだやかな声でお経を上げている。朝のやわらかい日差しが後ろ姿を照らしていた。

 後ろで正座をして、手を合わせて拝む。目の前の仏像に頭を下げた。


 畳に座った幼女も、見ようみまねで手のひらを合わせる。アメジストの瞳が好奇心いっぱいに俺を見上げた。


「はるひと! お坊さん、頭つるつるだねえ!!」


「しっ!……こらベル、そういうのはな?」


 俺たちは、街の外れにある寺院に来ていた。ご利益がありそうな所を選んだつもりだ。

 自分に出来そうな呪いを解く方法は何か。そこで思いついたのが、神社仏閣めぐりである。


 あと、やれることは全部やるということで、タヌキが言っていた動物霊園にも寄ることにした。

 お祓い、神頼み、墓参りのフルコースだ。これだけやれば、さすがに効果があるだろう。


「うし、次はこの先の神社だな」


 青空の下、さわやかな空気を吸いこんで、伸びをする。

 寺の敷地内には、クスノキの大木がそびえ立っていた。さわさわと葉っぱが風にそよぎ、木漏れ日が差しこむ。


「はるひと、だっこ!」

「へいへい」


 小さな体を持ち上げると、きゃいきゃいと幼女は声をあげた。銀のツインテールがぱたぱたとはねる。幼い両手がむにりと俺の頬をはさみこんだ。


「ねぇはるひと、好きって十回いって!」


「う……まあ、いいけど。好き、好き、すき……」


 なんだ? ピザって十回いって、ヒザじゃなくてヒジを答えさせるみたいな、あれか?

 ちびっこは満面の笑みで俺をのぞきこんだ。ぷくぷくのほっぺたがピンクに染まる。さくらんぼのようなツヤツヤの唇がひらかれた。


「えっとねー、男の人と女の人がちゅーするのは?」


「キス……って、何がしたいんだよお前。俺はやらんぞ?」


「えー、ちゅーがいい! はるひと、ちゅー!」


 幼女は少しだけ不満気に唇をとがらせて、まっすぐな瞳でぺちぺちと俺の肩を叩いた。

 寺のシシオドシから清らかな水がこぼれる。太陽が反射してキラキラと光った。


「そりゃあ……」


 するわけないだろ。幼女(自称さんびゃくさい)が家にいるだけで相当ブラックよりのグレーなのに。

 ちゅーなんかしたら捕まるよ、俺?


「アホか。そんなんどこで覚えたんだよ……」


「ちゅーして『きせいじじつ』をつくると結婚できるって、テレビで言ってた!」


 幼女はドヤ顔でのたまった。


「……」


 しばしの沈黙。

 シシオドシが現実に引き戻すように、澄んだ音を立てた。


「ブッファ!?」


 現代のテレビ、恐るべし。

 いろいろ勘違いした幼女が何をしてくるのか怖いので、とりあえず無言で下におろした。


 自分の腕が視界に入る。


 お祓い後も、腕のアザに変化はない。というか、肩のつけねから手首のあたりまでひろがって、むしろ悪化していた。チクチクと針でつつかれるような痛みが続いている。だるさがとれなかった。


 しばらく歩いて坂を上った所にある、こじんまりとした朱塗りの鳥居をくぐる。

 まわりを高い木々に囲まれ、静謐な雰囲気が漂っていた。ここだけ違う時間が流れているようだ。


 幼女が手水舎(ちょうずや)ではしゃいでいる。手に持った柄杓(ヒシャク)をステッキのように振り回した。キラキラと水があたりに飛び散る。


「はるひと、こっちー!」


「暴れんなよー……ああ、服で濡れた手を拭くなって!」


 二人と一匹で拝殿の前にならぶ。賽銭箱に五円玉を投げ入れた。ガラガラと綱を揺すり、鈴を鳴らす。ええと、二礼、二拍手、一礼、だったっけか。


「腕の呪いが解けますように……」


「ギョーザがいっぱい食べられますように!」


『サクラ餅をワシに捧げる者があらわれることを願おうぞ』


「…………」


 思わず目を開けて、じっとりと隣を見る。


 食い意地の張った奴らめ。

 それ、たぶん叶えるの俺だからな? タヌキに関しては、神様が神様にお参りするってどうよ?


