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まだ名もなき怪物達 第4部ー神代蒼真ー  作者: HANA


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第3話 おかえり

現場の仮設休憩所、簡易テントの中では外の騒音が少しだけ遠く聞こえる。

テントの中には若手達が座り込みヘルメットや装備を取り外す音だけが響く。

そのまま、誰も動かず誰も喋らない。

荒い呼吸の音だけが聞こえてくる。

手が、わずかに震えている。

一人が壁にもたれ、ゆっくりと目を閉じる。

「……はぁ……」

短い吐息。

それ以上、言葉は出ない。

別の隊員がグローブを外すと指先が白い。

拳を握り直そうとしても力が入らない。

誰もそれを指摘しない。その場の全員が分かっているからだ。


限界だったことを。


テントの入口には蒼真が立っていた。

何も言わず、中にいる一人ひとりに視線を向ける。

さっき落ちかけた隊員がまだ少し震えていた。

蒼真はゆっくり近づくとしゃがみこみ目線を合わせた。

「……大丈夫か」

隊員は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに逸らした。

「……はい」

声が掠れていた。

蒼真はそれ以上、何も聞かず立ち上がる。

「全員、休め」

それだけを伝えると背を向け入口へ向かう。

テントの外では真壁が腕を組んだまま何も言わずに中を見ていた。

蒼真は立ち止まらず通り過ぎようとした。


「甘いな」

真壁は眉を歪めていた。


「そうか」

蒼真はそれだけ返した。

テントの中の隊員達は誰も動かない。

真壁の視線がほんの一瞬、僅かに揺れたがすぐに戻った。

「これじゃ育たん」

低く真壁が言葉を落とすが蒼真は振り返らない。

「育てる気はない」

「帰すだけだ」

空気が変わる。

真壁は何も言わず、ただもう一度、中を見る。

震える手、荒い呼吸、動けない隊員達。

真壁は動かずしばらくその場に立ち尽くしていた。

テントの中にもう一度、視線を向ける。

ほんのわずかに目が細くなったが何も言わない。

ただ、項垂れている隊員達を静かに見ていた。





夜の静かなリビングには時計の音だけが落ちている。

テーブルの上に置かれたスマホが震えた。

麗華は画面を開き、覗き込む。


白石

また無茶してる


既読を付けるが返信をする事はなく画面を閉じた。

リビングには再び静寂が戻る。

玄関の鍵が回る音が聞こえドアが開く音がする。

蒼真だ。

静かにドアを閉めいつも通り靴を脱いで揃えているようだ。

でも、わずかに呼吸が荒いのが遠くに居ても分かってしまう。


蒼真がリビングに入って来ると一瞬だけ視線が合う。


「おかえり」


「ただいま」


蒼真はそのままソファに腰を下ろすと少しだけ悩んだ表情をしたが、鞄から簡易酸素を取り出した。

シュー……

静かな音が部屋に広がると蒼真の呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

麗華はその様子を蒼真から視線を逸らす事なく見ていた。

「……現場、出たの」

蒼真は視線を落としたまま答える。

「若手の視察でさ…」

麗華は小さく息を吐く。

「白石から連絡来てる」

蒼真の肩がピクリと揺れたがそれでも顔は上げなかった。

何も言わず麗華は蒼真の隣に腰掛けた。

「隠すの、下手になったね」

静かに言葉が落ちた。


責めていない。

でも逃がさない。


蒼真は何も返せず酸素の音だけが続く。

シュー……

呼吸が整っていく。

麗華はそれを確認するように見ていた。


「ご飯、温める」

いつも通りの声で話すと麗華は立ち上がりキッチンへ向かった。

「ありがとう」

マスク越しに息を吐きながら誰にも聞こえないくらい小さな声。

「……帰れた」

それだけが零れた。


キッチンからは鍋の音だけがリビングまで静かに響いていた。

火にかけられた一定のリズム。

リビングからは酸素の音が流れる。

シュー……

蒼真はソファに座ったまま目を閉じていた。


「……怖かった?」

小さい声が聞こえ蒼真は目を開けた。

呼吸が一瞬だけ乱れたけど、すぐに整う。

「……いや」

「そう」

それ以上は聞かず麗華ら鍋に視線を落としたまま続けた。

「でも」

手を止めずに

「止まったんでしょ」


蒼真は何も言わなかった。

否定もしない。

蓮に戻れと言われ、戻る事が出来たから。



「それでいいんだよ」

麗華の声が静かに落ちた。

「止まれるなら、大丈夫」

酸素の音だけが続く

シュー……

蒼真はまた目を閉じた。

体からほんの少しだけ力が抜けていく。


完全ではない体。

どうしようもない現実。



「ちゃんと帰ってきたからね」

麗華はそれだけ呟いた。


「……あぁ」

少しだけ柔らかい声で蒼真は答えた。

鍋の火を止める音が聞こえると、蒼真は酸素を止めソファーから立ち上がり、テーブルに並べられた食事を食べだした。


「……今日も子供達に会えなかった」


ぽつりと蒼真がこぼした。

帰宅がどうしても22時を過ぎてしまい、子供達は寝てしまっている。

「今日も天音さんと澪さん、来てくれたよ」

「暇かよ、うちの親は」

2、3日に1回は天音と澪は孫が可愛いと遊びに来るらしい。

「嫌なら断っていいよ」

「蒼志と悠真と遊んでくれるから、私は華凛と寝れるから助かってるよ。澪さん、お昼も作ってくれるし、このお夕飯だって作り置きしてくれるもん」

「なら、いいんだけど…」

蒼真は麗華が遠慮していないか心配だったが、よく考えれば迷惑なら言える性格の麗華だし、天音と澪も迷惑がられていたらそれくらい分かる親か…と蒼真は納得する。

その時、2階の寝室から華凛の泣き声が聞こえてきた。

麗華が立ち上がろうとするより早く、蒼真は立ち上がり、華凛の元へ向かいリビングに連れてきた。

「華凛〜オムツ替えるか?ミルクか?」


自分でもいつも驚く。

蒼志と悠真の時もそうだ。

子供達に優しい声が自然と出る。


オムツ交換も手馴れた手つきですると麗華から差し出されるミルクを飲ませてやる。

華凛の小さな手が、蒼真の服を掴んだ。


ぎゅっと。

離さない。


ミルクを飲みながらも、指先だけはしっかりと残っている。

蒼真は一瞬だけ手を止め、ほんのわずかに目を細めた。

「……」

何も言わず、そっと指でその手を包む。


離す気は、ないらしい。


蒼志の時は慌てて何度も麗華に怒られた。


「本当にいい父親」

クスっと麗華が笑う。

子供達との時間が取りにくくなっても蒼真は育児に積極的に参加してくれるのがありがたい。

朝も子供達が起きる時間には起きて、手伝う蒼真。

でも、自分のスマホはどこに置いたか分からなくて困ってる事が多い。

「……近いうちに、休み取るから」

「そう」


それはもう何度も聞いた言葉だ。

それが叶わない事も分かっている。

だけど、責めようとも思わない。

だって、こうして帰って来てくれるのだから。


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