第4話 試作
まだ少し眠い空気が家の中に残っている。
カーテンの隙間から薄く光が差し込む。
キッチンから小さな音が聞こえてくる。
ベッドには麗華と華凛だけがいなかった。
朝食の準備をしてくれているのだろうと思い、蒼真は蒼志と悠真を起こした。
「ほら、起きろー」
2人を揺すり起こすのはいつも蒼真の役目。
蒼志が先に目を開けた。
「……パパ?」
小さな可愛らしい蒼志の声に少しだけ表情が緩む蒼真。
「起きたか」
頭に手を置き、軽く撫でてやると悠真も布団の中で動きだした。
「……ん」
そのまま寝惚けた顔で悠真は蒼真に近づき、胸の中に飛び込む。
「ぼくもー」
「わかってるよ」
悠真の頭を撫でてやると満足そうに悠真はスタスタとリビングへ向かう。
「パパ、一緒に行こ」
蒼志が蒼真の手を引く。
これがいつもの朝。
一緒にいてやれる時間が少ない分、朝は必ず3人を撫でる事からはじまる。
「パパー華凛ちゃん起きてるー!」
リビングに入るとベビーベッドの中を覗き込む悠真がいた。
華凛は悠真の髪の毛を引っ張ろうとして頑張って腕を伸ばしているみたいだ。
でも、届かず泣き出す。
蒼真が抱き上げると笑い出した華凛の頭を優しく撫でてやる。
「みんな、おはよう」
麗華の声が自然と響く。
蒼志と悠真が朝ごはーん!と騒ぎだす。
ずっと、こうして子供達と居たい気持ちを堪え、蒼真は支度を始めた。
ふと、手が止まる。
ほんの一瞬だけ、呼吸が浅くなる。
胸の奥が、僅かに重い。
「……」
誰にも気づかれないくらい、小さく息を吐く。
すぐに何事もなかったように動き出した。
今日もまた、帰ってくる。と家族の笑顔に誓って。
蒼真が本部に到着すると、すでに動き出している空気に包まれた。
無線の音、足音が響いている。
総統室へ蒼真が入ると蓮が振り向き2人の視線が合う。
「来たか」
「あぁ」
机の上の資料を蓮は蒼真へ手渡す。
「……昨日の休暇申請か」
昨日の現場の若手隊員達の申請書を無事に真壁が回してくれたらしい。
その1枚1枚に目を通し、決裁をしていく蒼真。
「真壁も分かってくれた…訳では無いよな」
「今は一時的に従っただけだろうな」
それでも、隊員達に休みが回るのであれば一歩前進と言える。
ー数日後。
訓練所には人工的に組まれた崩落現場が再現されている。
積み上げられた瓦礫は不安定で、わずかな重心のズレでも崩れるように設計されている。
本番と変わらない重さと本番と変わらない危険。
ただ1つだけ違う事はやり直せることだけだ。
若手達が配置につくと緊張感はあるが、どこかに余裕も残っている雰囲気だ。
休み明けの空気でわずかな軽さが見られた。
「開始」
蓮の声が落ちると隊員たちは同時に動き出す。
慎重に足場を確認しながら進む…だが、一瞬判断が遅れた。
「っ……!」
踏み込んだ足が沈み、バランスが崩れ、瓦礫が軋む。
踏み直そうとして無理に体勢を戻そうとする。
「大丈夫です!」
声はしっかりしていて強い。だが動きが雑に感じられた。
「止まれ」
蒼真の低い声が響いた。現場のような圧はなかった。
だが空気を切り替えるには十分だった
「無理に行くな」
蒼真が短く言葉を落とすと隊員たちの踏み込もうとしていた足が止まる。
隊員たちの視線が揺れる。
そのまま一歩引くと瓦礫はそれ以上崩れなかった。
静寂が流れていた。
砂の落ちる音だけが響く。
「……すみません」
隊員が弱く呟いた。
蒼真は何も言わず、ただ一度だけ視線を向けた。
責めるつもりもない。
確認する為の訓練だ。
ー帰すための。
その瞬間、蒼真の胸の奥が重くなった。
「……っ」
呼吸が浅くなり、一瞬だけ視界が揺れる。
ほんの一瞬、足が止まる。
だが蒼真はすぐに呼吸を整え、何事もなかったようにふるまう。
「……戻るぞ」
「問題ない」
「次の予定が詰まってる」
蓮が時計を指さし、総統室に戻るぞと蒼真を促した。
ため息を蒼真はつくと、若手の隊員たちに訓練続行を命じ、その場を離れた。
少し離れた位置から真壁が見ていた。
腕を組んだまま視線だけが鋭い。
蒼真と蓮とすれ違う瞬間、真壁が低く言葉を落とす。
