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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
12/39

俺、迷宮へ迷いこむ

 去っていった方向をみると、怪しい男の姿はもうなかった。


「ベルの方、見てたよな……」


 だが、いつかの金髪女のように頭がおかしい様子ではなかった。普通にイケメンなだけで誠実そうだったし、悪いことをしそうには思えなかったのだ。


 肩に居座るタヌキが身じろぎした。


『小僧。あの男、ワシのことも見えておった。ただ(びと)に神の姿は認識できぬというのに。そのくせ、あやつ自身のあやしい気配はまったく感じられぬ』


 珍しく、見栄っ張(みえっぱ)りなタヌキが警戒している。いい人そうだったけど……まあ、心にはとめておこうかな。


「ふーん……なあ、俺はなんで見えてんの?」


 俺、ただの人。


『そりゃあ、お主とは(えん)が結ばれておるからの。小娘の場合も魔力を調節することで、お主に姿を認識させておるのじゃろ』


 縁……このあいだの、封印解除うんぬんのことか? あの石段の場所、二度と行きたくねえ。怖いのはもうこりごりだ。

 ぶるりと思い出したように身体が震えた。


「はるひと、でんしゃ来た!」

 つないでいた手がひっぱられる。

 わずかな車体の(きし)みと、ホームに反響する鈍い音。

 大きく動かされた空気がほおを撫でる。

 視線を線路の先へ向けると、ちょうど電車が入ってきたところだった。




 市の中心にある繁華街は、一本の長いメインストリートと、そこから網の目状に広がる、大小さまざまな路地から成る。


 時刻は午前十時。


「ふぁああああ」

 メインストリートを前に、アメジストの瞳がかがやく。なにやら謎の歓声を幼女があげた。

 胸元のドクロも意気込んで飛びはねる。

「クマさんがいる! クマさん!!」

 コミカルなゆるキャラが店先でポーズをきめている。大喜びの幼女は、パタパタと走っていった。


『ふぉおおおお』

 感動の鳴き声があがる。和菓子屋のショーケースに、ピンク色の桜もちが並んでいる。

 小さな生き物は、ぽてりと地面に飛び下りた。ふわふわのしっぽが期待を示すように震える。

供物(たべもの)じゃぁあああ!!』

 短い手足を動かして、大興奮の小さな生き物は突撃していった。


 最後に残されたのは、俺ひとり。


「どうすっかなあ」

 トメばあの買い物をすませたいが、さすがにあいつらから目を離すのもちょっとなあ。



「先輩、お疲れ様です」


 涼やかな声。

 セーラー服の少女が駆け寄ってくる。赤い紐で結んだポニーテールがゆるりと流れた。

 清楚な美少女ぶりは健在だ。


「おー、昨日(バイト)ぶりだな。学校か? 今日は土曜だぞ?」


「最近の高校は休日も課外があるんですよね」

 困っちゃいます、と後輩は笑った。

 その微笑みの美しさは、通りを歩く人々がふり返るほどだ。


 そして、一緒にいる(モブ)は誰なんだとばかりの視線が地味に痛い。いや、バイト先の知り合いですけどなにか?


「そっか、女子高生も大変なんだな」


「でも私、がんばります」


 まっすぐな瞳で、彼女はわずかにほおを染めた。

 こちらを見ているようで、どこか遠くに心があるような、そんな表情(カオ)


