第2話 救助の形
翌日、資料室には蒼真の姿があった。
他に人はおらず蛍光灯の音だけが残る。
棚には膨大な量のファイルが並んでいる。
迷わず手を伸ばし一冊、二冊と引き出し机に置く。
確認する書類の承認者欄には同じ名前。
真壁
次のファイルを開いていく。
遠征出動、長時間任務、連続出動、全部同じ名前が承認者欄に記入されている。
「……回し過ぎだ」
小さく呟き次のファイルのページをめくる。
負傷報告のファイルだ。
骨折、打撲、疲労蓄積からの現場復帰までの期間も短い。
休養欄は空白、未承認にされている。
もう一冊、別のファイルを手に取った。
それは若手の活動報告書ファイル。その文字は荒れていた。
「……壊す気か」
昨日と同じ言葉だが今度は確信になった。
あとは蓮のヒアリングの結果次第。
蒼真は息を吐くと目を閉じた。
背後で扉のノブがわずかに動く音がした。
「……勝手に漁られては困るな」
低い声が資料室に響いたが蒼真は振り返らない。
「…ちょうど良かった。聞きたいことが山ほどあるんだよ」
「なんでしょう」
何か文句があるなら言ってみろ。と言うような口振りだ。
椅子に腰掛けている蒼真を、立っている真壁は見下すような視線でみている。
そんな真壁に蒼真は鋭く睨みつけた。
「回しすぎだ」
真壁は机の上の書類に視線を落としたまま、ゆっくりと一枚を手に取る。
「回さなきゃ死ぬ」
真壁は当然のように即答した。
「壊してるだけだ」
蒼真の低い声が飛んだ。
「生きている」
真壁が被せるように言い切る。
2人の空気がわずかに張り詰めた。
蒼真は椅子から立ち上がり、真壁との距離を詰める。
真壁は動かない。
視線だけがぶつかる。
「……そのやり方で俺は壊れた」
蒼真の声は静かに落ちた。
真壁の視線も蒼真の視線も揺らぐことはない。
「この体は戻らない」
蒼真の呼吸が僅かに浅くなる。
胸の奥が軋んで少し息苦しい。
それでも目は逸らさなかった。
「それでもやらせるのか」
蒼真の言葉に迷いはなかった。
もう誰も壊れて欲しくない。
「それでも救えているだろう」
真壁もまた迷いのない声だった。
蒼真の視線が細くなる。
「止めたら死ぬ」
真壁は蒼真へ一歩、踏み出す。
「お前も分かってるはずだ」
「現場にいた人間ならな」
蒼真の視線がほんの一瞬だけ揺れる。
頭の中に過去がよみがえる。
雪、崩落、爆発。
全てまだ自分の中に残っている。
「……だから止める」
低い声で蒼真は押し返した。
「壊してまで救うのは救助じゃない」
「それは……死にたがりだ」
真壁の目がわずかに細くなった。
「甘いな」
ふんっと真壁は鼻で笑う。
「古いな」
蒼真は真壁を鋭く見据えたまま言い切った。
その瞬間、扉が開き蓮が入ってきた。
「……やってるな」
壁にもたれ、状況を一瞥する。
机の上の書類、2人の距離と空気を見てすぐに理解する。
「結論は出てる」
真壁の視線が蓮へ向く。
「このままじゃ、帰ってこれなくなる」
蓮も真壁へ鋭い視線を向けた。
「現場見てから言え、青二才共」
怯むことなく、真壁は言い放つ。
「見てる」
間を置かずに蓮が返した。
「知ってる」
蒼真も被せるように返す。
「今の第一で持つと思ってるのか」
「持つ。奏も律も俺たちで鍛えた」
蒼真の言葉に真壁の口元がわずかに歪む。
「……総統気取りか、小僧が」
「総統だ」
蒼真は静かに言い切った。
もう総統は俺だ、異論があるならこんな場所じゃなく、稟議に掛けてこい。と視線をさらに鋭くする。
真壁は視線を外さないまま、一歩下がると
「なら見せてもらう」
低く声を落とした。
「壊さずに回すやり方をな」
扉へ向かうが蓮を見ることも無く、ドアノブに手を掛け足を止めた。
振り返る事はなく
「出来なきゃ終わりだ」
それだけ残して、出ていった。
扉が閉まると蓮が小さく息を吐く。
