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まだ名もなき怪物達 第4部ー神代蒼真ー  作者: HANA


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第6話 選べ


昼の喧騒から少し外れた廊下は人影がまばらだ。

夕日に照らされる廊下を歩く蒼真の足音だけが一定のリズムで響いていたが、ふいにリズムが崩れる。


「……っ」

視界が揺れ、壁に手をつく。

呼吸が浅い。

朝よりも、明らかに苦しい…。

ポケットに手を入れ、携帯酸素を取り出した。

取り出す手が僅かに震えていた。

シュー……

一度、二度…――戻らない、乱れた呼吸。


「……は……っ」

抑えきれない乱れた呼吸は音になる。

そのまま片膝が落ちる。

もう片方も支えきれなかった。


動けず、そのまま酸素をゆっくりと吸い続ける。

数秒かかってようやく少しだけ呼吸が戻るのを感じた。

「……っ」

顔を上げ、立とうとするとふらついてしまう。

壁を使って無理やり立ち上がり足を前に出す。


「……問題ない」

誰もいない廊下に吐き捨てるように言い聞かせた。

――その奥

角の陰に居た真壁は動けなかった。


見てしまった。

一度目とは違う、誤魔化しきれないその姿。


「……違う」

小さく目にした現実を否定するように呟いた。

だが目は逸らせずにいた。

蒼真と真壁の視線が合う。

ほんの一瞬、焦るような表情で蒼真は止まった。


「……問題ない」


同じ言葉で

同じ嘘をつく。


そのまま歩き出す蒼真に真壁は何も言わなかった。

言えない。

ただ、その背中を見送ることしか出来ない。


早足で真壁の元に足音が近づき、一瞬、視線が合うが止まることなく通り過ぎた。

蓮だった。

蒼真の様子を一目見て蓮の表情が変わった。

「……来い」

低く、強い声だった。

「問題ない」

青白い顔でそれでも歩こうとする蒼真の前に蓮は立つと一歩を詰めた。

「いいから来い」

一切揺れない声で蓮が言葉を落とす。


「……次の――」

「回してある」

言いかけた蒼真の言葉に被せるように蓮が逃げ道を潰した。

2人の間に数秒の沈黙が流れた。


蓮は蒼真に背を向け振り返らず歩き出した。

「来い」

蒼真がわずかに舌打ちし、一瞬だけ拳を握ると小さく息を吐いた。

「……分かった」

そして、蓮の後ろを歩き出した。



本部・医療棟の扉が開くと白石が待ち構えていた。

「遅いよ」

いつもの同じ軽い声だが視線は鋭かった。


「勝手に――」

「座れ」

言いかける蒼真に被せる白石が短い命令を告げる。

蒼真は言葉を飲み込み、観念したように椅子に腰を落とした。

呼吸はまだ浅く、額には汗が滲んでいる。

白石は無言で機器を準備すると医師を呼びに行く。

蓮は壁にもたれて腕を組み、何も言わなかった。

医師と共に白石が戻ると静かな空間に機械の音だけが小さく響く。

幾つかの検査の後…。


「……数値、危険ですね」

そっと医師は呟くと白石に指示を伝え、部屋を後にする。

白石は指示された内容と検査データを見ながら

「これで“問題ない”は通らねぇぞ」

睨みつけるような視線で蒼真を刺した。


「……」

蒼真は視線を逸らし、初めて何も言い返す事が出来なかった。


「使え」

総統室の机の上に置かれたままの試作マスクが蒼真の脳裏に浮かんだ。

何も言わない蒼真に白石が息を吐いて続けた。


「……選べ」

白石は一拍開けて

「削って続けるか」

もう一拍

「残して帰すか」

静かに落ちる白石の言葉。


蓮は何も言わずにいたが蒼真から目を逸らす事はなかった。

静かな部屋には蒼真の呼吸だけがわずかに響いていた。



玄関の扉が開く音がした。

いつもならすぐに鍵を閉める音がするはずの玄関から、代わりに足音が二つきこえてくる。

