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まだ名もなき怪物達 第4部ー神代蒼真ー  作者: HANA


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第17話 相棒

夜は明け始め、朝日が街を照らし出し始めた。

だが日本はまだ終わっていなかった。

余震、延焼、崩落。

次々と増え続ける救助要請。


黎明本部地下二階、中央指揮統括室。

そこだけが、止まらず動き続けていた。


「北陸ブロック、孤立地域追加!!」

「空自輸送ルート更新!!」

「DMAT搬送要請増加!!」

飛び交う怒号。

大型モニターには赤い警告表示が増え続けていた。

その中心に蒼真は立ち続けていた。


シュー……

静かな酸素音。

もう統括室の誰もその音を気にしていなかった。

いや、気にしても意味がなかった。

この人はもうこれが無いと立てない。

それを全員が理解してしまったからだ。


「総統」

葛城が低い声で呼ぶ。

蒼真は視線を地図から外さず返事をする。

「……なんだ」

「12時間だ」

数秒、統括室の空気が止まった。

葛城は続けた。

「座れ」

蒼真は返事をせず、被害の確認を取る。

「東北の再崩落区域更新は」

「東北支部の第二が回してる」

「関西延焼は」

「消防と陸自が抑えた」

葛城は静かに低い声で言った。

「お前が一瞬座った程度で止まらねぇ」

シュー……

酸素音だけが響く。

だが蒼真はまだ動かない。

その時だった、後ろから蓮が無言で蒼真の腕を引いた。

「座れ」

低い声は有無を言わせない声だった。

「まだ——」

「座れ」

今度は被せるように強く言う。

統括室が静まり返っていた。


誰も動けず口も開かない。

総統にここまで強く言える人間が居る事に。

そして蒼真がその言葉を無視し切れない事に。


数秒後、蒼真は小さく息を吐いた。

それからようやく近くの椅子へ腰を下ろした。

その瞬間だった。

統括室の空気が僅かに緩んだ。

誰も言葉にはしない。

だが全員、同じ事を思っていた。


(……やっと座ってくれた)


