第24話 奪還
ゴゴゴゴゴゴゴ――――ッ!!!!
突如、崩落空間全体を凄まじい衝撃が突き抜けた。
「っ!!」
空気が震え天井の鉄骨が悲鳴を上げ、大量の瓦礫が崩れ始めた。
蓮の顔色が変わる。
「余震!!」
通信機から律の叫びが響く。
『総統!! 来ます!! 梁が――!!』
最後まで聞く前に蒼真が即座に指示を飛ばす。
「奏ッ!! 子供連れて先に出ろ!!!!」
「っ!!」
奏が反射的に子供達を抱き寄せる。
その瞬間。
ミシィッ!!!!
嫌な音と共に、天井の巨大な鉄骨が傾き出す。
蒼志の真上の直撃コースだった。
「蒼志ッ!!!!」
蓮の声が変わる。
だが、その前に蒼真が動いていた。
ガンッ!!!!
瓦礫を蹴り飛ばし、蒼志達へ飛び込む。
肺が悲鳴を上げる。
酸素が追いつかない。
それでも止まらない。
蒼真は蒼志と少女をまとめて押し飛ばした。
「行けぇぇぇ!!!!」
次の瞬間。
ドゴォォォォンッ!!!!!!!!
轟音とともに崩落していく瓦礫、視界が粉塵で白く染まっていく。
崩落の衝撃が足元を揺らす。
奏が咄嗟に子供達を抱え伏せる。
蓮も反射的に庇った。
だが、蓮の言葉が止まる。
「……蒼、真……?」
そこに居るはずの姿が消えていた。
ゴゴゴ……
崩落音だけが続く中、蒼志の顔から血の気が引いていく。
「……父、さん?」
返事は無く崩れ落ちた巨大な瓦礫の隙間から見えるのは粉塵とシュー……シュー……と微かな酸素音だけが聞こえていた。
蓮の目が見開かれる。
「……っ、蒼真!!!!」
その瞬間だった。
ゴンッ!!
さらに二次崩落が発生し瓦礫が完全に落ち切る。
空間が塞がっていた。
完全埋没。
奏の顔色が変わる。
「蒼真さぁぁぁん!!!!」
通信機の向こうで律の声が裏返る。
『ッ!? おい!! 返事しろ!! 何があった!』
外でも悲鳴のような怒号が飛び交うのが通信越しにも分かる。
蓮だけは動かなかった。
いや。
動けなかった。
目の前で。
相棒が消えた。
蒼志の震えた声が落ちた。
「……父、さん……?」
小さな声だった。
9歳のただの子供の声だった。
ゴゴゴゴゴ……
崩落音が止まらない。
粉塵で視界は白く染まり、狭い空間がさらに軋み始めていた。
「……っ、蒼真!!!!」
蓮が反射的に瓦礫へ手を伸ばす。
瓦礫に邪魔されて、届くはずがないのは分かっているのに。
ミシィッ!!!!
真上の梁が大きく歪んだ。
律の怒鳴り声が通信機越しに飛ぶ。
『補佐官!! ダメだ!! そこ崩れる!!』
「っ……!」
奏も即座に周囲を確認する。
この空間は死にかけている。
限界だった。
さらに余震が来れば、全員埋まる。
それでも蓮は動かなかった。
瓦礫の向こうを睨み続ける。
シュー………シュー……微かに聞こえてくる酸素音。
生きてる。
まだ、生きてる。
蒼志が震えた声を漏らした。
「……父さん……」
その小さな声で。
蓮はようやく現実へ引き戻された。
「……奏」
低い声だった。
だがその瞬間。
“黒瀬蓮”が、“黎明第二権限者”へ切り替わる。
「子供達を連れて退避」
「っ……」
奏が息を飲む。
蓮は瓦礫から視線を外さないまま続けた。
「第一、第二、消防、自衛隊へ通達」
一度。
大きく息を吸う。
感情を押し殺すみたいに。
「総統埋没」
空気が凍った。
通信の向こうで誰かが息を呑む音がした。
だが蓮は止まらない。
「これより現場指揮権限を第二権限へ移行する」
その声は静かだった。誰もが驚くほどに。
だからこそ第一の全員が理解してしまう。
――補佐官が、壊れかけてる。
蓮は感情を押し殺した声のまま続けた。
「現在位置を完全封鎖」
