Episode. 2
あのリザードマンとの遭遇後、あたしは相変わらず変わり映えのない通路を歩いている。
あれからモンスターには『一匹も遭遇』していない。
……おかしくない?
いつもはダンジョンの中で五分も歩けばゴブリン型やコボルド型に遭遇する。
まぁ、地下三階より深くは潜らないから、これがここの普通なのかもしれないけど……。
こんなに遭遇しないのなら、正直浅い階層で数をこなした方が効率がいいと思う。
でも前に町の外から来た採掘者の人達が、魔石をパンパンに入れた皮袋をめっちゃギルドの受付カウンターに乗せてたんだよね〜……。
こんな遭遇率で、いったいどうやったらあんなに魔石を集められるんだろう?
マジで意味が分からん……。
それとも、もっと下の階に降りたら遭遇率が爆上がりするのかな?
でもまぁ、さっきみたいなリザードマンが複数出てきてもさ、シャレにならないからやめて欲しいけど……。
それでも、こんなに何も出てこないのはどういうことなんだろう。
しかもこんな一本道で……。
そう、一本道!!
最初からずっと一本道。
分岐もなければ曲がり角もない。
リザードマンを倒した後、ゆる〜い左カーブになったけど、それだけ。
あたしはただただ真っ直ぐ道なりに歩いている。
ダンジョンてさ、こういうもんじゃないよねって思う。
それに階段も見当たらない。
ここまで本当にただ道なり。
迷うことはないけど、もしこの先に階段があって、それが下り階段だった時は?
まぁ、そんときは単純に戻るんだけど、でも逆側に階段があるとは限らないし……。
「うん。お弁当食べよう」
……ちょっと嫌なことを考えちゃいそうだから違うことをする。
あたしはリュックを下ろすとその場にあぐらをかいて座り込む。
そして水筒と小さなバスケットを取り出し、その中のサンドイッチを頬張った。
ソフィア叔母さんの作るサンドイッチはやっぱり美味しい。
あたしは次々とサンドイッチを頬張り、あっという間に平らげた。
そして水筒に入れてきた冷えた紅茶で喉を潤す。
……よしっ!!
水筒と空になった小さなバスケットをリュックに仕舞い立ち上がる。
とにかく進もう。
あたしはサイレンサー付きのサブライフルをしっかりと握り、通路の奥を見据えて再び歩き出した。
またしばらく変わり映えしない通路を歩くと、進む先の方がぼんやりと明るくなっているのが見えた。
あたしは額に付けているライトを消して目を凝らす。
……出口?
あたしは再びライトを点け直すと、足早にそこに向かって歩き出した。
近づくにつれ、そこで通路が途切れているのが分かる。
あたしは早足を緩め、その場所に向かう。
う〜ん……、出口とは限らないよねぇ?
ここに来てからよく分からないことが多い。
変なリザードマン、いつまでも続く一本道の通路、そして低すぎる遭遇率……。
正直、出口だ出口だぁ〜、……とは思えない。
あたしは慎重にその場所に向かうと、サブライフルを構えて警戒する。
五メートルくらい先、暗闇の中にぼんやりとした薄緑色の光が見える。
なに……?
辺りは静まりかえり物音はしない。
あたしは一歩一歩近づき、そこからゆっくりと顔を出す。
そして、突然目の前に広がった景色に言葉が洩れた。
「……なにこれ?!」
そこには黒い岩肌の大きなホールが広がり、地面や遥か上にある天井のあちこちが、薄緑色の小さな光を無数に放っている。
「キレイ……」
それはまるで、自分が星空の中に浮かんでいるような、そんな錯覚をしてしまう光景。
……すごい!!
通路から見えた光はこの光だったんだと納得した。
あたしはサブライフルをそれに付いたベルトで肩に担ぎながら、ゆっくりと辺りを見渡す。
そして足元にある地面の光に顔を寄せた。
「……石?」
それを拾い上げ、まじまじと見つめる。
黒曜石の破片みたいな小石が、どういう原理か分からないけれど、薄ぼんやりとした淡い緑色の光を放っている。
「こんな石、見たことない……?」
あたしは周囲を見回しながら、手に持った小石をカーゴパンツのポケットに入れた。
そしてその場にしゃがみ込み、地面に手を触れてみる。
頭に付けたライトに照らされた地面は、黒く艶があった。
……エナメル素材みたい。
濡れているわけでもないのに、その岩肌はヌメリとした光沢をしている。
それを指先でなぞると、硬くひんやりとした質感が伝わってきた。
「不思議な岩……」
あたしはそう呟きながら立ち上がると、ゆっくりと後ろを振り返った。
自分が出てきた通路の出口が、垂直に切り立った岩の壁にぽっかりと口を開けているのが見える。
そして、そのまま周囲に視線を巡らせる。
出口を背にした右側には、少し先で同じように切り立った岩の壁が、天井まで続いている。
そして左側に視線を向けると、頭の動きに合わせ地面を照らしていたライトの丸い明かりが、数メートル先で消えた。
あたしは首を動かしてライトを巡らせる。
どうやら、左側は数メートル先で地面がなくなっているようだ。
たぶん崖のようになっているのかな?
