俺、ごほうびをもらう
俺は、あと一週間で死ぬらしい。
その間に解呪の方法を見つけなければいけない、んだが。
「どうしたもんか……」
相変わらず右腕には黒々と『咒』の文字が浮きでている。心なしか、まわりの青黒いアザが広がっている気がする。
熱は無いが、体もちょっとだるい。風邪ひいてる時みたいな。
時刻は午後四時。
アパートの二階にある自宅を出て、一階にある奥の部屋を訪ねた。
チャイムを鳴らした。扉が開く。タマネギ頭と赤い簪がのぞいた。
「トメば……ぶへっ!?」
「トメさんとお呼び!!」
いつも通り、巨大ハリセンを頭に受けてしまう。もう三年以上も食らっていれば、このくらい可愛いもの、か?
頼まれていた、おつかいの品を渡す。
ついでにお裾分けの手羽先が入っていたタッパーも返した。タッパーの中身を見たトメばあは、目を細めた。快活な声がひびく。
「あら、嬉しいねえ! 三国堂の和菓子じゃないか!」
タヌキにせがまれた桜もちと一緒に、お礼として購入したものだ。そこそこ良い値段がした。
最近、一人と一匹ほど居候がふえて、出費がキツ……げふんげふん。
「いや、そのくらい別に。……しかし、こんなもん何に使うんだ?」
街で買ってきたのは、ヒモやガムテープ、薄い木材の板などである。
「ああ、そろそろ台風が来るだろう? その準備だよ」
窓ガラスの目張りや、強風で飛びそうなものの固定に使うんだ、とトメばあはいう。
「でもニュースでは、まだ一週間は先って……ぐはっ」
アホーッ!アホーッ!アホーッ!
電柱に止まったカラスが泣いた。
涙目で叩かれた頭をさする。
やはり、痛いものは痛い。
「バカだね! 何事も、用意周到に準備しておくのが大事なんだよ」
トメばあはしわくちゃな笑顔で、片目をつぶってみせた。
「はい……」
身体に冷たい秋の風が吹きつけた。
まあ俺、呪い解けなかったら台風の前に死ぬんだけど。
部屋に戻ると、幼女はベッドと壁のすき間でいじけていた。白い壁に黒いドレスが映える。
アパレルショップの破壊には、さすがに雷を落としたのだ。
脳裏に莫大な賠償金がよぎったのも忘れてはいけない。あれはマジでヒヤッとした。
「っく、ぐすっ……だっで。早く帰れるど思ったんだもん……ごめんなざいぃ……」
鼻の頭を真っ赤にしてすすり上げる。
ポロポロと、涙の粒がほっぺたを滑っていった。ちょっと鼻水も出ている。
──『ほら、小さい子もいますし。電車の時間だってあるでしょう?』
──『修理は簡単にできるから。さっさと帰れよオッサン』
双子は驚いていたものの、笑ってなんとかしますと言って、帰してくれたのだ。
出来た子たちである。本当に申し訳ない。後日必ずお礼をするからと、戻ってきた。
「ベル」
幼女のそばにしゃがんで、声をかける。ちびっこにずっと泣かれると、罪悪感がひしひしと押し寄せるのだ。
丸まっていた幼女は、真っ赤な瞳をこちらに向けた。銀のツインテールがしょんぼりと垂れている。
「ふぁい……ぐすっ」
「ほい、今日はたくさん歩いたからな。頑張ったごほうび。あと鼻もかんで」
「んむ」
ティッシュで顔をぬぐってから、ベルの目の前にそれを差し出す。
紫のダリアの髪飾り。
あのアパレルショップで、装飾品も売っていたのだ。
さっそく髪にアクセサリーを留めたちびっこは、あっという間に笑顔になった。
銀のツインテールが嬉しげに跳ねる。まわりにキラキラとエフェクトがかかった。
「はるひと、ありがとう!」
「ん。似合うと思うぞ」
小さな頭をポンポンとなでる。
へにゃりと幼い顔がゆるんだ。幼女はごそごそと首もとを探りだす。
「ベルもはるひとに、ごほうびあげる!!」
つき出されたのは、革ひもに通されたドクロのネックレス。
白くて立体感があって、本物じゃないかと思わせる不気味さがある。
「これ、大事なもんじゃないか?」
確かいつも着けていたような。あと、何気にかなり怖い。ドクロの真っ黒な眼窩と目があった。口もとがひきつる。