「訓練で止めてどうする」
蒼真は振り返らず答えた。
「訓練だから止める」
「甘いな」
「そうか」
訓練は続いている。
若手達の動きは先程よりも明らかに変わっていた。
無理をしない、止まる、確認する、そして進む。
真壁はその様子をしばらく見つめていた
何も言わず、ほんのわずかに目を細めた。
総統室に戻った蒼真は椅子に腰掛け、携帯酸素を取り出していた。
先日の現場視察からどうも呼吸状態が悪くなってしまったようだ。
ーシュー…シュー…。
酸素を吸っていると遅れて蓮が部屋へやってきた。
「どこ行ってたんだよ」
「今から白石さん来るから説明受けろ」
質問の回答になってないんだが…と蒼真は突っ込もうとしたが、面倒になり再び酸素を吸う。
蓮の言葉から少し遅れて、ノックの音が響いた。
「入るぞー」
軽い声と共に扉が開く。白石だ。
手にはタブレットとケースを持っている。
「……何持ってきたんすか」
「総統様用」
ケースを机の上に置くと、そのまま開く。
中には見慣れない装置が収められていた。
小型のマスクに細いチューブ。
簡易酸素とは違い、現場にも持っていけるように作りが違っている。
蒼真は眉をひそめた。
「……いらねぇっす」
「まだ使えとは言ってない」
淡々とした声で白石は続けた。
「これは試作段階。お前のデータで調整してる」
「勝手に俺を使うな…」
「使われてんのはお前のデータ」
短い沈黙が流れ、口を開いたのは蓮だった。
「持っとけ」
「使わねぇ」
「持て」
少しだけ強い蓮の声に空気が一瞬だけ止まる。
蒼真はマスクへ視線を落とした。
ほんのわずかに浅い呼吸。
「……」
何も言わないまま、手を伸ばし装置を持ち上げた。
完全には受け入れていない。
それでも、拒みきれない。
指先に残る重さだけが、現実を突きつけていた。
「長時間の使用はまだ無理。負荷がかかりすぎると制御が追いつかない」
白石が資料を見ながら話す。
「だから使いどころは選べよー」
いつもの白石の少し軽い口調の説明を聞きながら、蒼真は装置を黙って見ていた。
「試す?」
「……いや」
少しだけ迷った蒼真を見て蓮が被せる様に呟いた。
「試せ」
蒼真、わずかに舌打ちする
「……少しだけなら」
マスクを一度ケースに戻し、誰もいないであろう訓練所で実戦形式で試したいと蒼真が提案する。
それを白石と蓮は受け入れ、夜の訓練場で行う事となった。
月の光だけが銀色の髪と漆黒の髪を照らしていた。
向かい合う、蒼真と蓮。
ただ、ひとつだけ昔と違うのは…。
シュー……
蒼真が装着している試作品の酸素マスクの音が響いていること。
いつもより軽い音が耳に響く。
空気が違う感じがして一瞬、呼吸が詰まった。
そのまま、ゆっくり吸い込む。
「……」
蒼真は何も言わないが、さっきより明らかに呼吸が深い事が蓮と白石から見ても明らかだった。
そのまま、蒼真が踏み込み、蓮へ拳を振る。
蓮が躱して、蹴りを繰り出す。
素早く蒼真が姿勢を低くして躱し、足払いを掛ける。
足払いを読んでいた蓮が後方へ飛ぶ。
その時、ーパンッ。と白石が手を叩いた。
「はい、終わり」
ニコッと笑うと白石は蒼真へ問いかける。
「どう?」
「……違和感ある」
マスクを取り外し蒼真が答えた。
だが、動いた後なのに蒼真が息苦しそうな様子はなかった。
「慣れろ」
少しだけ白石の視線が鋭くなった。
「持ってろよ」
蓮が念押しのように呟いた。
「あれ、終わったのかよ」
訓練場の入口から声が聞こえた。
入口には人影が2つ。
「なんだ、久しぶりに見たかったのに」
それは、葛城と雨宮だった。
蒼真が試作機を使用して、蓮と組み手をすると白石から報告を受けた2人が、それは久しぶりに見たい。と押しかけてきたのだ。
かつての黎明、第一特務遊撃隊が揃った。
白石は看護師資格を取り、医療班へ。
雨宮は若手の育成のため、訓練所の教官に。
葛城は蒼真と蓮を支えている本部幹部に。
蒼真が総統になり、蓮が補佐官となり、それぞれの立場は逆転している。
それでも——
「雨宮さん、お久しぶりです」
蒼真にとって3人は永遠に先輩のままだった。




