俺、迷宮の謎を解く
次々と、剣が床に突き刺さる。
電流が弾け、閃光と共に、地面が爆ぜた。
牛人は巨体ながら、素早く横に転がって攻撃をかわしていた。だんだんこちらに近づいてくる。
更に、手にはいつの間にか棍棒のようなものを持っていた。
「恐ろしいな……」
あそこにいれば、間違いなく潰されてしまうだろう。悪寒が走った。
俺は、通路脇の壁に立ち、幼女の後ろで戦いの様子を見ている。
見ているだけ。
俺には、ベルのような力はない。こんな場面ではまったく役に立たない、無能。
なぜなら、ただの人間だから。
こんな時に限って、頼られるべき時に。俺はただ、小さな背中にかばわれて立っているだけだ。
手のひらに、握りしめたツメが食い込んだ。
「俺に出来ること……」
考えろ。守ってもらうばかりではいられない。自分に出来ることはなにか?
考えろ、考えろ、かんがえろ。
双角の怪物を見つめる。
腰布を巻いた白い巨体。
筋肉でこれでもかと膨れている。
『おい、小僧』
「あれは……」
首元には……鉄の首輪か? しかも、カギみたいなのがぶら下がってる。
「カギ……となれば、開けるものがあるはず」
広間の奥に目をやると、扉が見えた。
「あれか」
決まりだろう。怪物からカギを奪い、扉にさしこまなければ開かない。
『小僧!』
戦闘の爆発音は続いている。
部屋全体を見渡した。何か使えるものはないのか。役にたてるものは? 互いの攻撃で壊れた床にガレキが散乱している。
あとは、白い物体。怪物がボリボリかじっていたやつだ。……骨とかじゃ、ないよな?
『前じゃ、前!』
タヌキが頭から飛び降りていく。
思考の海に沈んでいたからか。
幼女をすり抜け、目の前に迫る影に、気づかなかった。
「──はるひとっ!」
切羽詰まった幼女の声に顔をあげたときには、唸り声と拳が間近にあった。巨体が影を落とす。
「しまっ、」
轟音。
爆風がおさまった。
耳元でガラリと何かが落ちる音がする。
「痛く、ない?…………っ!」
恐るおそる目を開けると、眼前に牛の顔があった。
瞳の中に怯える俺がうつっている。
時間が止まった。
大きな瞳と、じっと見つめあう。
低い息づかい。
長いまつ毛。
意外と柔らかそうな、白い毛並みまでしっかりと確認できる。
あれ、もうちょっと小さければ、普通に可愛いような……
それも束の間。
風圧とともに、牛人は遠くに吹き飛ばされた。
「はるひとに触らないで!」
可愛らしくむくれた幼女が俺の足に抱きつく。彼女が怪物を吹き飛ばしたのだろう。ひっついてきた小さな体を受けとめた。
横を見ると、一メートルほど離れた所の壁が、大きく陥没していた。怪物が拳を撃ちこんだところだろう。
「攻撃が、外れた?」
いや、
「外した……か」
何の力も持たない俺を狙うのはまだ分かる。
だが、あの距離で当たらないなど考えられない。
つまり、あの怪物はわざと攻撃を外したのだ。なぜ?
何のために?
三十メートルほど先で、白い巨体が身を起こす。脅威が再び迫っていた。
「いいかげんに……」
むっとしたような幼女の呟きと共に、再び雷を纏った剣がいくつも現れる。
さっきと違うのは、数。
明らかに大量の黒剣が空中に展開されていた。広間いっぱいに並んでいる。
点で狙えないなら、面で。
そして、今にも剣が降り注がんとした時。
怪物が持っていた棍棒を地面に叩きつけた。
あたりに爆音が轟く。地鳴りが起こったかのように足元が揺れた。
灰塵が舞い上がる。あたりは茶色い砂煙に覆われた。
もちろん、怪物の姿も塵に隠れて見えない。
「かくれんぼしても、かんけいないよ?」
逃がすつもりはないというように、幼女は紫紺の瞳をすがめた。
その言葉と同時、串刺しの雨が降る。
壁や床が崩れる音が轟いた。
そのインパクトは、さきほどの比ではない。
広間がガレキで埋まってしまうのではと思うほどだ。
煙の中から咆哮がひびく。
「やったか……?」
地響きにあわせて、高い天井から欠片がふってくる。崩落が始まっていた。
「このままじゃ下敷きになるぞ」
あわててちびっこを抱え、もと来た通路の奥まで退避する。ここまで逃げても通路が埋もれてしまえば終わりだ。出来るだけ遠く、荷物を置いていたあたりまで下がる。
「あの怪物、さっき考えて動いてやがったぞ」
力を持たない俺を狙った。塵をまいあげて自分の姿を消し、視界から外れようとした。明らかに、合理的な行動。
『知性を持っておるのう。高等な魔物じゃ』
頭に乗ってきたタヌキがぷるぷると毛を逆立てた。先ほどの攻撃のときには頭から飛び降りて逃げていた。ちゃっかりしたやつめ。
「厄介な……」
全く、怖いヤ○ザのお兄さんよりもヤバいやつに絡まれてしまった。わりと想像できない、あり得ない感じのヤバいやつ。
なんでちょっと服見に来ただけなのにこんな……いや、考えるだけ無駄だったな。巻き込まれたら脱出するしかない。うん。
遠い目になってしまったのはしょうがない。
低い唸り声。
怪物の巨大な影が、薄くなった塵の中に映る。
「もう! はるひとに嫌なことしないで!!」
くちびるを尖らせた幼女がゆびを影に向かって突きつける。アメジストの瞳が暗く光った。
「あんまり暴れるなら、殺しちゃうよ?」
「ちょっ、それは!」
それは、なんというか。
怪物はともかく。
『自称さんびゃくさい』とはいえ、幼女に守ってもらって、あまつさえ子どもに何かを殺させるのはどうよ?
