第15話 災害統括権限移譲
※本話以降、本編にて大規模地震および災害救助に関する描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
それはーー異様な光景だった。
夕焼けの光が覆われるほどの大群の烏が空を横切っていく。
総統室の窓からその異様な光景が目に入り、蒼真が呟く。
「……来る」
ーカタカタ…。
総統室の証明が静かに揺れ、それはすぐに収まった。
しかし、次の瞬間。
ーウィン!ウィン!ウィン!と鳴り響く緊急地震速報。
その瞬間だった。
ゴォンッ──!!!
黎明本部庁舎を巨大な衝撃が突き抜けた。
同時刻、神代家。
ガタガタガタガタッ!!!
緊急地震速報と共に食器棚や照明が激しく揺れた。
「きゃっ──!!」
麗華が即座に悲鳴を上げパニックになりかけている華凛を抱き寄せる。
「悠真!机!!」
悠真は即座にテーブル下へ滑り込む。
防災訓練で教わった動きだった。
揺れは止まらない。
家が軋む。
窓の外では悲鳴とサイレンが響き始めていた。
黎明本部庁舎、総統室。
「蒼真!!」
揺れが収まった頃、蓮が総統室へと駆け込んで来た。
「緊急災害警報だせ!!本部、地方支部、全部だ!!」
蒼真は叫び終わるころには総統室から出ていた。
蓮が総統室からの緊急時専用回線で本部内と地方支部へ指示を飛ばす。
「黎明!総統より、緊急災害警報、発令。…出ろ!」
指示を飛ばすと蓮は黒いケースだけを持ち、蒼真の後を追った。
黎明本部地下2階、中央指揮統括室。
大型モニターに全国の地震観測データが並び、各機関回線がすでに接続され始めていた。
しかし、蒼真が統括室に入るや否や、声をあげた。
「各機関通信確保急げ!!」
「独立回線、及び地下第三系統起動!!」
「自家発電接続維持!!」
「医療棟自家発電維持!!」
オペレーター達が一斉に走り出す。
耐震。
免震。
独立通信。
地下指揮系統。
全部。
蒼真が、 “この日の為に”整備したものだった。
そして落ちていた全国の通信回線が黎明回線へと接続されていく。
赤く染まる大型モニターを見上げながら蒼真が統括室へ駆け込んできた葛城を見る。
「救助初動権限を使用する」
「了解!」
黎明には既にある。
この激震から1人でも多く帰す為の武器が。
「海自へ接続」
オペレーターの声と同時に大型モニターへ海上自衛隊指揮系統が接続される。
激しいノイズ混じりの回線。
『こちら海上自衛隊——』
蒼真は即座に口を開いた。
「湾岸部全域の海面状況確認。津波・漂流・港湾損傷監視を最優先」
低い声が中央指揮室へ響く。
「大型輸送艦、救難艇を待機。孤立地域発生時は即時海上輸送へ切り替える」
『了解』
「沿岸消防との回線も繋げ。海側から搬送路を作る」
短い返答と共に海自回線が慌ただしく動き出す。
⸻
「空自回線、接続完了!」
次の瞬間、空自側モニターが立ち上がる。
蒼真は呼吸を整える間もなく続けた。
「空自は避難所支援へ移行」
それでも声は一切揺れない。
「広域空撮を開始。道路寸断、火災範囲、孤立区域を即時共有」
『了解』
「輸送機は医療物資と水を優先。ヘリは重症者搬送待機」
蓮が横から即座に補足する。
「夜間飛行班を追加投入。停電区域の赤外線確認も回せ」
『了解、夜間索敵へ移行します!』
大型モニターへ次々と航空映像が映り始める。
隣に立つ蓮に何してやがった。と視線で睨みつける蒼真。
「遅かったな」
「古参に捕まった」
「そりゃ厄介だな」
揺れの納まりと共に出された緊急災害警報に異論を唱えようとした古参がまだいたのか。と蒼真は眉をゆがめた。
「……っ…」
揺れから走って、そこから指揮が続いていた。
乱れた呼吸を整える時間はなかった。
⸻
「陸自、回線繋がりました!」
最も慌ただしい声だった。
既に各駐屯地が動き始めている。
蒼真は短く息を吸い込む。
「陸自は広域救助支援へ移行」
「重機部隊を優先投入。倒壊区域、道路啓開、孤立地域の搬送路確保を急げ」
『了解!』
「広域空撮データ着次第、消火支援も入れ」
「避難所設営、物資輸送、夜間救助まで全部回せ」
蓮がモニターを見ながら続ける。
「第一が入る超高難度区域以外は、各自治体救助隊と連携しろ。勝手に動くな、情報共有を最優先」
『了解!!』
葛城が国家側回線へ同時接続しながら吐き捨てる。
国家側回線がなかなか接続されないようだ。
「……もう完全に戦争レベルだな」
だが蒼真も蓮も否定しなかった。
赤く染まる日本地図を見つめたまま、低く言う。
「違う」
乱れた呼吸を庇いながら蒼真が口を開く。
