第20話 零式統括機起動
「操縦班は!?」
地下格納庫へ通信を通して怒号が飛ぶ。
だが返って来たのは最悪の返答だった。
『沿岸搬送支援へ全機投入中!」』
『予備操縦士も通信断続です!』
統括室の空気が一気に張り詰めた。
零式統括機は出せる。
だが飛ばす人間が居ない。
葛城が舌打ちした。
「クソ……っ」
すでに蒼真と蓮は統括室を後にし、現場出動の準備に取りかかっている。
止まる気が無い。
今この数分が内部の生存率を削っている。
なんとか操縦士を確保するべく、頭をフル回転させていた葛城の耳に低い声が落ちた。
「……俺が飛ばす」
下を向いていた葛城が顔をあげるとそこに立っていたのは真壁だった。
葛城は目を見開いた。
「真壁、まさか……」
真壁は短く答えた。
「俺たちの時代はなぁ、なんでもやれ。そう叩きこまれてんだよ」
真壁は口角をあげながら葛城に視線を落とす。
統括室の若手達がどよめき出した。
誰も知らなかった。
この男もまた昔の黎明を生き抜いた怪物側だった事を。
しかし葛城は小さく目を細める。
「安心しろ。あいつら2人、ちゃんと帰す」
その言葉に葛城の目が少し緩む。
かつて“限界まで回せ”そう言っていた男。
壊れるまで戦わせる事が正義だと思っていた男。
その真壁が今、“帰す側”の言葉を口にしている。
葛城は真っ直ぐに真壁と向き合うと短く言う。
「……2人を、帰せ」
真壁は踵を帰し、統括室の扉へ向かっていく。
そして、振り返らずに「誰に言ってる」と言葉を残していった。
地下医療区画。
蒼真と蓮は短時間だけシャワーを浴びていた。
汗と粉塵を最低限だけ流す。
それはかつての出動前と同じだった。
着替えは既に準備されている。
黒い耐火装備、固定ベルト、通信機、医療装備。
そして高濃度酸素マスク。
「……零回線ってなんだ」
服を着ながら、蓮が蒼真に問いかけた。
パスコードまで必要とする回線。
そのパスコードを蒼真が当然のように解除したのは異様な光景だった。
「……最後に残る、俺と奏だけが知ってた回線だよ。…こほッ…」
蒼真は小さな咳をした後、言葉を続ける。
「…っ…黎明の…現場の最後の砦は第一…奏だろ」
「…なんで俺には伝えなかった」
「お前は俺といるから」
服を着終えると、蒼真は高濃度酸素マスクをしっかりと丁寧に着用する。
深く、息を吸い込みながら目を閉じる。
そして、蒼真の右手は胸元に下がるドッグタグにあてられていた。
蓮も同じく目を閉じ、右手はドッグタグにあてていた。
数秒、蒼真と蓮の間に沈黙が流れる。
「……行くぞ」
「おう」
目を開けた蒼真と蓮のその表情は総統と補佐官ではなく
かつての黎明、第一特務遊撃隊の隊長と副隊長の表情だった。
黎明本部庁舎前、地下最下層の格納庫が開かれその機体が地上へと姿を現し始めていた。
黎明医療棟。
独立電源によって維持された災害医療区画は戦場だった。
「搬送来ます!!」
「胸骨圧迫継続!」
「酸素ライン確保急げ!」
怒声とモニター音。
血液臭。
途切れなく運び込まれる負傷者。
本震発生から数十時間。
全国の医療機関が機能停止へ近付く中、黎明医療棟だけが動き続けていた。
白石は処置指示を飛ばしながら、次々更新される搬送データを睨んでいた。
「次、重症外傷第二処置室!」
「クラッシュ症候群疑い、透析準備!」
「第一戻ったら酸素交換即対応!」
その時だった。
ピピピッ……小さな電子音が白石の端末から響く。
白石の視線が端末右下へ向く。
表示されているのは第一特務遊撃隊主要メンバーの生体反応。
心拍。
血中酸素。
位置情報。
蒼真が最初に導入を提案した埋め込み式生体反応デバイス。
本来なら。
確認しなくてもいい。
今の蒼真は地下統括室に居るはずだった。
だが白石の指は無意識にその反応を開いていた。
《SOUMA KAMISIRO》
生体反応——正常。
位置情報——移動中。
その表示を見た瞬間。
白石が小さく息を吐く。
「……行くのかよ」
誰にも聞こえない小さな呟きだった。
その直後、医療棟の航空搬送モニターへ零式統括機発進準備の表示が出る。
《REIMEI-00》
《零式統括機 起動》
零式統括機の航空ルートが表示された。
マットブラックが現場投入される。
それは総統である神代蒼真が現場へ向かうと言うことを意味する他にない。
医療班の若手が顔を青くした。
「総統、本当に現場へ……?」
白石は短く返す。
「止めても行くんだよ」
その声は妙に静かだった。
ずっと見て来たからだ。
肺を壊しても。
骨を折っても。
呼吸が出来なくなっても。
それでも“帰す”為に立ち続ける男を。
白石は再び処置へ戻る。
「次、搬送受け入れ!空路搬送は一時停止されるぞ!」
「車両搬送を優先しろ!」
白石の飛ばす声が医療棟へ響き渡る。
誰も手を止めることなく、負傷者の処置にあたっていく。
だがその合間にも白石の視線だけは、何度も無意識に端末右下へ向いていた。
《SOUMA KAMISIRO》
その生体反応表示を。
「……災害キット出せ!!」
白石は端末から視線を上げると、班員2名を捕まえる。
「飛ぶ準備しろ」
強く、低い声で白石が2名に指示をする。
その2名は蒼真の状態を知る、いつもの看護師達だった。
「あいつを帰すぞ」
強い眼差しが向けられると2名は強く頷く。
そして、足早に災害キット、そのほか必要になるであろう医療機材の準備を始めて行く。
白石は医療班、副班長へ医療統括代行権限を与え、蒼真の高濃度酸素キットを取りに走り出した。
万が一が起こった場合、マスクでは対応し切れない為の対策だった。




