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まだ名もなき怪物達 第4部ー神代蒼真ー  作者: HANA


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第21話 黎明の牙

マットブラック。

正式名称。

災害統括空中機動指揮機 零式統括機。

完全独立通信。

長時間飛行。

災害統括中継機能。

医療支援設備。

大型四発ローター。

異常な重装甲。

通常救助ヘリとは比較にならない機体規模。


それは——黎明総統現場投入仕様の機体。


国家級最終災害対応機として蒼真が総統就任後に入手、改良した機体だった。

黎明内部でも上層部の人間しかその存在は知り得ず、一般隊員には格納場所すら極秘事項とされていた。



黎明本部庁舎前にいた自衛隊隊員が絶句する。

「……何だ、あれ」

消防隊員、警察も言葉を失う。

「黎明って…… 救助組織だよな……?」

「…あんな機体……見たことねぇぞ……」

マスコミヘリが一斉に旋回を始め、マットブラックの空路が確保されていく。


黒。

ただ黒い。

余計な塗装も装飾も無い。

光すら吸い込むような完全なマットブラック。

機体側面には小さく。

《REIMEI-00》

それだけが刻まれていた。


国家側オペレーターが震える声を漏らす。

『災害統括空中機動指揮機…… 零式統括機……』

『黎明が保有していたのか……!?』

警察回線がざわつく。

『いや待て』

『救助組織の装備じゃないだろこれ……』

『軍だろもう……』


マスコミカメラが黒い機体を全国の映像回線へその姿を映し出すとネット配信班が混乱する。

『何だあれ!?』

『ラスボス出て来たぞ!?』

『帝国軍!?』

『助けに行く見た目じゃねぇ!!』


そのマットブラックへ最初に向かってきたのは真壁だった。

地震発生からの衣類のまま、ワイシャツの袖をまくりスラックスのままの姿。

マスコミカメラを一瞥するとヘルメットを被り、操縦席へと乗り込む。


かつて、 “壊す側”だった男。

その男が今、怪物達を“帰す為”に飛ばす。


ヘルメット越しに静かに前を見据え、エンジンを始動する。

ゴォォォォ……

マットブラックのエンジン出力が上昇していくのを確認し真壁は通信回線を開いていく。


『総統様と補佐官様はまだか?』

ふんっと鼻を鳴らし、少しだけ小馬鹿にした声が蒼真と蓮の通信機に入る。

「……真壁か」

『文句あるか?』

「ねぇよ」

ヘリの操縦士が誰であろうと関係はない。

第一が待つ現場に飛べればそれでいい。

ただ、それが真壁だったのが意外だっただけだ。


ゴツゴツとブーツの音が本部玄関口から聞こえてくると、マスコミカメラがそちらへ向く。


この壊滅的な状況とは対象的なまぶしい太陽の光が照らし出す、銀髪の黒いマスクを着けた男と一歩下がって傍につく黒髪の男。


「神代総統!現場に行かれるのですか?コメントを!」

1人のマスコミが蒼真に駆け寄りマイクを向けた。

シュー…と静かな酸素音の後、蒼真はマスコミを睨みつけた。

「ぁあ"?撮ってんじゃねぇよ」

ドスの効いた低い声にマイクが引かれた。

蓮は呆れた顔でその様子を見ていた。


蒼真と蓮がマットブラックへ乗り込むと

ゴォォォォ……

マットブラックのエンジン出力がゆっくり上昇していく。


機体各部へ赤い警告灯が走り、重低音が黎明本部庁舎の窓を震わせた。

真壁の低い声が通信へ響く。

『――零式統括機、発進準備完了』


直後、黎明中央統括室では葛城が即座に回線を繋ぐ指示を出す。

『こちら黎明、統括室』

『全国独立回線接続維持』

『零回線接続確認』


『国家災害統括、黎明第三権限者、葛城恒一。零式統括機の離陸を許可する』


オペレーター達が一斉に動き出し、大型モニターに表示されていた崩落現場、全国被害状況、各機関回線がマットブラック機内モニターに同時表示された。

機内で酸素音だけが静かに響き続けた。

シュー……

マスク越しに蒼真が口を開く。

『……奏』

零回線で蒼真が通信を繋ぐ。

崩落現場の奏が即座に応答する。

『はいッ!!』

『現場、依然進入困難。上層、下層ともに孤立要救助者多数確認されてます!』

『尚、余震継続中!』

短い沈黙のその後、蒼真は静かに言った。


『――待たせた』


その一言に奏が小さく通信越しに息を吐いた。

『いえ……“帰せる可能性”が来ました』

その瞬間、真壁が笑う。


『飛ぶぞ、クソガキ共』


ゴォォォォォォッ!!

