俺、願いまくる
「おいタヌキ。こんなんで本当に効くのか?」
『知るか! ワシにいうでない!』
頭の上の小さな生き物は、毛を逆立てて怒った。
講堂では、僧侶がおだやかな声でお経を上げている。朝のやわらかい日差しが後ろ姿を照らしていた。
後ろで正座をして、手を合わせて拝む。目の前の仏像に頭を下げた。
畳に座った幼女も、見ようみまねで手のひらを合わせる。アメジストの瞳が好奇心いっぱいに俺を見上げた。
「はるひと! お坊さん、頭つるつるだねえ!!」
「しっ!……こらベル、そういうのはな?」
俺たちは、街の外れにある寺院に来ていた。ご利益がありそうな所を選んだつもりだ。
自分に出来そうな呪いを解く方法は何か。そこで思いついたのが、神社仏閣めぐりである。
あと、やれることは全部やるということで、タヌキが言っていた動物霊園にも寄ることにした。
お祓い、神頼み、墓参りのフルコースだ。これだけやれば、さすがに効果があるだろう。
「うし、次はこの先の神社だな」
青空の下、さわやかな空気を吸いこんで、伸びをする。
寺の敷地内には、クスノキの大木がそびえ立っていた。さわさわと葉っぱが風にそよぎ、木漏れ日が差しこむ。
「はるひと、だっこ!」
「へいへい」
小さな体を持ち上げると、きゃいきゃいと幼女は声をあげた。銀のツインテールがぱたぱたとはねる。幼い両手がむにりと俺の頬をはさみこんだ。
「ねぇはるひと、好きって十回いって!」
「う……まあ、いいけど。好き、好き、すき……」
なんだ? ピザって十回いって、ヒザじゃなくてヒジを答えさせるみたいな、あれか?
ちびっこは満面の笑みで俺をのぞきこんだ。ぷくぷくのほっぺたがピンクに染まる。さくらんぼのようなツヤツヤの唇がひらかれた。
「えっとねー、男の人と女の人がちゅーするのは?」
「キス……って、何がしたいんだよお前。俺はやらんぞ?」
「えー、ちゅーがいい! はるひと、ちゅー!」
幼女は少しだけ不満気に唇をとがらせて、まっすぐな瞳でぺちぺちと俺の肩を叩いた。
寺のシシオドシから清らかな水がこぼれる。太陽が反射してキラキラと光った。
「そりゃあ……」
するわけないだろ。幼女(自称さんびゃくさい)が家にいるだけで相当ブラックよりのグレーなのに。
ちゅーなんかしたら捕まるよ、俺?
「アホか。そんなんどこで覚えたんだよ……」
「ちゅーして『きせいじじつ』をつくると結婚できるって、テレビで言ってた!」
幼女はドヤ顔でのたまった。
「……」
しばしの沈黙。
シシオドシが現実に引き戻すように、澄んだ音を立てた。
「ブッファ!?」
現代のテレビ、恐るべし。
いろいろ勘違いした幼女が何をしてくるのか怖いので、とりあえず無言で下におろした。
自分の腕が視界に入る。
お祓い後も、腕のアザに変化はない。というか、肩のつけねから手首のあたりまでひろがって、むしろ悪化していた。チクチクと針でつつかれるような痛みが続いている。だるさがとれなかった。
しばらく歩いて坂を上った所にある、こじんまりとした朱塗りの鳥居をくぐる。
まわりを高い木々に囲まれ、静謐な雰囲気が漂っていた。ここだけ違う時間が流れているようだ。
幼女が手水舎ではしゃいでいる。手に持った柄杓をステッキのように振り回した。キラキラと水があたりに飛び散る。
「はるひと、こっちー!」
「暴れんなよー……ああ、服で濡れた手を拭くなって!」
二人と一匹で拝殿の前にならぶ。賽銭箱に五円玉を投げ入れた。ガラガラと綱を揺すり、鈴を鳴らす。ええと、二礼、二拍手、一礼、だったっけか。
「腕の呪いが解けますように……」
「ギョーザがいっぱい食べられますように!」
『サクラ餅をワシに捧げる者があらわれることを願おうぞ』
「…………」
思わず目を開けて、じっとりと隣を見る。
食い意地の張った奴らめ。
それ、たぶん叶えるの俺だからな? タヌキに関しては、神様が神様にお参りするってどうよ?