「先輩!」


「お?」


 涼やかな声。

 美少女が駆けてくる。(あか)い袴を着て、片手に竹箒を持っていた。黒髪を結ぶ赤い紐と相まって、とても似合っている。


「先輩がお参りなんてめずらしいですね、お困りごとですか?」


「あー、まあちょっと。そっちこそどうしたんだ?」


 彼女はいたずらっぽく笑うとこちらを見上げた。仕草に合わせてゆるりとポニーテールが流れる。清楚な雰囲気がより引き立った。


「私、ここの神主の娘なんです! びっくりしました?」


 知らなかった。意外な一面があるものだ。


「おー、驚いたよ。巫女さんみたいで良いと思うぞ?」


「みたいじゃなくて、巫女なんですよ!」


 くすりと彼女は笑った。

 ちょっと待ってください、といって、社務所に走っていく。戻ってきた彼女の手にはある品物があった。


「はい、先輩にプレゼントです。お土産にもって帰ってください」


「これは……鈴?」


 ヒモのついた小さな金の鈴が五つほど、ブドウのように束ねられて下がっている。

 揺らすとしゃらりと澄んだ音色が響く。


「ええ、もともとは魔よけの鈴だったんですけど。熊よけとかお守りとか、単に工芸品として買っていかれる方もいますね」


 これは、今の俺におあつらえ向きじゃないだろうか。持っていて損はないだろう。ありがたく頂くことにした。上着のポケットにつっこむことにする。


「ありがとう。毎回悪いな」


「いえ、先輩だからいいんです」


 彼女は、頬を染めて微笑んだ。さしこんだ光が黒髪に反射してきらめく。

 その美しさに息をのんだのはここだけの秘密だ。


『小僧、浮わついておるのう』


「ち、ちげーよ」


 頭の上のタヌキに小突かれてしまった。


 フルコースの最後。動物霊園にやってきた。

 蠱毒(こどく)に使われた生き物を慰霊し、呪いを解こうという魂胆である。


「とはいっても、呪いに使われた生き物がここに埋葬されてる訳じゃないしなあ」


 そんな都合の良いことがあるわけない。

 まあ、やれることはやってみようという、ささやかな努力だ。これでどうにかなるとは思えないが。


 灰色の雲に覆われて、太陽が姿を隠す。辺りが暗くなり、ザワザワと耳元で不穏な風が唸った。


 石のタイルが敷き詰められた敷地内には、四角い墓碑が等間隔にならんでいる。中央には立派な石でできた共用墓地があった。

 線香を立てて、リュックから取り出したガラスのコップに水を入れる。


「っ、」


 ズキンと腕に痛みが走った。


 手からコップがこぼれ落ちる。





 ピシリと、あたりの空気に亀裂が入った気がした。



 透明で滑らかなコップの表面にヒビが入り、ビキビキと広がる。

 空間全体に亀裂が入る。立体的に幾筋もの細かい線が走り、鋭い模様を描き出した。


 悲鳴じみた音と共に、コップが砕け散る。

 同時に、並んでいた四角い石の墓碑が粉々に崩れ落ちた。鋭い石の欠片が散らばる。


「これは……」


 異常な雰囲気に顔をあげた。


 墓地は、黒い靄に包まれていた。

 不気味な静けさに肌が粟立つ。


「はるひと」

『ヒェッ』


 幼女が一歩、警戒するように前に出る。

 頭の上ではタヌキが身を固くした。


 目の前に靄が集まってくる。濃くなった靄は、ゴツゴツとしたドーベルマンのような形をとった。


『『『ウツワだ。器ガアルゾ』』』


 目が真っ赤に光る。

 声が何重にもブレて聞こえた。


『カラのウツワ。膨大な魔力ヲ貯めるウツワ』


 ぶわりとソレの体が何倍にも膨れあがる。

 鋭い歯を剥き出しにして、巨大なアギトを開いた。

 だらりと涎が滴る。


 それはまるで、餓えている時に絶品の食事を前にしたような。


 気づけば墓石の隅には、犬や猫らしき黒い影がうじゃうじゃといた。いくつもの瞳が妖しく光る。


『聖杯の魔力、チカラがホシイ。とり憑いテ、内側カラ食ってヤル』


 犬モドキの姿が消えた。


 どこだ、どこに……いない。


「っ、どこ行っ──!?」




 隣に、黒い気配。


 ぬるりと湿った息が首筋にかかった。

 ぞっと寒気がはしる。


 恐怖に目を見開いた視界の中。

 焦った幼女が振り向いたのが見えた。


 耳元で低い声が吠えた。


『『『ウツワをヨコセェェ!!』』』



「っ、はるひと!」





 強烈な発砲音。


 幼女が何かをする前に、犬モドキは横()ぎに吹き飛んだ。


「どんくさいんだよ、オッサン!!」


 叫んだ黒っぽい人影が後を追っていく。


 何が起こったのか分からない。呆然としていると、ニコニコと声をかけられた。


「春人さん」


 声変わり直前の、中性的な声。

 ゆるく風になびく空色のパーカー。


 立っていたのは、柔和な雰囲気の少年だった。片耳につけたピアスが銀色に光る。


「さあ、こっちに」



 その双子は、ヒーローのようにやってきた。

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