四発ローターが一斉に最大出力へ到達する。

《REIMEI-00》

災害統括空中機動指揮機――零式統括機。

ドォォォォ……

本部上空へ黒い巨体が垂直にゆっくりと浮き上がった。


黎明最後の怪物達を乗せ、零指揮統括機が本震の空へ飛び立つ。


『——零式統括機、発進する』


しっかりと操縦桿を握り、真壁は零回線で奏と通信する。

『総統、現着まで5分』

即座に奏の声が返ってくる。

『了解!!』

その声の奥では、瓦礫をどかす音、怒号、サイレンが混ざっていた。




重低音のローター音と浮かび上がる黒い機体を、雨宮は本部庁舎、横に併設されている黎明訓練所からその姿を見つめていた。


(……神代、黒瀬…帰しに行くのか…)

訓練所に設置された避難所にて訓練生達を統括し、避難者支援を行っていた雨宮。

訓練教官であったため、その存在は噂でしか聞いたことがなかったマットブラックが離陸したということは、総統である蒼真、補佐官の蓮が現場へと向かったことを意味していることを理解していた。


「雨宮教官!毛布持ってきました!」

訓練生の声に雨宮は視線をマットブラックから外す。

「よし、避難者に振り分けだ」



19歳から見てきたバカ共。

今、俺は昔のお前らみたいなガキ相手にしてると思うよ。

お前達は間違いなく、黎明の牙で怪物達だったと。

さぁ、ひと暴れしてこい。




重低音のローター音が晴れた空の空気を震わせる。

黒い巨体――零式統括機“マットブラック”。

その姿を、蒼真の自宅のテレビで澪は静かに見ていた。

避難してきた近隣住民達の対応は続いている。

毛布、水、簡易食、時折子供の泣き声。

それでも、神代家の空気だけは奇妙なほど静かだった。


「……行ったのね」

澪がぽつりと呟く。

隣では麗華が黙ったまま、澪とテレビを見つめていた。

神代麗華は蒼真の妻として。

誰よりも今の蒼真の身体を理解している人間。

だから分かってしまう。


――あの人は、今、本当に限界なのだと。


統括室で着用していた高濃度酸素マスク。

テレビ越しでも呼吸が浅いのが分かってしまった。

顔色も悪かった。きっと、寝ていない。


それでも行った。

止まらなかった。

マスコミにすごんだ姿は昔の第一特務遊撃隊の隊員時代の19歳の蒼真のようだった。

止めた所で止まるはずもない。


「麗華ちゃん……」

澪が不安そうに声をかける。

だが麗華は小さく首を振った。

「……止まらないから」

その言葉に、澪は何も返せなかった。


知っているから、昔から。

自分の息子はそういう子だった。

命を拾って、背負ってしまう。

全部、抱えてしまう。

それでも笑って弱さを見せない。

だから壊れる。

なのに。

また立つ。


「……馬鹿ねぇ、あの子は」

泣きそうな顔をして震える声で澪が笑う。


そんな2人の少し後ろで腕を組み、天音は無言でマットブラックを見つめていた。


総統としてではない。

父親として。


あの機体に乗っているのが、自分の息子だと知っている男の顔だった。

橘が隣で小さくため息を吐く。

「止めねぇのか」

「止まると思うか?」

即答する天音に橘が苦笑する。

「……昔のお前そっくりだな」

「違う」

そう言いながらも、天音の視線は一度もテレビから外れない。

重低音が家の中に響き揺れる窓。

この家の上空を通過したのだろう。

天音は小さく呟いた。

「……帰ってこい、蒼真」

誰にも聞こえないほど小さな声だった。

その時。

「母さん!黒いヘリすげぇ!!」

悠真が庭へ駆け出して、その後ろを華凛も追いかけていた。

「おっきぃー!」

無邪気な声に麗華が慌てて2人を追いかけ、抱き寄せた。

「こら、走っちゃダメ!」

だが悠真は目を輝かせたまま上空を通過していくマットブラックを指差した。

「あれ父さん乗ってるの!?」

その言葉に、神代家に避難して来た人々と麗華、天音達の空気が一瞬止まった。


麗華は困ったような泣きそうな顔で、だけど誇らしそうに小さく笑った。


「……そうよ」

悠真はさらに目を輝かせる。

「すげぇ!!」

「パパ、すごぉーい!!」

その無邪気さに、鷹宮が思わず吹き出した。

「お前ん家、感覚バグってんなぁ」

「今更だろ」

天音が小さく笑いながら返す。


次の瞬間マットブラックが晴れ渡った空を裂くように加速した。

ゴォォォォォ……


(…待ってる。帰って来てね、蒼真)