「先輩!」
「お?」
涼やかな声。
美少女が駆けてくる。緋い袴を着て、片手に竹箒を持っていた。黒髪を結ぶ赤い紐と相まって、とても似合っている。
「先輩がお参りなんてめずらしいですね、お困りごとですか?」
「あー、まあちょっと。そっちこそどうしたんだ?」
彼女はいたずらっぽく笑うとこちらを見上げた。仕草に合わせてゆるりとポニーテールが流れる。清楚な雰囲気がより引き立った。
「私、ここの神主の娘なんです! びっくりしました?」
知らなかった。意外な一面があるものだ。
「おー、驚いたよ。巫女さんみたいで良いと思うぞ?」
「みたいじゃなくて、巫女なんですよ!」
くすりと彼女は笑った。
ちょっと待ってください、といって、社務所に走っていく。戻ってきた彼女の手にはある品物があった。
「はい、先輩にプレゼントです。お土産にもって帰ってください」
「これは……鈴?」
ヒモのついた小さな金の鈴が五つほど、ブドウのように束ねられて下がっている。
揺らすとしゃらりと澄んだ音色が響く。
「ええ、もともとは魔よけの鈴だったんですけど。熊よけとかお守りとか、単に工芸品として買っていかれる方もいますね」
これは、今の俺におあつらえ向きじゃないだろうか。持っていて損はないだろう。ありがたく頂くことにした。上着のポケットにつっこむことにする。
「ありがとう。毎回悪いな」
「いえ、先輩だからいいんです」
彼女は、頬を染めて微笑んだ。さしこんだ光が黒髪に反射してきらめく。
その美しさに息をのんだのはここだけの秘密だ。
『小僧、浮わついておるのう』
「ち、ちげーよ」
頭の上のタヌキに小突かれてしまった。
フルコースの最後。動物霊園にやってきた。
蠱毒に使われた生き物を慰霊し、呪いを解こうという魂胆である。
「とはいっても、呪いに使われた生き物がここに埋葬されてる訳じゃないしなあ」
そんな都合の良いことがあるわけない。
まあ、やれることはやってみようという、ささやかな努力だ。これでどうにかなるとは思えないが。
灰色の雲に覆われて、太陽が姿を隠す。辺りが暗くなり、ザワザワと耳元で不穏な風が唸った。
石のタイルが敷き詰められた敷地内には、四角い墓碑が等間隔にならんでいる。中央には立派な石でできた共用墓地があった。
線香を立てて、リュックから取り出したガラスのコップに水を入れる。
「っ、」
ズキンと腕に痛みが走った。
手からコップがこぼれ落ちる。
ピシリと、あたりの空気に亀裂が入った気がした。
透明で滑らかなコップの表面にヒビが入り、ビキビキと広がる。
空間全体に亀裂が入る。立体的に幾筋もの細かい線が走り、鋭い模様を描き出した。
悲鳴じみた音と共に、コップが砕け散る。
同時に、並んでいた四角い石の墓碑が粉々に崩れ落ちた。鋭い石の欠片が散らばる。
「これは……」
異常な雰囲気に顔をあげた。
墓地は、黒い靄に包まれていた。
不気味な静けさに肌が粟立つ。
「はるひと」
『ヒェッ』
幼女が一歩、警戒するように前に出る。
頭の上ではタヌキが身を固くした。
目の前に靄が集まってくる。濃くなった靄は、ゴツゴツとしたドーベルマンのような形をとった。
『『『ウツワだ。器ガアルゾ』』』
目が真っ赤に光る。
声が何重にもブレて聞こえた。
『カラのウツワ。膨大な魔力ヲ貯めるウツワ』
ぶわりとソレの体が何倍にも膨れあがる。
鋭い歯を剥き出しにして、巨大なアギトを開いた。
だらりと涎が滴る。
それはまるで、餓えている時に絶品の食事を前にしたような。
気づけば墓石の隅には、犬や猫らしき黒い影がうじゃうじゃといた。いくつもの瞳が妖しく光る。
『聖杯の魔力、チカラがホシイ。とり憑いテ、内側カラ食ってヤル』
犬モドキの姿が消えた。
どこだ、どこに……いない。
「っ、どこ行っ──!?」
隣に、黒い気配。
ぬるりと湿った息が首筋にかかった。
ぞっと寒気がはしる。
恐怖に目を見開いた視界の中。
焦った幼女が振り向いたのが見えた。
耳元で低い声が吠えた。
『『『ウツワをヨコセェェ!!』』』
「っ、はるひと!」
強烈な発砲音。
幼女が何かをする前に、犬モドキは横薙ぎに吹き飛んだ。
「どんくさいんだよ、オッサン!!」
叫んだ黒っぽい人影が後を追っていく。
何が起こったのか分からない。呆然としていると、ニコニコと声をかけられた。
「春人さん」
声変わり直前の、中性的な声。
ゆるく風になびく空色のパーカー。
立っていたのは、柔和な雰囲気の少年だった。片耳につけたピアスが銀色に光る。
「さあ、こっちに」
その双子は、ヒーローのようにやってきた。