近づきたくないから確認なんてしないけど……。
そして、その先はライトの光が届かないからよく分からないけど、緑の光が幾つも見えるからたぶん岩壁になってるんだろう。
う〜ん……、緑色の光は綺麗だけど、この暗闇の中だと遠近感がバグる。
あたしは出口を背にして再び前を確認した。
少し先の岩壁にアーチ型の暗闇が見える。
あたしはその位置を後ろの出口と見比べた。
きっとあれは通路の入口で、たぶん元々は繋がってたんじゃない?
何かの理由で岩盤が崩落して、ここにあった通路が無くなった……。
理由は分からないけど、きっとそんな感じなんだろうと思う。
実際、今自分が立っている地面はあの崖になっているだろう方向に、緩やかな傾斜となっている。
あたしは肩に担いだサブライフルを構え直すと、ゆっくりと入口に向かって歩き出した。
その入口の中に入ると、思っていた通りさっきまで歩いてきたのと全く同じ通路が奥に向かって続いていた。
やっぱりだ……。
ライトに照らされているのは、継ぎ目のない大理石の床と壁。そして等間隔に並ぶ豪奢な彫刻とレリーフ。
……んでまた一本道。
正直ガチでおかしい。
あたしはいったい何処に来たんだろう?
ダンジョン、なんだろうか?
少なくとも、普段潜るダンジョンじゃないと思う。
「じゃあ、別のダンジョン……?」
思わず言葉がでた。
でも、ダンジョンの下にダンジョンなんて作る?
てか、作る意味は……?
「さっぱり分からんのぉ……」
独り言を呟きながら、あたしはとにかく先に進んでみる。
しばらく歩くと、道はまた緩やかな左カーブになった。
とても緩やかな、大きく弧を描くようなカーブ……。
ん〜〜〜?
あたしは眉間に皺を寄せた。
そして徐々に歩くスピードが速くなっていく。
この構造ってさ……。
ズンズンと通路を進みながら、あたしは口を開いた。
「嫌な予感する……」
いつの間にか走り出していたあたしは、急に強烈な違和感を感じて立ち止まった。
自分でも何にこんな違和感を感じたのか分からないけど、とにかく、何か変だ。
あたしはその場で振り返り、違和感の正体を探る。
正直立ち止まってる暇はない。
あたしの予想ではきっと……。
それでも、あたしはその正体を確認するため、注意深く目に映っている物を観察する。
大理石の床と壁、レリーフ、等間隔に並ぶ壁の彫刻。
……あっ!!
彫刻が違う?!
あたしは振り返った先にある彫刻が、二つ並んで他の彫刻と違っていることに気がついた。
いままでこの通路で見てきた彫刻は全て男性。
でも、そこに二体だけ女性の彫刻が並んでいる。
そしてその彫刻に挟まれた壁が、他の壁より内側に凹んでいる。
なんでここだけ……?
あたしはその女性の彫刻に近づき、それに触れようと左手を伸ばした。
カシャン……
唐突にプラスチックを落としたような、軽く乾いた小さい音が聞こえた。
あたしは咄嗟に音がした方に体を向けサブライフルを構える。
そして、それを見た。
そこには……
通路の真ん中に、両手と両膝をついた真っ白な彫刻がいた。
「!!!!!!!!!!!!!!!」
パニックである。
パスッパスッパスッパスッパスッパスッ!!
あたしは無意識でサブライフルの引き金を引いていた。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!!
銃弾の当たった箇所から、プラスチックが砕けたような軽い音が響く。
そしてその彫刻は床に崩れ落ちた。
その姿を見て、あたしも床に座り込む。
本当に驚いた時って、人間は声なんて出ないもんなんだって、初めて知った……。
床で動かなくなった彫刻は、銃痕の部分から霧散し始めている。
……ダンジョンのモンスターと同じ?
そんなことを考えた次の瞬間、あたしはその光景に、全身の毛が逆立つような悪寒を感じた。
カシャン……
カシャカシャン……
カシャン、カシャン
次から次へと、彫刻が壁から産み落とされるように床へ落ちていく。
そしてそのまま、複数の彫刻が猛然とこちらに迫り手刀を繰り出してきた。
「怖い!怖い!!怖い!!!怖い!!!!」
あたしは叫びながら咄嗟にサブライフルを構えて応戦する。
手刀をかわし、彫刻のこめかみに銃口を当て引き金を引く。
その場で素早くしゃがみ込みながら、片足を軸にして回転しながらもう一方の足を伸ばし、複数の彫刻を転倒させる。
そして重心を後ろに傾け、そのまま後ろに数歩下がりながら、倒れた彫刻に銃弾を浴びせる。
銃弾が当たった彫刻はその場に崩れ落ちて行くが、それより早く壁からどんどん増えていく。
攻撃の合間を縫って後ろを見ると、既に後ろにも複数の彫刻が迫って来ていた。
あたしは次々と繰り出される攻撃を何とか避けながら反撃するが、弾倉の弾はすぐに尽きてしまった。
サブライフルから聞こえる、カチッという乾いた音。
振り下ろされる手刀。
あたしはそれをサブライフルで受け止めようとしたが、その手刀はバターでも切るようにサブライフルを両断した。
その勢いに、あたしの体勢が崩れた。
咄嗟に伸ばした右手が女性の彫刻の腕を掴んだが、汗に濡れた指先が滑ってしまった。
そして、あたしの体はなんの抵抗もなく、壁の中に吸い込まれた。
To be continued




