Episode. 3
「えっ?????」
あたしは床に尻もちをついたまま困惑していた。
周りは真っ白な空間。
その中に、人がひとり通れるアーチ型の枠がぽっかりと開いている。
その枠の内側に彫刻達の顔が積み重なっていく。
ヒィィィーーーーー!!!!!!!
「だから怖いってーーー!!!!!」
思わず叫んでしまった。
でも、不思議なことに奴らはその枠の内側に入ってこようとはしない。
彫刻達がいるのはさっきまであたしもいたあの通路。
あたしは壁の内側からその入口越しに奴らを見ている。
あたしは恐る恐る腰のホルダーから拳銃を取り、奴らに向かって引き金を引いた。
パンッ
パンッ
パンッ
真ん中辺りにいた彫刻の顔に銃弾は命中し、その顔はグシャっと潰れ、そこに上にあった顔が落ちて穴を塞ぐ。
……パズルゲームみたい。
あたしはそう思いながら、少しホッとしていた。
奴らには確かにあたしの姿は見えているけど、なぜだかあそこからこちら側には入ってこない。
入ってこないのか、それとも入ってこれないのかは分からないけど……。
とりあえずは攻撃されることはなさそうだ。
あたしは奴らから視線を外し、後ろを振り返った。
少し先に、アーチ型をした金色のパイプが複雑に絡み合った物が、同じ白い空間の中に浮かんでいるのが見える。
あたしはゆっくりと立ち上がり、手にした拳銃を腰のホルダーに戻してから、辺りを見回した。
真っ白い空間の中、正面に金属製の何かと、自分の背後にアーチ型の枠を埋めつくす彫刻達の顔。
あたしは、その金属製の何かを横から見ようと、自分の右側に向かって一歩踏み出した。
ゴンッ!!
「痛っ?!」
何か硬いものに額をぶつけた。
今度はナニよっ?!
あたしはそう思いつつ、額をぶつけた場所に手を伸ばした。
腕が伸びきる前に、手のひらが硬くて冷たい物に触れた。
「ん???」
今度は両手でその場所をペタペタと触ってみる。
ナニこれ……?
そして、そのまま下に、次に上に向かって確認していく。
「壁がある……?」
あたしは背負っていたリュックサックを肩から下ろし、ショルダーベルトを掴んだまま、上に向かって放り投げてみる。
ガンッ!!
リュックサックはあたしの頭の少し上くらいの場所で何かにぶつかり弾かれた。
あたしはもう一度前後を確認する。
「ここ、アーチ型の通路だ……」
白い空間だと思っていたこの場所は、彫刻の顔が重なっているところを入口にした狭い通路。
白い空間に見えていたのは、白い壁や床、そして天井自体が強い光を放っているせいで、白い空間に見えているだけだ。
実際、足元を見てもそこには影がない。
あたしはこの通路の入口に視線を向ける。
相変わらず、びっしりと彫刻の顔が並びこちらを見ている。
マジでキモいわ……。
次に金属製の何かに視線を向ける。
リュックサックを背負いなおし、あたしは小さく息を吐くと、その金属製の何かに向かって歩きだした。
正直気は進まないけど、いまはこの他に選択肢がない。
あたしはその前に立って腰を屈める。
太いパイプと細いパイプがランダムに入り組んでいる。
高さはあたしの身長より少し高い程度。
真ん中に丸く平たい板がある。
いままで歩いてきた通路は、豪華で芸術的な感じがしたけど、これは真逆で機械的というより工業的。
なんか、大きな工業施設の一部みたいな印象。
そして近づくと、金色というよりは銅っぽい感じに見える。
あたしにはこれが何なのかさっぱり分からない……。
ただ、見た感じこの中央の板に何かするんだとは思う。
はぁ〜〜〜〜〜。
あたしはしばらくそれを眺めたあと、深いため息をついて肩を落とした。
仕方ない、入口は顔で埋まってるし……。
「突然毒ガス吹き出してくるとか、後ろの奴らが入ってくるとかやめてね……」
腰のホルダーから再び拳銃を右手でしっかりと握り、抜き出しながら唇を結ぶと、あたしはその円形の板の上に左手を広げておいてみた。
