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まだ名もなき怪物達 第4部ー神代蒼真ー  作者: HANA


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第19話 零回線

崩落した空間は、もう限界に近付いていた。

最初は耐えられていた子供達も、大人達も。

「大丈夫」「助けが来る」そう言い合えていた。

だが、続く余震、寒さ、水不足、怪我人。

泣き続ける小さな子供。

時間だけが、確実に全員を削っていく。

暗闇の中、蒼志は小さなライトを握り締めていた。

バッテリー節約の為に必要な時しか点けない。

だから空間は殆ど真っ暗だった。

時折。ミシ……と軋む音だけが響く。

その度に子供達の身体が小さく震える。

「……っ」

小さな女の子がついに泣き声を漏らした。

「もう嫌だよぉ……」

限界だった。


寒い。

怖い。

親も居ない。


大人達ですら疲弊している。

蒼志はすぐ隣へ寄ると自分の上着をその子へ掛けた。

「大丈夫」

優しく囁く。

でもその声も少し掠れていた。

水不足は、蒼志達にも確実に来ていた。

それでも蒼志は笑おうとする。

「黎明が来るから」

その瞬間、周囲の空気が少しだけ止まる。

大人達も、子供達も。

その言葉に反応する。


黎明第一特務遊撃隊。


テレビや防災講習で何度も見た黒い救助部隊。

どんな場所でも人を帰して来た怪物達。

蒼志は知っている。

あの人達が絶対に諦めない事を。

だから信じていた。


「奏さん達は絶対来る」

小さく笑う。

その顔はどこか昔の蒼真に似ていた。

だが、その時だった。

グラッ ーーー!!

今までとは比較にならない揺れが襲い掛かる。

悲鳴と崩落音。

空間全体が軋む。

「伏せて!!」

蒼志が叫んだその直後。


ドゴォォンッ——!!

凄まじい音と共にどこかが崩れ落ちた。

砂煙と悲鳴。

暗闇に響く誰かの泣き声。

蒼志は反射的に近くの子供を抱き寄せ頭を庇った。

数十秒にも感じる揺れもやがて少しずつ静かになる。

揺れが収まるころには空気が変わっていた。

ヒュォォ……

冷たい風が蒼志の頬をかすめる。

ゆっくり顔を上げると崩落した天井の奥に今まで無かった隙間から小さく外光が見えていた。


その瞬間だった。

遠くで微かに。

誰かの声が聞こえた気がした。


蒼志の目が見開かれ、小さく震える声で呟く。

「……来た」



大型商業施設 崩落現場には余震警報が鳴り響いていた。

「全員退避ライン維持しろ!!」

奏の怒声が飛ぶなか、第一隊員達が瓦礫の隙間を睨み続けていた。


入れないと分かっている。

今、突っ込めば二次崩落で全滅する。

だから止まっていた。

止まるしかなかった。


その時だった。

警報音が切り替わる。

『——大規模余震警報』

現場の空気が凍る。

律が即座に叫んだその次の瞬間。

「全員下がれ!!」


ゴゴゴゴゴ……


地面が揺れ、崩落現場全体が軋み始める。

大型商業施設を見上げる隊員達の顔色が変わる。

「まずい!!」


ドゴォォォンッ——!!


