第26話 黙って生きろ
本話には呼吸困難および挿管処置の描写があります。
神代蒼真が盛大に抵抗します。
苦しい描写等が苦手な方はご注意ください。
「引け!!!!」
工兵班が叫んだ瞬間、ミシィッ!!!!瓦礫が大きく軋んだ。
「今だ!!」
蓮と奏、律が一気に腕を伸ばし蒼真の身体が僅かに引きずり出された。
「……ッ、ぁ……!!」
「神代!!!!」
白石が怒鳴る。
右脚の圧迫が外れた瞬間。
ドクッ――
止まっていた循環が一気に戻ってくる。
痛みが蒼真へ襲い掛かった。
ヒューッ……
ヒュ……ッ……
呼吸が崩れSpO2が急激に落ちた。
「酸素上げろ!!!!」
即座に酸素キットとマスクが接続され酸素流量上げられた。
だが
「……ッ、は……ぁ……」
蒼真の呼吸は乱れたまま戻らない。
苦しい。
肺が動かない。
蒼真の視線は完全に揺れ始めていた。
焦点が全く合わないその様子に白石が即座に叫んだ。
「搬送急げ!!!!」
奏と律が瓦礫を押し退けて搬送ルートを確保する。
蓮が蒼真の上半身を抱えた瞬間、蒼真の右腕が力無く落ちた。
蒼志の顔が青ざめた。
震えながら蒼志は父を呼んだ。
「父さん……」
返事が無い。
いや意識が沈みかけ、返事をする余裕がない。
焦点の合わない視線だけ蒼志へと向けられていた。
その様子に蓮が低く声を掛ける。
「蒼真」
「………ぁ……」
「起きろ」
その声だけで僅かに蒼真の焦点が戻る。
だが呼吸音がもう危険だった。
ヒュゥ……
ヒュ……ッ……
白石の顔色が変わり、怒鳴り声が蒼真の耳に届く。
「ダメだ、呼吸が持たねぇ!!」
蒼真が小さく首を振る。
「………や、だ……」
まだこれから何をされるか分かっていた。
“呼吸”の単語だけで行われる処置がなんなのか分かってしまう。
白石が怒鳴りつけるその後ろで担架が準備された。
「黙れ!!!!」
担架へ乗せられたその瞬間。
蒼真の右脚が揺れ、全身が跳ねた。
「ァ”ッ……!!」
奏と律が咄嗟に身体を押さえつけていた。
「蒼真さん!!」
「動かないで!!!!」
蒼真は酸素マスク越しに苦しそうに息を掻く。
「……ッ、は……ぁ……ッ」
胸の上下がなく、肺が動いていない様子を見て白石が即断する。
「挿管準備!!!!」
その瞬間、蒼真の顔が強張った。
鎮静もなく、挿管をするのか。と医療班の2人の空気が凍った。
しかし蓮だけは迷わなかった。
「蒼真、押さえるぞ」
蓮は蒼真のメットを取り外し、地面へ投げ捨てる。
その瞬間、蒼真が目を見開いた。
「……待、て……」
「待たねぇ」
蓮が後頭部を固定し、奏が左腕、律が身体を押さえ、第一隊員達もそれぞれが足などを押さえつけた。
「……やめ…ッハァ…やめろ…」
白石の手に挿管器具が渡された。
「……嫌だァァァ!!!!」
現場の全員の動きが止まった。
あの、冷静で判断の的確な総統が重症だと言うのに挿管の恐怖に暴れている。
そんな蒼真の姿に蒼志の目が揺れた。
父親が暴れている。
恐怖で。
苦しさで。
本能で。
「ふごッ……やめ……ッ!!」
蓮が低く怒鳴る。
「暴れんな!!!!」
「ぐぇってなる!!!!」
「知ってる!!!!」
「喉痛ぇ!!!!」
「知ってる!!!!」
涙と汗でぐしゃぐしゃになったまま蒼真が逃げようと必死にもがいていた。
だが、もう呼吸が限界だった。
ヒュゥ……
ヒュ……
そんな蒼真を白石が怒鳴りつける。
「神代!!!! 喋んな!!!!」
蒼真の視線が揺れた。
怖い。
苦しい。
もう二度としたくない。
挿管される度に思ってきた。
それでも今までは意識のない中でだった。
今は現実が分かってしまう。
怖い。
その時、蒼志の小さな声が蒼真の耳に届いた。