五秒、十秒、十五秒……
何も起きない。
軽く叩いてみても何も起こらない。
次にそれを回してみようとしたけど、全く動かない。
「う〜ん……」
この円形の板が何かのトリガーだと思うんだけど……。
あたしは少し離れ、この金属製の何かをもう一度じっくりと観察する。
見た感じ、これは扉なんだと思う。
アーチ型の通路の行き止まり。
ただどうやって開くのかはさっぱり分からないけど……。
そして彫刻に襲われてからのことを一つひとつ思い返していた。
何かヒントは……。
「あっ……!!」
あたしは拳銃から右手を離すと、円形の板に近づき、その上に右手をかざした。
その途端、円形の板に赤い光の細かい文字が浮かんだ。
あたしは咄嗟に飛び退き、素早く拳銃を構える。
絡み合っていたパイプが凄い速さで一本、また一本とアーチ型の枠に吸い込まれていく。
古い掃除機が電源コードを巻き取るのに似てる……。
そしてあっという間にパイプがなくなったそのアーチ型をした枠の奥に、豪華な室内が見えている。
あたしは拳銃を両手でしっかりと構えて、その中にゆっくりと入った。
「うわ……。何ここ……」
全体は広い円形のフロア。
中央に、ドーム型の天井から大きな硝子細工のようなシャンデリアが吊るされ、そのドーム全体に付いた照明からの柔らかい光に照らされてキラキラしている。
赤いベルベットの床、周囲の壁も同じ色の壁紙に、金色の細かい花柄のレリーフが描かれている。
振り返ると、アーチ型の入口に壁伝いに天井から伸びた複数のパイプが、音もなく塞いで行くのが見えた。
見た目は金属なのに、一本一本が生き物のようにウネウネと蠢き絡み合っていく。
……キモいなぁ〜。
群れたヘビを見てるようで、ぶっちゃけ気持ち悪い。
入口を背にした真正面に、同じアーチ型の入口がある。
そして同じように左右にもアーチ型の入口。
それらの位置は、シャンデリアを中心に十字の配置になっているようだ。
物音はしないし人の気配もない。
マジでここナニ……?
あたしは拳銃を両手で正面に構え、慎重に入ってきた入口の真正面にあるその中に入った。
なんか高級ホテルの廊下を歩いてる感じ……。
フロアと同じ壁紙が続き、アーチ型の曲線部分が柔らかい光を放つ照明になって、奥に見える扉まで続いている。
ここも床は赤いベルベット。
おかげで自分の足音はしないけど、相手の足音も分からない。
あたしは神経を集中し、時々後ろを振り返りながら扉に向かって歩いていく。
扉は重厚な木目調で、やっぱり豪華なレリーフが彫り込まれている。
こういちいち豪華だと、かえって嫌味ったらしく感じる……。
あたしは右手で拳銃を構えたまま、左手を扉に向かってゆっくりと伸ばした。
すると扉は左手が触れる前に、静かに右側にスライドした。
扉が開くのと同時に照明がつき、室内を明るく照らす。
そしてその中の光景に、あたしは思わず構えていた拳銃を下ろした。
あたしはあの穴に落ちてからずっと、ここはダンジョンだと思ってた。
でも、いま見えているものはそれとは全く違うものだ。
あたしがダンジョンだと思っていたこの場所は……。
「……何かの施設なんだ」
広い室内に整然と並べられた、あたしの身長より高い計器類の数々。天井に張り巡らされたむき出しの金属パイプ。
見える範囲の印象は「研究ラボ」そのものだ。
あたしは右手に握った拳銃をホルダーに戻し、ゆっくりと室内に足を踏み入れた。
左右を背の高い計器類に阻まれた中を進む。
計器類には見たことない文字が記載され、その機械から伸びた大小様々な黒いホースや金属パイプがダークグレーの床の上に無造作におかれている。
使われている金属も、見たことのない黒っぽい色と質感をしている。
コンッコンッコンッ
手近な機械の外装を軽く左手でノックしてみる。
音は金属……。
あたしは小首を傾げながら、周りの計器類を一つ一つ確認しながら歩いていく。
動いてはいない……?
