俺、ミッションをたまわる
目を覚ますと、幼女が上に乗っかっていた。
至近距離で可愛いらしい声がひびく。
「ねえはるひと、遊ぼうよう!!」
アメジストの瞳がきらきらと俺を見すえる。
俺をまたいで座り、胸の上で飛びはねた。寝起きの体にはつらい衝撃が容赦なく襲う。
見上げたぺったんこの胸元で、ドクロのネックレスが待ちきれないとでもいうように跳ねる。
「今日は、お仕事、ないんでしょ! ねーえー、遊ぼう!!」
「ぐふっ、ちょ、ベル待っ……う"ぁ」
一言しゃべるごとに重い。物理的に重い。これでは潰されてしまう!!
肺から空気が強制的に押し出されて、思いきりえずく。
口からカエルがひしゃげたような声が出たところで、何とか幼女の下から抜け出した。
「はぁ……危なかった」
朝から災難以外のナニモノでもない。
マジで死ぬかとおもったわ。胃がひっくり返るところだった。
「はるひとー」
きゃいきゃいと幼女は楽しそうに俺の背中によじ登ろうとする。
ほんと懲りないな、おまえ。
落ちないように腕をまわして体を支えれば、小さな両手で頭をぺちりと叩かれた。
「ひとりでできるの!」
「はいはい」
黒い、フリルたっぷりのドレスが不満げに膨らむ。幼女はさくらんぼのようにつやつやの唇をとがらせた。
無邪気な様子に思わずほおがゆるむ。
……いや、そういう趣味があるわけではないんだが。断じて、お願いだから、110はやめてほしい。
『小僧も難儀するのう』
しわがれた声がかけられる。
笠を背負ったタヌキが、行儀よく前足をついて座っていた。
守ってあげたくなるようなつぶらな瞳。
デフォルメされた丸っこいボディ。
ふわふわの毛並み。
このあいだ裏山からついてきた、自称神様のタヌキである。中身は食い意地のはったジジイだから、キュートな見た目にだまされてはいけない。
『小娘に遊び道具あつかいなど、大変よのう』
つぶらな瞳が憐れむように向けられた。
「クマさん! クマさんも遊ぼう!!」
いいものを見つけたとばかりに、ベルの表情がぱあっと明るくなる。
幼女は背中から滑り降りると、小さな生き物を拾い上げた。「クマさん」のしっぽの毛が逆立つ。生き物は、短い手足を必死にバタつかせた。
『なっ、ワシはクマさんではない! 偉大なる変化の神で……や、やめっ、しっぽを触るでないのじゃぁああ!!!』
そんな風に逆さまに吊るして、何して遊ぶんだろう……「クマさん」の丸焼きごっことか?
「やべえ……」
……すまん、タヌキ。お前も難儀するな。
心のなかで、そっと同情だけしておいた。
そんなこんなで、休日の朝から大騒ぎである。
窓からやわらかな日差しが差しこんだ。
「やれやれ、メシにすっか」
ここ最近で、いっきに家のなかが賑やかになったような気がする。バイトから帰ってくると、ベルがはしゃぎながら出迎えてくれるのだ。
働いて帰るだけではない、またべつの世界が広がっているというか。
家族ができるって、こんな感じなのかね。
口もとをゆるませて立ち上がると、キッチンに向かった。
手早くトーストとコーヒーを用意する。もちろん幼女にはオレンジジュースだ。
『小僧、ワシにはピンクの餅を頼むぞ!』
「桜もちは無いよ。ありゃもらいもんだ」
かわりに一袋三百円の冷凍タコヤキを電子レンジにかけた。
──昨夜未明、市の中央にある五十階建ての高層ビルが突如崩れ落ち、辺りは騒然となりました。幸い建設中であったためケガ人はおらず……
「怖ぇなあ」
適当につけたテレビからは、ニュースが流れていた。
騒いでいた一人と一匹は、どこから持ってきたのか、仲良くローテーブルで本をながめている。
「ねえ、これみて! 全身が真っ黒に焦げちゃうんだって!!」
『こっちの呪いもすごいぞ! 最後には身体が腐り落ちてしまうのじゃ!!』
「焦げ……腐りっ!?」
物騒な言葉が聞こえて、思わず叫びそうになったのをこらえる。
何を朝からやっているんだ。なにを。んで、なんであからさまに中二病チックなんだっつーの。
自称神様のタヌキにしろ、自称魔王の幼女にしろ、ふるまいが非日常すぎるんだよおまえら。
「朝メシ出来たぞー」
皿を並べるついでに二人を後ろからのぞくと、本はまったく読めなかった。アラビア文字のような、くねくねした文字で書かれていたのだ。
「よく読めるな……」
幼女が自慢げに笑う。
「じーやがくれたんだよ!」
タヌキがピクリと耳を動かした。
『主に魔族が用いる言語じゃの。この程度、ワシにかかれば造作ないわい』
俺が持ってきたタコヤキを前足でつまんで、ふかふかの腹にセットする。