「ベル、落ち着け」
幼女を後ろから抱えあげる。
「やだ! はなして!!」
「うっ」
……そう言われると、俺めっちゃ悪いことしてる気になるんだけど。殺すって叫んでるちびっこの暴走を止めてるんだよ? ノーポリスメン。
幼女はなおも影をにらみつける。
そして、とっってもイイお顔でのたまった。
「はるひとはベルが一生幸せにするの! 永遠の愛を誓うの!! だから、はるひとはあげないの!!!」
「え」
あっけにとられる。
それ、むしろ俺のセリフ ──────!
ちびっこにプロポーズの言葉カッコよく決められるってどうよ!?
しかも、涙目でキッと前を見据える幼女の様子はけっこう様になっている。
「悪いけど、はるひとはベルがもらっていくから! あきらめて!!」
「ゲホゴホゴホっ!?」
俺、さらわれて駆け落ちパターン!?
『小僧、いっそ、お主が嫁にもらわれてやったらどうじゃ』
「ですよねー!?」
タヌキからの視線が痛い。
幼女は振り返ると、小さなこぶしを握りしめて力強く言った。
「だからはるひと、結婚して!!!」
「ブフォッ!?」
シンプルプロポーズ来た ──────!!!!
男前すぎるだろ。
俺、ちょっとキュンキュンしたもん。胸のドキドキが止まらない。犯罪的に、ひやっとする意味で。
怪物が迫るのも忘れて口をはさむ。
「ちょっ、お前は結婚の順序というものをだな!?」
順序が整っていれば結婚してもいいのか、とのツッコミはこの際おいておく。
幼女はぷいっと横を向いた。
「ベルしらない」
「知ってくれぇえええええ!!!」
幼女は両手のひとさし指をチョンとくっつけながら、さくらんぼのようにつやつやの唇をほころばせる。
柔らかそうなほっぺたがゆるんだ。
「将来はね? はるひとのお嫁さんになって……んふふ、ギョーザいっぱい作ってもらうんだあ」
だめだ、可愛い野望がすけて見える。可愛い。あー、可愛い。……あ、まってまって違う、ノット通報案件。オーケー?
肩の力が抜ける。
苦笑しつつ幼女の頭をポンポンとなでた。
「そのくらい結婚しないでも作ってやるよ」
「ほんと!?」
アメジストの瞳が期待でかがやく。
キラキラとあたりにエフェクトがかかった。
「ほんとほんと」
壁が崩れ、灰塵を含んだ風が吹く。口の中にざらざらとした感触が入り込んだ。
幼女に殺させず、怪物からカギをゲットするにはどうしたらいいか?
視界の端で、ちらちらと何かが動く。
「ベルが街でもらってきた……」
灰色の塵にまみれて、ぽつんと荷物にくくりつけた風船がゆれていた。
────『ひとりぼっちだねえ』
────『はやくお迎えがくるといいねえ』
「一人ぼっち……」
まさか、
本当にそっちだった可能性は?
崩壊は落ち着いてきた。幸い、天井が丸ごと落ちる、なんてことにはならなかったようだ。広間の損傷は酷いが原型はとどめている。
三枚の壁画。
あれを、『怪物が人を食べてしまうためにずっと待ち続けている』のではなく、『命令していた主を含め、周りから人がいなくなってしまった』と解釈するなら?
長く閉じ込められているにしては綺麗な毛並みと、引き締まった体格。
所有権を示すようにつけられた首輪。
きちんと提供されている食事。
しかし、ここにいるのは怪物だけ。
「えへへ、はるひと、すき!」
幼女が笑顔で飛びついてくる。さらさらの髪からあまい香りがした。
脳裏にセーラー服の少女が浮かぶ。叶わない恋をする乙女のような、甘酸っぱい表情。
────『好きな人には見ていて欲しいじゃないですか。認めてほしくなりません?』
フルスピードで脳が回転する。頭が熱い。じんじんと視界が歪む。
あり得ないけど。
もし、コイツが理性を持っているとするならば。
感情があるのならば。
崩落のおさまった広間を、凪いだ風がぬけてゆく。
体から幾筋か赤い色を流し、牛人は立っていた。
「ベル、あいつを捕まえられるか? 殺さなくていいから。いいか、殺しちゃダメだぞ」
幼女は頷くと、視線を怪物へ向けた。
地面から黒い鎖が伸びて、たちまち巨体を縛り上げる。
わずかな呻き声をあげ、ズシンという音とともに怪物は部屋の中央に伏した。
「意外と大人しくしてるな……」
怖いのを我慢して、そろそろと傍まで歩みよった。拘束された怪物と目を合わせる。
理知的な眼が見返した。
なぜコイツは攻撃をわざと外し、俺を殺さなかったのか?
「なあ、もしかしてお前──────」




