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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
16/39

俺、呪われる

 

「うう、右腕がうずく……」


 肩の近くがじわじわと痛む。額には汗が浮かんでいた。


 鋭い目をしたカイが、バカにしたように笑った。


「ハッ! オッサン、中二病か?」


「うるせえ、違うわ!」


 俺だってわかってるよ!

 二十五歳にもなって、こんな恥ずかしいセリフを吐くと思わなかった。

 どうせならもっと、『あなたを一生しあわせにします』みたいな、ハッピーなセリフがいい。


「まあまあ。それより、どうします?」


 濃い空色のパーカーを(まと)った少年がいった。



「……悪い方から頼む」


 こういうのは、嫌なことから終わらせた方がいい。

 息をゆっくりと吐き出した。無意識に力が入っていた肩をまわす。鼓動が速くなっているのを感じた。


 黒髪に深海の瞳の少年は、にっこりと頷いた。片耳で十字架のピアスが軽く揺れる。


「春人さんの風邪、普通のものではないでしょう。おそらく前触れかと。腕を見てください」


 右腕の、肩のあたり。

 黒々と、『(ジュ)』の文字が浮かんでいた。

 まわりの肌は青紫で、内出血のようになっている。


「咒は、中国語で『呪い』を表すんです。見た感じ、蠱毒(こどく)の一種だと思うんですけど」



 蠱毒。


 古代、中国の少数民族が行っていた、呪術の一つである。

 百の生き物、蛇やムカデを一つの(つぼ)に閉じ込める。

 互いに食らいあって残った最後の一匹は、濃縮されて、毒性が増しているというわけだ。この毒を使って、呪いをかける、とかなんとか。


「強力なものです。まあ、過程はどうあれ、だいたい最後には死んでしまうんですけどね」


「え?」


 目をかっ(ぴら)いた。

 今、この少年はとんでもないことを言ってのけたような?

 自分の耳が信じられない。


「俺、死ぬの?」


「はい。そのままだと死にます。三日くらいで」


「三日くらいで」


 微笑んだソラは、おっとりと肯定する。柔らかい黒髪がサラリと揺れた。


 またズキリと腕が痛んだ。


「ってぇ……」


 顔をしかめる。


 腕が痛いのは、牛人(ミノタウロス)から逃げるときに、どこかにぶつけたんだと思っていた。風邪も、どこかでもらってきたのかと。

 そのうち治るだろうと気にしていなかったんだが。


 ぞわりと鳥肌が立つ。

 体が震えた。


 息を大きく吸って、吐き出す。

 腕の痛み。おさまらない気だるさ。

 もしも、これらが死へのカウントダウンだとしたら?


 急に、恐怖が現実味を帯びてきた。


「けっ、ビビってやんの」


「カイ、だめだってば。ほらベルちゃん連れてきて」


 少年は片割れをせっついた。


「わーったよ」


 カイは、こちらをひと睨みすると、入り口から出ていった。俺、なんかしたっけ?