その様子を麗華は祈りを込めた瞳で見送った。




重低音のローター音が機内を震わせる。

晴れ渡った空を裂きながら、その巨体は崩落現場へ向かっていた。

操縦席の真壁はしっかりと操縦桿を握り、計器を睨む。

高度、風速、余震による空域変化。

灰塵の全てを確認しながら機体を安定させていた。


「……チッ、視界悪ぃな」

低く吐き捨てるがその声に焦りはない。

慣れている。

地獄みたいな現場など、昔から何度も飛んできた。


後部キャビンの薄暗い機内灯の下。

蒼真は壁へ背を預けるように座っていた。

黒い酸素マスクからは一定間隔で酸素音が響く。

シュー……

膝にはグローブ。

既に固定具を外した状態のファストロープ用ハーネス。

その姿は、まるでこれから戦場へ降りる怪物だった。


だが呼吸が浅く、早い。

「…………」

肩がわずかに上下している。

マスク越しでも分かるほど、高速飛行は呼吸負荷が強い。

蓮は向かい側に座り、無言でその様子を見ながら生体反応デバイス情報が表示される端末へ視線を落とす。


《SOUMA KAMISIRO》

SpO2 92。

一瞬。

91。

また、すぐ戻る。


「流量上げるぞ」

蓮が短く言うと蒼真は小さく眉を寄せた。

「……まだいける」

「黙れ」

蓮は即答すると酸素流量を調整する。

シュー……

酸素音が少しだけ強くなると蒼真は小さく舌打ちした。

「……過保護」

「うるさい」

真壁が前から鼻で笑う。

「その状態で飛んでる時点で十分馬鹿だ、クソガキ」

蒼真がマスク越しに真壁を睨みつけた。

「……誰がガキだ」

「俺から見りゃガキだ」

即答する真壁に蓮が小さく吹き出した。

「否定出来ないな」

「お前まで言うのかよ」

そのやり取りの直後。


ゴォンッ――


余震による空気振動で機体がわずかに傾く。

だが真壁は即座に機体の姿勢を戻した。

「問題ねぇ」

普通なら叫ぶ揺れの中、蒼真は統括室と繋がるモニターで余震による再崩落建物がないか確認する。

蓮は端末で震度の確認を行っていた。


真壁が零回線へ通信を開く。

『第一、聞こえるか』

即座に奏の声が返ってくる。

『聞こえます!』

その奥では怒号と瓦礫を動かす重機音。

地獄みたいな現場音が響いている。


真壁は淡々と告げた。

『現着まで2分』

『了解!』

『総統と補佐官降下後、本機は一時本部へ帰投する』

一瞬、通信の向こうが静かになった。

だが次の瞬間。

『……着陸地点、作ります』

律の低い声に真壁は短く返した。

『20分やる』

蒼真はその通信を聞きながら、揺れる機体の中でゆっくり立ち上がり、グローブをつける。

蓮も医療バッグを持って立ち上がったその時、違和感に気がつき、ため息を吐く。

「蒼真…お前メット忘れてんぞ」

「……あ」

機内に置かれていた予備メットを蓮は蒼真の頭へと押し付けるように被せた。

「雑」

「うるせぇ」

そんな2人のやり取りに真壁が小さく笑う。

「……相変わらず馬鹿だな、お前ら」

蒼真は黒いマスクの奥で笑った。

「今更だろ」

「頭割れなきゃ、お前のメット嫌いは治らねぇのか」

「知らねぇ」

「お前…本当に総統か?」

真壁が突っ込んだ瞬間、目の前に崩落した巨大商業施設が見えた。


黒煙と炎。

崩壊した中層。

点滅する赤灯。

第一特務遊撃隊が待つその場所は地獄のようだった。


真壁が高度を落とす。

ゴォォォォォ……

機体がホバリングへ移行する。

「――落とすぞ、クソガキ共」


怪物達が空から地獄へと舞い降りる。




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