「……父さん」
蒼真の目が僅かに動く。
蒼志は震えながら、それでも蒼真を見ていた。
父と同じく怖かった。
でも逃げなかった。
「……生きて」
蒼志の言葉を聞いた蒼真の抵抗が一瞬止まった。
蓮が蒼志と蒼真の2人を安心させるように低く言った。
「呼吸の為だ。分かるだろ、入れるしかねぇ」
「帰る為だ」
蒼真の目から涙が零れ落ちた。
「……っ……」
蓮が額を押さえ込む。
「瓦礫で潰れてねぇから問題ねぇ。黙って生きろ」
「…蒼……志……れ、ん……ぶっ飛ばして……」
額と顎を押さえつける蓮を退かせば回避できると思った蒼真が蒼志に懇願したが、そんな願いが届くほど現実は甘くなかった。
白石が喉頭鏡を手に立ち、蒼志に首を横に振り蒼真に声を掛ける。
「入るぞ!!!!」
「ふ、ごぉぉぉ!!!!」
蒼志の肩がビクリと跳ねた。
怖かった。
見た事のない父の涙。
聞いた事のない父の悲鳴。
でもこれは虐めじゃない。
生かす為だ。
白石が一気にチューブを通す。
「入った!!!!」
呼吸器チューブを高濃度酸素キットへ接続する。
シューーーッ……
肺へ空気が押し込まれ、蒼真の胸が膨らんだあと、ゆっくり力が抜けていく。
モニターが少しずつ戻りSpO2も上がり始める。
蒼真は朦朧としたまま、ゆっくり蒼志を見た。
そして掠れた意識の中で小さく親指を動かした。
“生きてる”
それだけを伝えるみたいに。
シューーー……
人工呼吸器の音だけが響いていた。
担架の上で蒼真は動かない。
さっきまで暴れていたとは思えないほど静かだった。
口元には固定されたチューブ、右脚は応急固定され右腕も簡易シーネで支えられている。
白石がモニターを睨む。
「SpO2……まだ低い……血圧落ちてるぞ!!」
医療班が次々と声を飛ばすその横で蒼志は父を見つめ続けていた。
怖かった。
さっきの姿がまだ頭から離れない。
『嫌だァァァ!!!!』
あの声が残っている。
なのに今は静か過ぎた。
それがもっと怖い。
ゴォォォォ……
その時、崩落現場へ巨大な風圧が吹き込んだ。
マットブラックの4発ローターが粉塵を切り裂いていた。
機体入口のハッチを操縦席から降りた真壁が開け放つ。
「早く乗せろ!!すぐ飛べる!!」
真壁の怒号が飛んだ。
白石と医療班が担架を押す。
「急げ!!!!」
奏と律が左右を支え、蓮はその横を歩いていた。
一度も蒼真から目を逸らさず。
そして、その時に蒼真のドッグタグがなくなっている事に気がついた。
「……切れたか…」
呟いたその声は誰にも聞こえてはいなかった。
蒼志も小走りで付いていくと、蓮が抱き上げ担架の後から機内に乗せた。
担架が機内へ固定されると機内の人工呼吸器との接続確認がされる。
シューーー……
白石が叫ぶ。
「輸液全開!!」
「出血量確認!!」
機内が一気に戦場となった。
蓮の拳が僅かに握られていた。
『零式統括機、離陸する』
真壁が通信すると本部の葛城の声が返ってきた。
『離陸、了解!』
ゴォォォォ!!!!
マットブラックの出力が一気に上がり機体が浮き上がる。
警察、消防、自衛隊がマットブラックに…蒼真に向けて敬礼をしていた。
第一特務遊撃隊だけは機体を強い眼差しで見送った。
機内で蒼志は静かに父親を見ていた。
蓮も白石と医療班の補助をしながら、視線を蒼真の顔に向けていた。
シューーー……
規則的な呼吸器音の中、白石が処置を続ける。
誰も喋らない。
その静寂の中、不意に蒼真の指先が僅かに動いた。
蒼志が息を呑み、蒼真の手を握りしめていた。
「……父さん?」
反応はなかった。
それでもちゃんと生きている。
神代蒼真は帰る途中だった。