 申し訳なさそうに、ソラが眉を下げる。


「春人さん、すいません」


「いや、気にしてないさ」


 少年はほっとしたように微笑んだ。


「良いニュースは、少しだけ呪いの進行を遅らせる手段があることです」


 そういって、俺の腕を指さす。


(ジュ)』の文字の下には、銀の塗料でバツ印が描いてある。


(まじな)(がえ)しです。一週間くらいならもつと思います。たぶん」


「たぶん」


 ……最後の言葉が一番怖い。


「一週間たったら?」


「死にます」

「死にます!?」


「あはは、そんなもんですよ」


 にこにことソラは言った。


「容赦ねぇ……」


 この少年、意外とSかもしれない。


「おいチビ、こっち来い」


 カイに連れてこられた幼女は、手にお菓子を持っていた。


「はるひと、みてー!」


 いや、お菓子をはめていた、と言うべきだろう。

 とんがったコーンのお菓子を、十本の指すべてにはめていたのである。円錐形の、ぼうしみたいになっているお菓子だ。


「まじょのツメー!」


 両手をばっと広げてみせる。

 アメジストの瞳が楽しげにかがやいた。

 銀のツインテールがぴょこぴょこと跳ねる。


『小僧、無事じゃったか』


 タヌキが幼女の頭から、俺の肩に飛びうつる。こちらもちゃっかりと香ばしいせんべいをくわえていた。


「これねえ、食べれるんだよ!」


 幼女はへにゃりとした口もとのまま、指にはめたお菓子をカリカリと食べはじめた。大変ご満悦なようである。


「余ってたからやった」


 つっけんどんにカイがいった。

 濃紺のパーカーがそわそわと音をたてる。


「そっか。ベル、良かったなあ。カイもありがとな」


「別に、あげただけだし」


 ぽりぽりと頬をかく。鋭い瞳があらぬ方向を向いた。

 案外、優しい奴なのかもしれない。


「はるひと、はるひと、左手だして!」


 Tシャツの裾がひっぱられる。


「ほら」


 左手を出してやると、薬指にとんがったコーンのお菓子がはめられた。

 幼女はぱあっと花が咲いたように笑う。


「えへへ、ゆびわ!!」


「ブフォっ!?」


 婚約指輪とか。

 どこでそれを知ったよ、お前。あと逆だろ。俺が指輪あげる方だろ。


「えーとね、『ベルは、はるひとを生涯のおっととし、どんなときでも笑顔を忘れずに、どんなときでも感謝のきもちを忘れないことをちかいます』だったかな?」


「誓ってんじゃねぇよ、アホ!?」


 ……誰だ。教えたやついるだろ絶対! 出てこい!! おじさん怒んないから!!


「はい、あげる!」


 幼女は、カイにもお菓子をあげていた。


「いらねえ」


 カイは、ふいっと横を向いた。相変わらず不機嫌そうである。


 だが、幼女はあきらめない。

 回り込んで、カイを下からじっと見上げた。パーカーの裾をつかむ。


「ベルのおかし、まずかった?」


「……そ、そういうワケじゃねぇよ」


 焦ったような声。

 首にかけた十字架のネックレスが、うろたえたように揺らぐ。


「ほんと?」


 幼女はぷくぷくのほっぺたを嬉しそうにもちあげる。


「う……」


 さすがのクソガキも、幼女には弱いようだ。しぶしぶお菓子を受け取っていた。


 思わず口もとがほころぶ。

 ソラも苦笑していた。


「まあ、解く方法を僕たちも探しますから。春人さんも調べてみてください」


「分かった、ありがとう」


 ……呪いねえ。

 しかし、誰が一体そんなことを。俺は何か恨みを買うようなことをしただろうか。


『小僧、小娘が持っておった(まじな)いの本がお主の家にあるはずじゃ。それを調べればよかろう』


 事情をなんとなく察したタヌキが告げる。


「ああ、貸してもらうか」


 カイに、みっつめいる? とお菓子を押しつけている幼女をながめる。


 見てみる価値はあるだろう。


「はるひと、終わった?」


 ベルが駆け寄ってくる。退屈そうなアメジストの瞳が見上げた。


『小娘、お主の持っておる書物をよこすのじゃ』


「? いいよ?」


 タヌキがベルの腕に飛び込む。

 小さな生き物を抱える幼女は、端から見ても愛らしい。


「ああ、終わったよ。帰ろうな」


 ずいぶん待たせてしまったから、じっとしていることに飽きたのだろう。

 ゆるく笑って、さらさらの銀髪に手を置いた。


「うん!!」


 とたんに、大きな瞳がキラキラと輝きだす。

 タヌキを抱きしめて、幼女はバックスペースの入り口に、片手をかざした。

 もちろん、指には食いかけのお菓子がはまっている。


「かえりは、早く帰ろう?」


 可愛いらしく、こてんと首をかしげた。


 パチリ、と黒い電流が弾けた。


 足元に円形の精緻(せいち)な模様が現れる。ぶわりと風が魔方陣から吹き出した。


 これは、まずい予感しかしない。


「ベル、ちょっとストッ……」


 フリルたっぷりの黒いドレスが強風ではためいた。ぺったんこの胸元で、ドクロのネックレスが不敵にワラう。

 幼女は無邪気にはしゃいで言った。


「こうしたら、すぐだよ!」



 轟音と、明るい光。


 小さな手のひらから、黒い奔流(ほんりゅう)がほとばしった。





 地下から放たれた一撃は、斜め上、一直線に風穴を開けていた。バックヤードの一角から街の大通りまで、あらわになっている。人の往き来までバッチリみえた。


 アパレルショップのカウンターで、店員が椅子から転げ落ちているのが確認できる。


「あいるびーばっく!!」


 双子がぽかんと口をあける。

 途方に暮れる俺の耳に、喜ぶ幼女の声がひびいた。


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