どうやら熱かったらしく、器用に半分に割って冷ましていた。
貝を割るラッコっぽさを感じるのは、言わないでおこう。クマさん扱いのあとにラッコ呼ばわりするのは、かわいそうだ。
「ふーん、そうなのか」
じいやさん、ちびっこにそれを渡すのはいかがなものかと思うんだよな……
呪い、腐り落ちる、魔族。
なんだか関わらない方がいい気がするので、つっこむのはやめておく。さわらぬ神になんとやらだ。
チャイムが鳴った。
「はーい……あ、トメば、」
スパァンと小気味よい音が響く。
「トメさんとお呼び!」
扉をあけると、しわくちゃの老婆が立っていた。
白髪のたまねぎ頭に赤い簪をさしている。
着古したピンクの割烹着をまとい、手には巨大なハリセンを構えていた。
「街まで買い物を頼みたいんだよ。列車にのって遠くに行くのは、老体にはきつくてねえ」
「ん、おっけー」
アパートの大家の頼みとあらば、断るわけにもいくまい。
「そうかい! ありがたいねえ」
老婆は大きなタッパーを渡してくる。
中をみると、
「手羽先の煮込みだ……!」
「春人は昔から好きだろう?」
老婆は懐かしいものを見るように目を細めていった。
まだ温かい容器の中には、ごろごろと茶色い手羽先が入っている。ふわりと醤油とタレで味つけした良い匂いが漂った。
「ああ。ありがとう、トメばあ……ぐはっ!?」
すかさず鋭い一閃がひらめく。
「トメさんとお呼び!!」
頭から煙をあげる俺の前で、頼んだよ、といってトメばあは帰っていった。まじ痛い。
「んー」
ずきずき痛む頭でしばらく考える。
「ベル、どこか行きたい場所とか、ほしいものとかあるか?」
幼女は悩んでいたが、ピョコリとツインテールをゆらしていった。アメジストの瞳がわくわくと光る。
「ベル、髪かざりがいい!」
「おー、アクセサリーか。いいんじゃないの」
この一週間ほど、ベルには一人であまり遠くに行かないようにいって、いろいろ我慢させてばっかりだったもんなあ。
ちょっと遠出するか。
「でんしゃ、来ないかなあ」
手をつないだ幼女がきょろきょろとあたりをみまわす。胸元のドクロがわくわくとゆれた。
昨日まで降っていた雨はあがり、ぬけるような青空が広がっている。
俺はちびっことタヌキを連れて、駅のホームで電車を待っていた。
トメばあのおつかいがてら、遊びたいという幼女のご要望を叶えることにしたのだ。
ちなみにタヌキは肩の上に陣取っている。『小娘にこれ以上モフられてはかなわん』そうだ。
休日だからか、ホームには家族連れやカップルがごったがえしていた。
次々に人が目の前を行き交う。
「おんなじ出口がいっぱいあるねえ」
『ほお、今の時代はこんなに速い牛車があるんじゃのう』
一人と一匹がしみじみと言葉をかわす。
そうか、こいつらは現代人じゃないから、なんとなくしか分からないのかもしれない。
「……」
自称「神様」と、自称「さんびゃくさい」の幼女。それが本当なら、タヌキは言うまでもなく、幼女も中身はおばあちゃんな訳で……ん、待てよ? ということは、俺のまわりにはジジイとババアしかいな──
「は、る、ひ、と?」
ほんのり冷たい視線が横から刺さる。
「変なこと、かんがえてない?」
ホームに生ぬるい風が吹いた。
柔らかく握られた、幼い手が怖い。
背中の汗がとまらない。じっとりと手のひらがしめる。
「ゴメンナサイ」
なんで、ばれた……
「あのう、すみません」
幼女の膨れっ面に冷や汗を流していると、後ろから申し訳なさそうな声がかけられた。
「はい?」
整った顔立ちの男が、眉を下げて立っていた。
俺と同い年か、少し上くらいのさわやかな青年だ。革ひものブレスレットをつけた手で、頭をかいている。
「迷ってしまいまして、道を教えてもらえないかと」
色素の薄い茶髪がさらりと風になびき、水色の瞳が困ったようにゆれる。それだけでもイケメンの雰囲気がにじみ出ていた。
「ここなんですが……」
「でしたら……」
すぐそこのコンビニだったので、簡単に説明する。
「いやあ、ありがとうございました。あ、糸くずがついてますよ」
男が俺の腕に触れた。
「はい、とれました。それでは。お嬢ちゃんもじゃあね」
隣に目をうつして誠実そうに微笑んだ。
「ばいばい!」
次に俺の肩あたりをちらりと見る。
人好きのする笑みを浮かべると、男は去っていった。
「あれ?」
少しだけ冷たくなった夏の終わりの風が、ホームに吹きぬける。
周囲の音が消えた気がした。
あの男は視線を明らかに俺の横へ向けた。
幼女は、俺以外の人には認識できないはずでは。
見えていたのか?