 和菓子屋から、甘い香りの風が吹いてくる。


「好きな人には、見ていて欲しいじゃないですか。認めてほしくなりません?」


 長い黒髪が(はかな)げに揺れた。

 少女のつぶやきを、ざわめく通りの足音がかき消していく。

 はっとして俺の視線に気づくと、あわあわと両手を振り回した。


「わ、私、もう行きますね! 先輩もお休み楽しんでください! いつもそんな格好ばかりなんですから、たまにはカッコいい洋服でも買って下さいね!!」


 パタパタと少女は走り去る。


「ん、気をつけて」

 万年、白いTシャツと青いジーンズの俺は、(うなづ)いて少女に手をふった。


 ダサくてすまんな。


「はるひと、風船もらった! 持っててー」

「お、良かったなあ」


 戦利品を手に幼女が戻ってきた。

 銀のツインテールが嬉しそうに跳ねる。

「んふふー」

 風船を受け取って、ぽんぽんと頭をなでる。へにゃりとますます愛くるしい笑顔を浮かべた。思わず口もとがゆるむ。


 ああもう可愛いなこいつ!……いや、待ってくれそういう意味じゃない。スマホ取り出さないで、違うから。110はカンベン。


『小僧、あのピンクの餅を買ってくるのじゃ!』

 タヌキは当然買えなかったようで、桜もちの購入をねだってくる。ぴょんぴょんと茶色いフワフワのかたまりが飛び上がった。


「んー、餅がいたむといけないから、帰りにな」

『ほんとうか!? 約束じゃぞ!!』


 つぶらな瞳が喜びでかがやく。

 ボリュームのあるしっぽがブンブンと振り回された。



「じゃあ、買い物に……うおっ!?」

 体に軽い衝撃が走る。


「すいません、大丈夫で……」

「ったく、テメェ、前みて歩けよ!!」


 中学生くらいだろうか。イライラした声があがる。ぶつかったのは黒っぽい服装の相手だった。黒髪に、ガラの悪そうな鋭くて青い目。


「ああ、悪い、気をつけるよ」


 あるよなあ、こういう何言われても反抗してしまう年頃って。俺もそうだったわ。


「うっせー、どんくさいんだよ、オッサン!!」

 チッと舌打ちをして、そいつは行ってしまった。


「おっさん……」

 そうか、俺はもう、おっさんなんだな……


  ──『どんくさいんだよ、オッサン!!』


 ダメだ、抑えろ、俺。相手は中学生だろ。



 ……………………


 ………………………………………



「こんの、クソガキぃいいいいい!!!!」


「わわ、はるひとっ!?」


 トメばあのおつかいの為、ホームセンターに立ち寄る。


「荷造り用の紐と、ガムテープと……」

 いくつか買って、店を出た。なんとなく隣の店に目をやる。


 木製の看板に、「ザ・リブラ」とおしゃれな字体で書かれている。アパレルショップのようだ。

 店の前のスペースには路上販売コーナーが設けられ、カラフルなワンピースや帽子、アクセサリーなどが並べてある。


「たまにはカッコいい洋服でも……か」


 一人と一匹を連れて、のぞいてみることにした。

 中へ入ると天井が高くて意外と広い。軽快なBGMが流れ、アンティークなライトが店内を明るく照らしていた。


「っしゃいませー」

 カウンターで、だるそうに店員がいった。


 キンキンに冷房が効いて、すこし寒い。

 全部で三階建て。

 地下と一階、二階の売り場があるようだ。メンズの服が置いてある地下へ、足を踏み入れた。


()ってるなあ……」


 頭上には青銅の剣がディスプレイされ、味のある陳列棚の横には子どもがすっぽり入りそうな土の(かめ)が配置してある。天井からはサーカスのように、何枚もカラフルな布がつながって垂れていた。

 あるだけの文化とデザインと色彩をぶちこんだというか。ごった煮というか。独特な雰囲気が満ちている。


「はるひと、これ!」


 楽しそうにベルがひっぱり出してきたのは、いかつい頭蓋骨のプリントされた、真っ赤なTシャツだった。ラインストーンが全体に散りばめてある。

 しかも、デカデカと “I’ll be back !!!” と書いてあった。


「これは、ちょっと……」


 なぜそれを選んだし。

 着たら、ヤバいやつじゃん。外に出たとたんに怖いお兄さんにからまれるのとか、俺イヤだからね?


 所狭(ところせま)しとあるハンガーラックには、はち切れんばかりに洋服が掛けられていた。

 ()め込まれたそれは色ごとに分けられていて、横から見ると、重なった洋服が見事にグラデーションを作り出している。


 ミリタリーや演劇の衣装も取り扱っているようで、古いカーキの軍服やごついブーツ、分厚い皮のコートなんかが木箱の上に雑多に置かれている。

 華やかな羽のついたカウボーイハットなんてのもあった。


「かっけぇ……あ、こっちも」


 思わず身を乗り出す。

 男としては、こう、非常にそそる。ロマンなのだ。心にグッと来る。


「おようふく、いっぱいある!」

『珍しい骨董もあるのう』

 ちびっこ達にしてみれば、地下にある不思議でジャンキーなアパレルショップは秘密基地のようなものだろう。背の高いラックのあいだをはしゃいで駆けまわっている。


「一つくらい、買ってもいいかなあ」

「はるひと、こっちはー?」

 今度はいくらかマシな黄色いTシャツを幼女がもってくる。


「んんん」

 いやしかし、自分が着るとなると黒とか白とか、もうちょい普通の色の方が……


 けっこう夢中になっていたらしい。

 俺たちは、いつのまにか店の奥まで来てしまっていた。


 BGMが遠くに聞こえる。


 膨大な洋服のかかった、カラフルなラックの通路を右へ左へと曲がる。もはや、降りてきた階段の位置すらあいまいだ。


「かえり道、分かんないね」

 幼女もすこし不安そうだ。銀のツインテールが所在(しょざい)なげにゆれた。


「大丈夫、ここは店の中だ。すぐ見つかるさ」

 とはいったものの、背の高いラックで視界をふさがれ、まわりを見渡すことは不可能である。

 あまりの高さに、自分が小人になってしまったような感覚を覚えた。


 とりあえず、歩き続けることにした。強めの冷房が、じわりと体温を奪っていく。

 三人で通路をひたすら歩く。歩く。歩く。


 BGMは聞こえなくなっていた。


 タヌキが肩に飛びのってきた。

『小僧。この通路、おかしな気配があふれておるぞ』


「え?」


 言われて、気づいた。





 一本道なのだ。


 分かれ道がない。 

 ぎっしりと服の詰まったラックの道が、ゆるくカーブしながら続く。

「なら、服のすき間から外に出れば……」

 手近なラックに下がる服をかき分けようとして、衝撃を受けた。


「これ……ラックじゃない」







 壁だった。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、壁。

 平たい感触が手に伝わる。



 不自然に高いと思っていたラック。







 俺が服やラックだと思っていたのは、壁に描かれた絵だったのだ。


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