俺、ぶっ倒れる
「お前、寂しかったのか?」
沈黙が落ちる。
幼女も空気を読んだのか、静かに成り行きを見守っていた。
鎖に縛られた牛頭の怪物は、小さく唸った。
「ち、違った?」
大きな眼の中には、恐怖に顔をひきつらせた俺が映っている。
言葉が分からないので理解もできない。が、推測を言うだけいわせてほしい。
『ほお、こやつ。肯定しておるぞ』
頭上のタヌキが驚いたようにいった。
「ホントか!」
わかるのか。さすが神様。通訳してくれるなら安心して話を進めることが出来る。
これは推測だけど、たぶんこいつ、ご主人さまみたいな人がいるんじゃないだろうか。
食事や格好など、明らかに人の手が入った環境や、飼い主がいるのではないかと思わせる首輪。
必要最低限の世話だけはされているように思えるんだよな。そして、その主人に対してこいつが良い感情を持っているのではないかとも思ったのだ。
よくみると、首輪には『ケビン』と名前が彫ってあったし、食べていたのは白いキャベツの芯だった。なんだろう、大きな牛のペットを飼ってる感じなのかね?
そして、カギのかかった崩落寸前の広間。これも、今回の戦闘が大きな原因にせよ、老朽化していたのではないか?
つまり、長い間、人が来ていないほど放置されていた状態だったのではないか?
それでたぶん、こいつは考えたのだ。
主人から、見放されたのではないか? 認めてもらえなかったのではないか? と。
また小さく怪物が唸った。
『久しぶりの人間に心がおどってしまった、と言うておる』
「なるほど」
で、俺がやって来て、テンションあがって。勢い余って飛びつこうとしたみたいなところか。
嬉しかっただけで、殺そうとした訳じゃなかった。
そう考えると、ずっと一人ぼっちで閉じ込められていた怪物が、少しだけ可哀想に思えた。
そっと鼻のあたりの、白くて柔らかい毛をなでる。
「その、寂しいってのは、俺もちょっと分かるな」
就活で面接に落ちまくって、散々否定されて。
まわりがどんどん内定をもらうなかで自信をなくして、劣等感にさいなまれた。人と距離を置くようになって、一人になってしまった。
だからちょっとだけ、こいつの気持ちがわからんでもない。
「でも、マジで怖いから、飛びかかるのは止めてくれ」
すまなかった、というように怪物が低く鳴いた。
「はるひと、そろそろ拘束がとける」
「ああ、分かった」
首輪につけられたカギは、簡単にとることができた。
「悪い、コレ貰うな。あんたのご主人さまに、ちっとは相手しに来いって言っておくから」
唸り声。
大きな眼が嬉しそうに輝いた。
あとは、カギを開けるだけだ。
怪物に背を向けて、扉へ向かう。
『小僧、ふらついておるぞ?』
「……分かってるよ。余計なお世話だ」
さっきからふわふわするのは感じていた。
足元がおぼつかない。
視界がくらむ。
目の前にノイズがかかり、テレビの砂嵐のような状態になる。
「はるひと?」
「……大丈夫」
安心させるため、小さな頭に手を乗せる。
震える手でカギを鍵穴に差し込む。
手応えがして、扉は低く軋みながら開いた。隙間から光がこぼれる。
なぜか、右腕がじくじくと痛んだ。
扉を押し開ける腕が重たい。全身で体重をかけて寄りかかる。
視界が黒く塗りつぶされる。
どっちを向いて立っているのか分からない。
寒い。
ひどい倦怠感が襲う。
荒い呼吸を繰り返した。
苦しい。
肺に酸素が取り込めなくなる。
ああ、だめだ。
ここで倒れたら。
こいつらを見ててやれなくなる、から、
遠くで誰かが叫んでいる。
それを最後に、俺の意識は崩れ落ちた。
「ぶっ殺す!」
「まあまあ。カイ、落ち着いて」
「だってこのオッサン、魔族をつれてきやがった! ぱっと見でも、ヤバい奴を、だぞ!!」
「ベルちゃんだっけ。あの子、良い子そうだったよ? それに、魔族も依頼人としてならたまに来るでしょう?」
「だけど!! あのオッサン自体もめちゃくちゃじゃねェか!!! とんでもないもん持ち込みやがって」
「落ち着いてってば。……あの人達は、吸血鬼じゃない」
「でも、ソラ兄ぃが!!」
「僕は大丈夫だから。ね?」
誰かが言い争っている。
目を開くと、低い天井が見えた。
ログハウスっぽい、木材があたたかな雰囲気の場所。
どうやら、バックスペースらしい。
二十畳ほどの長方形の部屋には、なにかの部品が入った棚が並んでいる。まわりには誰もいない。