どの計器類も小さなランプの瞬きなどなく、本体から迫り出したモニターらしい物も沈黙している。
部屋の中央に進むと、天井に向かって伸びる大きな筒状の機材が目にとまった。
その機材だけ、上の部分も下の部分も他の機材より金属パイプやホースの数が遥かに多い。
あたしはその機材から迫り出した、直径二十センチくらいの黒い円柱の先端に顔を寄せた。
そこには手を広げて乗せる手型がついている。
一瞬迷ったけど、この機材も稼働していないし、材質も気になったから右手のグローブを外し、その手型に合わせて右手をおいた。
ひんやりとした硬い金属の手触りと、つるつるしたエナメルのような質感。
あたしは一瞬あの通路の途中にあった、黒い岩肌のホールを思いだした。
あそこ綺麗だったな……。
あの場所を思い返しながら右手を離そうとした瞬間、あたしの右手はその円柱の中に手首まで飲み込まれた。
「!!!!!!!」
慌てて引き出そうと引っ張ってもがっちり固定されて抜けない!!
やっばいっ!!
油断した!!!!
そして右手の中指の先に、チクリとした痛みが走る。
「!!!!!!!」
何か刺された!!!!!
あたしは右手を抜こうと更に引く手に力を込めた。
その瞬間、右手は唐突に解放され、そのまま後ろに倒れ込んだ。
その時リュックサックを背負ったまま、背中と後頭部を後ろにあった計器にぶつけたが、あたしはお構いなしに右手の中指を確認する。
あれ……?
確かに何かが指に刺さった痛みがあった。
「なんとも、なってない……?」
指先には何かが刺さった痕跡もなく、痛みすら残っていない。
あたしは細かく何度も自分の指先を確認した。
でもやっぱりなんともなっていない。
ナニ……?
背中を冷たいものが伝っていく。
あたしは左手の腕時計を見ながら時間を計った。
三十秒……四十秒……五十秒……。
緊張で心臓がドキドキする。
六十秒……七十秒……。
「はぁ〜……」
二分を過ぎたところで小さなため息がでた。
体に異常は感じない。
ぶつけた後頭部以外に痛みもない。
まだはっきりとは分からないけど、即効性の毒物ではないと思う……。
分かんないけどね……。
あたしはゆっくりと立ち上がると、更に奥へと歩きだした。
部屋はかなりの広さがあり、計器類の間を縫うように進みながら、扉や階段がないか確認する。
でもこの部屋中には、機械以外は何も見つけられなかった。
あたしは入ってきた入口に戻り、最初のホールに引き返した。
ホールに出ると、あたしはそのまま左側にある入口に入った。
さっきの廊下と同じ作りで、同じように廊下の先に扉が見える。
か扉はあたしが近づくと、何もしないのに右側にスライドして開いた。
その部屋の中はキッチンやリビングなどの生活空間だった。
扉を入って右側に流し台とIHコンロのような物がある。
左側は開けていて、ちょっと広めのリビングに見えた。
あたしは更に奥に向かって歩いていく。
どの部屋も引越し前の空き部屋みたいに、備え付けの物以外は何もない。
誰かが住んでたの……?
誰が?何のために??こんなところで???
あたしは小分けにされた室内を全て確認したが、ここにも階段は見つけられなかった。
あたしはまた、元きた道を引き返しホールに向かう。
ダンジョンじゃないことは分かったけど、逆に混乱してしまう。
ここなんなの?!
居住区があるのに出口がない。
こんなとこで食べる物どうするのよ?
ホールに戻ると、あたしは最後の廊下に躊躇なく踏み込んだ。
そして、突き当たりの扉に向かって歩いていく。
ほかの廊下にあった物と同じ木目調の重厚な扉。
でも今回、その扉は近づいても自動で開かなかった。
ちょっと押してみたりしたけど、開く気配がない。
あたしはその扉の隅々に目を凝らす。
色や質感、彫り込まれているレリーフの形なんかは特に変わらず。
変わっているのは扉の中央に手形の彫り込みがあるくらい……。
たぶんここに手を置けってことでしょ……?
さっき右手を飲み込まれたことが頭に浮かぶ。
それでも、この奥に階段や出口があるかもだから、中を確認する必要は絶対にある。
あたしは手型を睨みつけながら、拳銃をホルダーに戻す。
そしていつでも逃げられるよう腰を引き、ゆっくりと、右手を手型に伸ばした。
が、あたしはギリギリで手を引っ込めてしまった。
怖いィーーーー!!
怖いんだよ!怖いのっ!!
「何をなさっているのですか?」
!!!!!!!!!!!
唐突に後ろからかけられた声に、あたしは反射的に振り返った。
そして、驚きのあまり目を見開く。
そこには、全裸の女性が立っていた。
To be continued