蓮は即座に蒼真の酸素流量を確認する。

生体反応デバイスの端末に表示される呼吸数、酸素濃度、血圧。

全て見て眉間に皺を寄せた。

「流量上げる」

「……まだ平気だ」

「平気じゃない」

即答すると蓮は慣れた手つきで流量を調整する。

シュー……

酸素音が少しだけ強くなる。

その瞬間、近くにいた若手隊員の肩が揺れた。


怖かった。

本当に。

今この人は呼吸補助を増やしながら日本を動かしている。


それなのに蒼真はモニターから目を離す事はない。

「第一」

『こちら第一!!』

奏の声がすぐに届く。

だがその向こうから聞こえる音が違った。

金属音、瓦礫が崩れる音、怒号と余震警報。

現場がどれだけ危険か伝わってくる。

「奏」

『はい!!』

「一回下がれ」

統括室が静まる。

モニター越しに奏が一瞬黙ったのが分かった。


『……まだ動けます』

「第一全体の疲労が限界近いだろ」

『でも——』

「帰れなくなるぞ」

低い声だった。

長い沈黙のそのあと。

『……五分だけ休憩入れます』

蒼真は小さく息を吐く。

「10分だ」

通信が切れると葛城が横目で蒼真を見る。

「お前、自分には言わねぇのな」

蒼真は答えない代わりに静かな酸素音だけが響いていた。

統括室へ再び怒号が飛び交い始めた。

だがその中心では蒼真だけが静かだった。


赤く染まるモニターの地図。

増え続ける被害数。


蒼真は座ったまま次の指示を出そうと口を開こうとしたその時だった。

蓮が無言で何かを机へ置いた。

蒼真の視線が僅かに落ち、目に入って来たのはおにぎりだった。

「食え」

蓮は短く言う。

「大将から」

その瞬間、統括室の空気が少しだけ緩んだ。

誰かの小さく笑う安心の声。

蒼真は数秒おにぎりを見つめていた。

それから小さく息を吐く。

「……大将、無事なのか…」

「黎明が踏ん張ってんなら、大将も踏ん張るってよ」

こんな状況なのに…。

きっと店も大変なはずなのに、わざわざ大将がここまで届けてくれた。


蒼真はゆっくりおにぎりを手に取ったが数秒止まった。

蓮が呆れたように言った。

「お前、昨日から水しか飲んでねぇだろ」

統括室が静まり返る。

若手隊員達の顔色が変わった。

立ち続け、確かに水しか蒼真は口にしていなかった。


蒼真は手の中のおにぎりに視線を落とした。

白い湯気はもう消えかけている。

それでもほんの少しだけ残った温かさが妙に現実感を持っていた。

「……食え」

蓮が低い声で言う。

蒼真は視線を上げない。

「今そんな暇——」

「ある」

被せ気味だった。

蓮は蒼真を真っ直ぐ見たまま続けた。

「お前が食わなきゃ、誰も食えねぇだろ」

その瞬間、何人かの隊員が息を飲んだ。


蒼真が止まらないから。

蒼真が立ち続けるから。

誰も休めない。

誰も食えない。

誰も“限界”を言えない。

蓮はそれを全部分かった上で言っていた。


シュー……

静かな酸素音が響く中、蒼真は小さく目を伏せた。

それから、ようやくおにぎりを一口食べる。

その瞬間だった。

統括室の空気がほんの少しだけ変わった。

誰かがパンの袋を開ける。

誰かが水を飲む。

止まっていた“人間”が少しだけ戻ってきた。

蒼真の横で蓮は立ったまま、自分のおにぎりの包装を雑に剥がした。

もぐ……

無言でおにぎりを頬張る蓮。

だがその姿を見た瞬間、若手隊員達が少し笑った。

「……黒瀬補佐官も食うんだ」

「当たり前だろ」

即答だった。

「総統だけ食わせて俺が倒れたら意味ねぇ」

そう言いながらまた一口頬張る。

その姿が少しだけいつもの黎明だった。

蒼真はそんな蓮を横目で見て小さく笑う。

「……お前、ほんと怖ぇな」

「今更だ」

即答する蓮に統括室の空気が僅かに緩む。

だが次の瞬間。

「総統!!広域停電区域追加!!」

「第二より救助要請更新!!」

怒号が再び飛び交い始めた。

蒼真はおにぎりを持ったまま即座に顔を上げた。

その横で蓮も口を動かしたままモニターを睨んでいた。

誰も止まらない。

それでも黎明はまだ “人間”のまま立っていた。


怒号が飛び交う統括室。

蒼真はおにぎりを半分ほど食べ終えた所で再び立ち上がろうとする。

その瞬間、蓮が無言で肩を押し戻した。

「まだだ」

「動ける」

「違う」

短い会話だが蒼真は反論し切れない。

蓮はポケットから小さな薬ケースを取り出した。

見慣れた白い錠剤。

だが一錠だけいつもと違う。

色が違うそれを見た瞬間。

蒼真の視線が僅かに止まった。

「……それ」

蓮は水を差し出したまま言う。

「飲め」

「まだ必要ない」

即答だった。

だが蓮は引かない。

「嘘つけ」

静かな声なのに妙に重かった。

「右脚庇って立ってるの分かる」

蒼真の指先が僅かに止まる。


見抜かれていた。


蒼真から返事は無い。

だが、それが答えだった。

長時間の立位。

余震、緊張、冷え。

過去の骨折部位が悲鳴を上げない訳がない。

それでも蒼真は立ち続けていた。

蓮は低く言う。

「頓服だ、今飲め」

蒼真は小さく息を吐くと薬を受け取る。

統括室の若手隊員達は誰も声を出せなかった。


総統。

国家統括者。

怪物。


そう思っていた人が、この瞬間に痛み止めを飲まないと立てない身体で国を動かしている事を理解してしまったから。

いや、痛み止めだけではない、その薬の数を。


蒼真は水で薬を流し込む。

その横で蓮は何も言わず次のモニターへ視線を向けた。


もう慣れている。

ずっとこうして来た。


その自然さが逆に周囲を震わせていた。

蒼真は小さく目を閉じる。

薬が効き始めるまで少し時間が掛かる。

すぐに痛みが消える訳ではない。それでも。


立つ。

帰すために。


蒼真は薬を飲み終えるとモニターへ視線を戻す。

その横で蓮が新しい被害データを確認していた。


立ったまま。

休まず。

蒼真と同じ時間。


その姿を数秒見ていた蒼真が小さく口を開く。

「……蓮」

「なんだ」

視線をモニターに向けたまま蒼真は少し黙り、口を開いた。


「お前も骨盤、来てんじゃねぇの」


その瞬間、近くにいた隊員達の空気が止まった。

蓮も僅かに動きを止めた。

だが次の瞬間、蓮は「今更だ」と薄く笑いながら即答した。


「立ち方変わってる」

蓮の指先が止まる。


見抜かれている。

ずっと隣に居たから。

誰よりも。


「右に重心逃がしてる」

数秒の沈黙の後で蓮が小さく息を吐いた。

「……お前、人の事見てる場合か」

「見えるもんは見える」

その返事に葛城が頭を抱えた。

「お前ら何なんだよほんと……」

完全に正論だった。


2人とも痛み止めを飲みながら。

呼吸補助しながら。

古傷を庇いながら。

国を動かしている。


葛城でさえ、もう意味が分からなかった。


蒼真が机の上に置かれた薬ケースを軽く叩く。

「薬」

蓮が眉を寄せる。

「は?」

「お前も飲め」

「いらん」

即答する蓮だが今度は蒼真が引かない。

「嘘つけ」

さっきと同じ言葉だった。

その瞬間、統括室の空気が少しだけ緩む。

蓮が呆れた顔をする。

「……誰のせいだと思ってんだ」

「俺」

即答する蒼真に数人が吹き出しそうになった。

でもそのやり取りが、どれだけ救いになってるか、

みんな分かっていた。


怪物。

総統。

補佐官。

そんな肩書きの前に。

この2人はずっと“相棒”なのだと。



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