アメジストの瞳がまっすぐに俺を見上げた。
「おかーさんからもらったけど、いーの! お守り、あげる!!」
「でも」
「はるひとは、優しいの! 好きだから、あげる!!」
窓から夕陽がさしこんだ。
もじもじと照れた視線がさまよう。
ん、と押しつけられたので、反射的に受けとった。
「……そっか、大事にするよ。ありがとな」
それほど信頼してくれたのか。いつのまにそんな、懐かれたんだろう。
首にかけて、ドクロは服の中にしまうことにした。
「だから、ベルをおよめさんにして!!」
「それは無理」
しばらくすると、幼女は眠ってしまった。たくさん泣いたし、疲れたもんな。ベルから借りた本を開く。
「今となっては、この本をベルに渡したじいやさんに感謝だな」
クネクネした文字は読めないので、翻訳を神様に頼むことにした。
日が落ちて、窓の外は暗くなっている。
『蠱毒についてじゃったな』
ローテーブルの上に陣どったタヌキが、鼻をヒクヒクと動かした。ボリュームのあるしっぽがコミカルに揺れる。
短い前足で本の一ヶ所を指し示した。
『この呪いの形式から行くと……ふむ、初期はカゼの症状、中期は手足のしびれとダルさ、最期には青黒いアザが全身に広がって死んでしまうとあるのう』
「なにそれ怖い」
『体の末端の血管に、栄養がいかなくなるそうじゃ。腕の文字が濃くなればなるほど、呪いが徐々に重くなり、苦しみながら倒れる、と』
「そこまで生々しく言わなくていいから!」
思わず自分の腕をチラ見する。黒いアザは肩からヒジにかけて、ゆっくりと範囲を広げていた。
『しかし、魔法ではなく、魔術だったから対処しやすいというのもあるのう』
「へえ、魔術と魔法って違うのか?」
小さな生き物はつぶらな瞳をくるりとまわした。驚いたように茶色い毛が逆立つ。
『なんと! お主、そんなことも知らんのか! よかろう、サクラ餅をひとつ捧げるなら、教えてやろうではないか。あと酒もじゃ』
丸っこいフォルムの体がコロンと動く。茶色いふわふわの耳がピクリとふるえた。
茶色いかたまりを無言で見つめる。
ため息をついた。
「わかったよ」
食い意地の張ったタヌキめ。
ふんぞり返ったタヌキが言うには、魔術と魔法は違うらしい。
大まかに、魔術はヒトが使うもの、魔法はヒト以外が使うものだそうだ。知らんけど。
『人間は、ワシらが使う魔法より細かい手順を踏みよるでな。なんであんなに道具や長い唱え文句が必要なのやら。ワシならお主を一息に殺すがのう』
タヌキがブツブツ言ってるけど、要は、俺がかけられた呪いは魔術に分類されるということだろう。
だって、わざわざ腕に文字を刻み、手順を踏んで殺そうとしてくるのだから。手順の途中で手を加えて、結果を変えやすいらしい。
その点、魔法は大味で強力なのだという。一発で即死みたいなやつ。知らんけど。
「で、解く方法は?」
『うむ、因果を把握して、忘れることじゃ』
「くわしく」
『呪いはどこでもらったのか、誰からかけられたのか、なぜかけられたのか、を理解した上で、それらに関係することを忘れるのじゃな。つまり、原因は分かったけど気にするな、ということじゃろう』
「どこでもらったか?」
知らないなあ。
では、誰にかけられたか?
これも心当たりがない。なぜ呪いをかけられたか?……そんなん俺が聞きたいわ!!
結論。
「全部わかんね」
『……ふむ、蠱毒は壷のなかで百の虫を共食いさせるのであろう? こう、慰霊というか、生き物の墓地のようなものを見に行ってみるのはどうじゃ?』
「そうだな……」
とりあえずキッチンにあった食卓塩を腕にかけてみたが、変化はない。
「これでお清めとかは……ダメかあ」
死にたい訳ではない。なにもしなければ呪いは進む。何か、俺でも出来そうなものは。それこそ神頼みくらいしか……
「!」
手で膝を打つ。見上げるタヌキのつぶらな瞳に向かって叫んだ。
「そうだ、神頼みだよ!」