「だいぶすっきりしたな……」
だるさは残るが、動くぶんには問題ない。
毛布をどかして、寝かされていたベンチから起き上がる。
額から熱でぬるくなったタオルが落ちた。
気配を察したのだろう。入り口からヒョコリと人が顔を出す。
「あ、起きました?」
中学生くらいの少年だ。
青みがかった黒髪に、深海を思わせる目。声変わり直前の、少し高い声。
晴れた日のような、濃い空色のマウンテンパーカーを羽織っている。片耳には、銀の十字架のピアスが下がっていた。
ニコニコと少年は話しかけてくる。
「ベルちゃんから聞きました。春人さんですよね、ご気分どうですか? だいぶ無理されてたみたいなので」
どうやら彼が助けてくれたらしい。
「だいぶ良い。ありがとう、助かったよ。あの、ベルを……小さい女の子を知らないか?」
「ああ、それなら向こうで見ているので、安心してください。それよりも、僕は事情を教えてもらいたいんです」
少年は腕を組んだ。あんまり威圧感はない。むしろ心配そうな視線を向けられた。
「どうして非常口から現れたんですか? 依頼なら、普通に来てくれればいいのに」
「……非常口? 依頼? 俺は服屋に入ったら、ただ迷っただけで」
少年は目を丸くした。
「え、春人さん、何も知らないんですか?」
「あそこ、ずいぶん使ってないんですよ。魔術的な防犯も兼ねてるらしいですけどね。社長が万が一の為にって設置したんです」
普段、出入りにはべつの入り口を使っているそうだ。
部屋の奥には、古めかしい金属の扉があった。俺たちはあそこから入ってきたらしい。
魔術的な防犯とは、もしかして牛人のことをさしているのだろうか。
あれはベルがいなければ、無傷ではすまなかっただろう。
圧倒的な力の差による防犯の間違いでは?
「迷ったってことは、ここがどこかも分かんないですよね。ここ、派遣会社なんです」
「ギルド」
あれか? 小説に出てくる冒険者組合的な。
「表向きはアパレルショップを経営してるんですけど、本当は超常現象とか、魔力の汚染とか、相談や依頼を請け負っているんですよ」
「ああ、なるほど」
全然分からん。
「魔術の素養をもつ人じゃないと、ここには来られないはずなんだけどなあ。春人さん、黒髪に黒目だから、魔術は使えないと思うんですけど……うーん、なんでだろ。ベルちゃんかな?」
「そうなのか」
ギルド。超常現象。魔術。
だめだ。気にしたら負けだ。俺は巻き込まれたくない。
「社長に聞いた方が確実な気が……」
不機嫌そうな声が割って入った。
「そんなの、このオッサンがどんくさいからだろうが」
「え、ちょっとカイ、失礼でしょ!」
少年がギョッとして目を見開く。
「オッサン……」
やっぱり俺は、オッサンなのか……
入り口に立っていたのは、黒髪に、鋭い青目の人物。中学生くらいだ。
こちらは夜空のような、濃紺のマウンテンパーカーを羽織っている。胸元には十字架のネックレスをかけていた。
それにしてもこの態度。この胸の苛立ち。
初めてではないような。
──『前みて歩け! どんくさいんだよ、オッサン!!』
……あ。
「お前、あのときの!」
街でぶつかったクソガキ!!
「んだよ。カンケーねぇだろ」
むすっとしたそいつは視線をそらした。……まあいいけども。
それに、気になることがもうひとつ。こいつら、
「同じ顔……」
「ああ、双子なんです」
瓜二つの顔をした二人は、隣同士に並んでみせた。ちょっぴりイタズラっぽい表情で笑う。
「申し遅れました。僕は兄のソラ。ここで『魔法使い』をしてます。こっちは……」
「カイだ」
そっぽを向いたクソガキが食い気味にいった。
「おお……」
めんどくさそうな臭いがするので、この際、『魔法使い』については触れないとして。
なんというか、
「お前ら似てないな」
「あはは、良く言われます」
髪と目の色こそ同じであるが。
穏やかな笑顔で柔和な印象を与えるソラに対して、鋭い目つきと粗野な口調のカイは、ヤンチャなイメージを受ける。
見た目は似ているが、中身は正反対の双子。
「っ!」
右腕が、ズキリと痛んだ。
思わず顔をしかめる。
その様子をカイが見て、吐き捨てた。
「ほれみろ、呪詛食らってんじゃないか」
「ああ、そのことも言わないといけないよね」
ソラは、考えるように小首をかしげる。青い瞳が俺を見つめた。
「春人さん、良い知らせと悪い知らせがあります。どちらから、聞きたいですか?」