麗華はキッチンの片付けをする手を止め、リビングを覗き込む。

「……?」

蒼真と蓮がリビングへ並んで入ってきた。


違和感は一瞬。

言葉に出来ないけれど確実にある。

蒼真は何も言わず、いつものように鞄を置いて、上着を脱ぐ。

蓮も何も言わず、その手にあるケースをリビングの端へ置く。

見慣れないケース。

けれど見た瞬間に分かってしまう。

「……それ」

麗華は言いかけて言葉が続かなかった。

蓮は答えずケースを開け中身を取り出す。


それは医師として働いてきた麗華には見慣れた機械。

けれど、自宅で見るのはまだ先だろうと思っていた機械。


蓮は機械とチューブを静かに、丁寧に慣れた手つきで設置していく。


それが現実を濃くする。


蒼真は視線を向けない。

いや、見ないふりをしている。

それが逆に分かりやすくて麗華の胸を締め付けた。


「置いてく」

蓮が短く言うと蒼真は


「いらねぇ」

間を置かずにいつもの言い方で返したが、その声はどこか弱く感じた。


「いる」

一切、迷いなく蓮が被せてきた。

麗華は動けなかった。


二人の間に流れるものが分かっているから。

口を挟まない

挟めない

麗華の視線が蒼真へ向く。

蒼真は何も言わず、ただ蓮の設置する姿を見ている。


止めない

それが全てだった


「……」

締め付けられた胸が重くなった。


無理していることには気が付いていた。

でも、ここまでじゃないと思っていた。


「……」

言葉が出ない

出してはいけない気がした。


蓮が設置を終え立ち上がる。

「……終わりだ」

蒼真と一瞬、視線が交わるが何も言わなかった。

それで十分だった。

「……麗華さん、遅い時間にすいませんでした。失礼します」

蓮は麗華へ一礼するとそのまま玄関へ向かう。


扉が閉まり、リビングが静かになる。

残されたのは機材と二人。

麗華の視線が自然と機材に向く。

それから、ゆっくりと蒼真へ視線が向いた。


「……必要なの?」

責めるでもなく、ただ確認する声だった。

蒼真は少しだけ視線を逸らす

「使わねぇ」

短い言葉だが、否定しきれていない。

麗華はそれ以上何も言わない…いや、言えない。

ただ、分かってしまった。

静かなまま時間だけが流れていた。


「……」

蒼真は機械へ手を伸ばし、触れるがすぐに離す。

「……ダセェな」

小さく吐き捨てるとソファに腰を落とした。

肘に顔を埋める。

呼吸は落ち着いていた。

けれど、それが逆に現実を突きつけてくる。

「……これ、かよ…」

誰に向けた訳でもないその声は消えそうなほど小さい。


「……ごめん」

麗華から小さく漏れる言葉。

蒼真は顔を上げなかった。

「……何が」

「見抜けなかった」

2人の間に数秒の沈黙が流れ、蒼真はゆっくり顔を上げた。

麗華を見るその表情は責めていなかった。

ただ少しだけ苦しそうな表情。


「……俺が隠してた」


蒼真はそう言い切った。

麗華は何も返せなかった。

蒼真は座ったまま動かず背もたれに体を預ける。

視線はどこにも向く事はなかった。

麗華も同じように蒼真の隣へ何も言わずに腰を落とした。

2人の距離だけが少し近い。

「……」

どちらも言葉を発する事はなく、酸素の機材だけが静かに存在しているその現実を見つめていた。


蒼真は一度だけ目を閉じ、ゆっくり息を吐く。

言葉が出てくる事はなかった。

麗華も同じで言葉を探さない。


いつかこうなることは分かっていた。

だから驚いてもしかたない。

ただ、受け入れるしかない。


「……」

ほんの少しだけ肩が触れた。

どちらからでもなく、自然と。

蒼真は離れる事はなく、麗華もそのまま寄り添う。


言葉はない。

必要もない。

静かな時間だけが2人に流れていく。



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