「面倒なのに当たったな」
蒼真は答えず机の上の書類を見る。
同じ名前。
真壁
指で一度、軽く叩く。
「……変えてやるよ」
小さく、声を落とした。
崩落現場には瓦礫の匂いと粉塵が混ざっている。
視界は悪く足場も不安定だ。
「この奥だ」
真壁の低い声で指示が飛ぶ。
若手は頷くが息は上がっている。
顔に疲労が出ている。
「行けるな」
「……はい」
一瞬だけ間があった。
でも、否定はしない。
「進め」
瓦礫を越えようとするも足を取られる。
隊員達の呼吸が荒いが誰も止めない。
「まだ動けるな」
「…はい」
無理をしているのは、すぐにわかった。
奥でわずかな音が聞こえた。
「生存者あり!」
隊員達の空気が変わり、救出の準備が進む。
「引っ張り出せ」
工具が入り瓦礫が動く。
その瞬間、嫌な音が響く。
ミシ…
若手の隊員の一人の足元が崩れた。
「っ!」
体勢を崩し落ちる。
「掴め!」
誰かが若手隊員の腕を強く掴みギリギリで止まる。
砂埃が舞い、咳が響く。
誰も動けなかった中で腕を掴んだ誰かに真壁の視線が向く。
「……さすが総統閣下」
「……ゴホッ……現場、知ってるんで」
蒼真はそのまま、隊員を第一と共に引き揚げる。
「…ハァ……こんな状態で動かしてどうする。疲労で、瞬時の判断出来てない」
蒼真は呼吸を整えながら言葉を発した。
律が何も言わず、蒼真に簡易酸素を手渡したが断った。
若手隊員達から自分に向けられる視線に尊敬と安心が見えたからだ。
若手隊員は震えているが、それでも立ち上がった。
「さぁお前達、進め」
真壁がそう言うも、隊員達は尻込みしていて、動こうとしない。
「真壁、この隊員達とあなたは下がってくれ。この先は俺と第一が引き継ぐ」
ーピピッ。
『蒼真、お前も引け』
通信機から蓮の声が飛んだ。
「俺も行く」
『ダメだ、粉塵が多すぎる。白石先輩から苦情来た』
「……チッ。……奏、律、第一でこの先にいる全員を帰せ」
珍しく素直に蒼真は蓮の指示を受け入れ、真壁達と道を戻る事にした。
「了解っす。蒼真さん、一応持っててください」
奏は律の手から簡易酸素を取り、蒼真へ渡す。いや、無理矢理装備のベルトに突っ込んだ。
「……みんな過保護…」
嫌になるな。と蒼真は頭をかいた。
「総統から見た答えはどうだ」
災害対策拠点のテントの中には蒼真と蓮、真壁の3人だけだった。
蒼真はやっと簡易酸素を吸い出した。
シュー…シュー…と何度か静かに音が響く。
「…ハァ……答え?通信で聞いてただろ、疲労で判断遅れ、続行不可。今すぐ休養」
呼吸を整え、蒼真は続けた。
「真壁、これで分かったはずだ。削られる事は美徳じゃねぇんだよ。……黎明は英雄を作る組織じゃない、全員を帰す組織だ」
再び、蒼真は酸素を吸った。
かなり呼吸が辛そうだな。と蓮がその先を続けた。
「総統命令だ。真壁、休暇申請を出して来てる隊員達の申請書をこっちに回せ。一般の第五部隊だ、出動は他に回せる。順次、各隊も休養を回す」
「ダメだ」
被せるように真壁が即座に言葉を発した。
「今の若いのは現場を知らなすぎる。経験を積ませる」
真壁は鋭い視線を蒼真と蓮に向けた。
「守られてるうちは何も覚えない」
「お前たちもそうだったはずだ」
それだけ言うと真壁はテントから出ていった。
「守られてるうちね…」
蓮が酸素を吸う蒼真を見ながら呟いた。
「……守られてると休むは違ぇ」
「お前は休んだ方がいいけどな」
「だから、あれからずっと後方指揮に回ってたろ」
過保護過ぎんだよ、お前は。と蒼真が蓮を睨みつけた。
崩落、爆発事故の後、蒼真は隊長として後方指揮に回っていた。
「久しぶりの現場の空気は良かったよ」
蒼真はふっと笑うと簡易酸素をテーブルに置き、テントから出ていく。
そんな蒼真の背中を蓮は追いかけた。