巨大な崩落音と共に中層部分が潰れていく。

瓦礫が崩れ落ちる音で奏は反射的に前へ出かけた。

しかし、律が腕を掴む。

「ダメだっ!!」

「ッ……!!」

奏の目の前で建物がさらに崩れていく。

中にはまだ要救助者がいる。

奥歯を噛み締める奏の拳は震えていた。

その時だった。

「……待て」

律の声に奏が顔を上げる。

律の持つ小型モニターに最新構造データが反映されていく。


崩落によって生まれた亀裂。

構造変化によって今まで存在しなかった空洞ルート。


律の目が見開かれる。

「……開いた」

現場の空気が止まる中、奏は律と共にモニターを睨み込んだ。


行ける。

しかし、その先に表示されるのは異常な再崩落予測値。

奏の表情が変わる。


“入れる”と“帰せる”は違う。



黎明本部庁舎、地下統括室。

大型モニターには大型商業施設区域の更新情報が流れ続けていた。

余震と崩落、生存反応。

更新される度に危険予測値が上がっていく。

隊員たちが顔をしかめる中、蒼真だけが無言だった。

シュー……

静かな酸素音。

視線は大型モニターから動かない。

蓮が小さく眉を寄せる。

「……第一、止まってるな」

短い言葉に蒼真は返事をしなかった。

蓮にも蒼真の視線だけで分かっていた。

第一が、“無理に踏み込んでいない”事を。


それは正しい。

正しいからこそ。

嫌な予感が消えない。


その時だった『——大型余震発生』警報音が統括室に鳴り響く。

モニターの中で大型商業施設区域が赤く点滅した。

蒼真の指先が僅かに止まった、その時。


ゴゴゴゴゴ……


低い振動音が地下統括室全体へ響いた。

大型モニターが僅かに揺れ天井照明が軋み警報音が鳴り続ける。

「震度予測更新!!」

蒼真の一言で空気が一気に張り詰める。

黎明本部地下第三指揮系統。

蒼真主導で耐震、免震、独立電源の全てを整備した災害統括中枢。

それでも轟音と共に統括室も揺れていた。


ゴゴッ——!!


今までより一段重い揺れにオペレーターの顔色が変わる。

「ま、まだ来るのかよ……」

誰かが小さく呟いたその言葉は正直な本音だった。

大型モニターへ次々と余震データが流れ込む。

崩落更新、通信障害、火災区域拡大。

その中心で蒼真は大型商業施設区域を見続けていた。

蓮が小さく眉を寄せる。

「……嫌な揺れだな」

蒼真は返事をしない。


その瞬間だった。ピッ——……誰も触れていない端末。

通常回線とは違う地下最奥にだけ存在する回線。

それが淡く赤く点灯していた。


オペレーター達がざわついた。

「な、何だこれ……」

「この回線、登録に無いぞ……!」


だが蒼真だけは即座に理解していた。


酸素マスク越しの呼吸音だけが静かに響く。

シュー……

シュー……

蓮が眉を寄せた。

「……何だ、その回線」


蒼真は数秒、何も言わず静かに端末へ歩き出す。

その背中を見た瞬間、葛城の表情が変わる。

“何かを知っている顔”だった。


蒼真は端末前へ立ち、認証コードを入力する。


『REIMEI-0』   ——承認。

画面が開くとそこに表示される文字。

《零回線 接続要求》


地下統括室の空気が凍った。

蓮ですら初めて知る回線だった。


この場で蒼真だけが知っている。

存在してはいけない最後の回線。

接続されてはいけない回線だった。


蒼真が小さく息を吐き通信を開く。

「……奏か」


ノイズ混じりの音の中で崩落音と警報、誰かの怒声が飛び交っている。

その中で聞き慣れた声が響いてくる。

『——第一、奏です』

普段より短い答えに余裕が無い事は明らかだった。

それだけで十分だった。

蒼真の目が細くなる。

「状況」

『侵入口発生。ただし再崩落危険値が異常です』

『第一のみでは——』

奏の言葉が一瞬だけ止まる。

その沈黙だけで全てが伝わった。


帰せる保証が無い。

だから、奏は押した。


“最後の回線”を。


その瞬間、蓮は理解した。

この通信がただの現場回線ではない事を。


蒼真は静かに目を閉じ、そして、小さく息を吸い込む。

そして、端末を見る目が鋭くなる。

「……行く。待ってろ」

そう伝え通信を切った。

シュー……静かな酸素音と共に蒼真は立ち上がる。


「……零式統括機、出せ」


地下統括室の空気が変わり、オペレーター達が一瞬固まった。


葛城が即座に指示を叫ぶ。

「黎明、これより第三権限へ移行する!!」

「地下格納庫開放!!」

「零式統括機発進準備急げ!!」

「空路確保しろ!!」


地下格納庫の警報灯が赤へと切り替わっていく。

普段は絶対に開かれる事のない黎明本部地下最下層。

封鎖されていた大型隔壁が低い重音と共に開き始めていた。


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