「重機班、崩落面固定準備」
「第二は生体反応走査」
「消防は二次崩落予測を最優先で回せ」
「……絶対に」
そこで初めて蓮の声が掠れた。
「絶対に、蒼真を潰すな」
通信の向こうで律が即答する。
『了解!!!!』
怒鳴るみたいな返事だった。
奏は小さく唇を噛む。
そして子供達へ向き直った。
「行くぞ!!」
子供達が泣きながら頷く。
大人達も震えながら立ち上がった。
その中で。
蒼志だけが動かなかった。
瓦礫を見つめたまま。
シュー……
シュー……
まだ聞こえる。
父親の酸素音。
蒼志の瞳から涙が零れた。
「……父さん……」
蓮がその肩へ手を置く。
「蒼志」
低い声だった。
蒼志が顔を上げる。
蓮の顔は埃と汗と血でぐしゃぐしゃだった。
それでも。
その目だけは死んでいなかった。
「お前の父親、誰だ」
蒼志の目が揺れる。
蓮は瓦礫を見据えたまま言う。
「神代蒼真は、簡単には死なねぇ」
その瞬間。
通信機へ別回線が割り込んだ。
『医療班、現場到着!!』
白石だった。
『生体反応確認急げ!!』
その声を聞いた瞬間。
蓮の瞳へ、ようやく僅かな光が戻った。
外では既に空気が変わっていた。
「総統埋没!?」
「嘘だろ……」
警察。
消防。
自衛隊。
現場全体へ一気に緊張が走る。
その中心で。
零式統括機――“マットブラック”のローター音だけが低く響いていた。
バシュッ!!!!
扉が開く。
白石が医療班を連れて駆け下りる。
「どこ!!」
奏が即座に叫び返す。
「下層西側!! 完全埋没!!」
白石の顔色が変わった。
「蓮は!?」
「中!」
その瞬間。
通信機から蓮の低い声が響く。
『……白石』
短い声。
だが。
白石はその声だけで理解してしまった。
蓮が限界だと。
『生体反応、まだある』
周囲が息を呑む。
『微弱だが……反応してる』
白石が即座に怒鳴る。
「重機止めろ!! 手掘り優先!!」
自衛隊重機班が即座に動きを止める。
消防レスキューも一気に前へ出た。
「酸素濃度確認!」
「崩落面マーキング急げ!!」
「生存空間探せ!!」
全員が一斉に走り始める。
その中心。
蓮だけが、瓦礫の前から動かなかった。
シュー……
微かに聞こえる酸素音。
だが弱い。
さっきより明らかに。
蓮が低く呟く。
「……蒼真」
返事は無い。
それでも蓮は通信を切らなかった。
「聞こえてんなら返せ」
沈黙。
ゴゴゴ……
余震で瓦礫が鳴る。
その瞬間。
ピッ……
蓮の端末が小さく反応した。
全員の目が向く。
生体反応。
まだ、ある。
律が叫ぶ。
『反応固定!! 深度推定送る!!』
大型モニターへ地下構造図が映し出される。
赤い点。
瓦礫のさらに奥。
完全圧迫位置。
消防指揮官が顔を歪めた。
「……最悪だ」
梁とコンクリートが折り重なっている。
少しでもズレれば圧死。
だから誰も強く掘れない。
白石が即座に判断する。
「細径進入口作る!!」
「酸素ラインだけでも先に通せ!!」
「はい!!」
自衛隊工兵班と消防レスキューが一斉に取り掛かる。
その時だった。
後方で小さな声が響く。
「……父さん、苦しいの?」
蒼志だった。
避難毛布に包まれながら。
震えながら。
それでも目だけは瓦礫を見ていた。
誰も答えられない。
白石も。
奏も。
消防も。
蓮ですら。
その沈黙の中。
蓮がゆっくり立ち上がる。
埃まみれのまま。
血だらけのまま。
そして瓦礫を見据えて言った。
「……いや」
全員が顔を上げる。
蓮の目は真っ直ぐだった。
「アイツはまだ、帰る途中だ」
その言葉で。
現場の空気が変わった。
“救助”から。
“奪還”へ。