「——帰還作戦だ」
「警察、回線つながりました!」
オペレーターの声と同時に中央モニターへ全国主要本部が一斉接続された。
ノイズ、怒号、サイレン、現場音がそのまま流れ込んでくる。
既に各地で道路崩落、火災、通信断が始まっていた。
蒼真は大型モニターを見上げ口を開く。
「警察は避難誘導を最優先」
低い声が指揮室へ響く。
「幹線道路を即時封鎖。倒壊危険区域へ一般車両を入れるな」
『了解!』
「信号死んでる地域は手動誘導へ切り替えろ。パニック起こさせんな」
各県警本部が一斉に動き始める。
蒼真は続けた。
「行方不明者情報は消防と共有統合。避難所名簿もリアルタイム更新」
蓮が横から補足する。
「SNSデマ対策班立てろ。偽避難情報流れ始めてる」
『確認しました!対処入ります!』
「治安維持班はコンビニ、避難所、物流拠点へ配置。略奪防げ」
空気が張る。
だが蒼真は止まらない。
「今は“助ける側”も守れ。現場が崩れたら全部止まる」
『了解!!』
⸻
次の瞬間、消防本部回線が接続された。
既に怒号と無線が飛び交っている。
『○○地区延焼中!!』
『生き埋め多数!!』
『水圧低下確認!!』
現場は地獄だった。
蒼真の視線が鋭くなる。
「消防は消火最優先」
即答だった。
「延焼止めろ。火災連鎖したら救助区域ごと死ぬ。陸自が支援入る」
『了解!!』
「救助は第二と危険区域情報共有しろ。単独突入禁止」
蓮が大型モニターを切り替える。
崩落危険マップ、ガス管、地下火災全てがリアルタイムで更新されていく。
「消防救助隊は生存率優先」
蒼真の低い声が落ちる。
「全員助けたいのは分かる。だが、隊員が飲まれたら終わりだ」
数秒だけ回線の向こうが静まった。
その後。
『……了解』
重い返答だった。
それでも現場指揮官達は理解していた。
この男は “現場で死ぬ側”を知っている。
だからこそ切り捨てるんじゃない。
“帰す為”に言っている。
蒼真は小さく息を吸う。
肺にうまく酸素が入ってこなくなっていた。
けれどこの国は崩壊しかけている。
その最中に崩れるわけにはいかない。
その時だった。
「国家側回線──接続!!」
オペレーターの叫びと同時に、 中央モニターの一角へ政府緊急対策室の映像が映し出される。
だが映像はノイズだらけだった。
『……こちら……官邸危機管理……』
映像は激しく乱れ、音声も聞き取りにくい。
映像背後では怒号と非常灯だけが見えている。
通信状態は最悪。
既に国家中枢すら 被災していた。
葛城の表情が変わる。
「官邸側、地下回線まで落ちてるぞ……」
蓮が小さく舌打ちした。
「想定以上だな」
モニターの向こうで、 年配の政府高官が息を切らしながら口を開く。
『……神代総統……聞こえるか』
蒼真は短く返す。
「聞こえてる」
『現在……国家災害対策本部機能、一部崩壊……』
その瞬間、中央指揮室の空気が変わった。
オペレーター達の手が止まる。
誰も声を出さない。
国の中枢が止まり始めていた。
それでも蒼真だけは動じない。
真っ直ぐモニターを見据えたまま立っていた。
高官は続けた。
『広域同時被災により……国家単独での統括維持は困難と判断』
『よって——』
通信が一瞬乱れノイズでブラックアウトしかける映像。
その中ではっきりと言葉だけが落ちた。
『国家災害対策本部は、黎明への指揮統合を承認する』
蒼真は数秒だけ、目を閉じた。
そして目を開ける。
「ーー承認を確認。黎明が統括を引き継ぐ」
その目の先はモニターの真っ赤な地図に向けられていた。
“全員、帰す”
蒼真の言葉と共に一瞬の沈黙が流れた。
空気が止まり、警察、消防、自衛隊の全回線の空気が変わった。
今この瞬間に国家指揮系統が変わった。
「……蓮、出せ」
隣の蓮へ蒼真が小さく呟く。
蓮は手に持っていた黒いケースから蒼真専用の高濃度酸素マスクを取り出し、蒼真へ何も言わずに差し出した。
受け取ると蒼真はマスクを手慣れた手つきで着用していく。
その光景をオペレーター、中央指揮統括室に集まった全員が見つめていた。
シュー…。
マスクを着用し終えると蒼真は数回、深く息を吸う。
蓮が酸素流量を調節している。
「……聞け」
酸素マスク越しに低い声が統括室へ落ちる。
「今この瞬間から、黎明がこの国の災害統括を引き継ぐ」
誰も動かない。
蒼真は続ける。
「だが勘違いすんな」
その瞬間、空気がさらに張り詰める。
「俺達は英雄じゃねぇ」
静かだった。
でもその場の全員が聞いている。
「やる事は一つだ」
蒼真は真っ直ぐ前を見る。
「——全員、帰す」
一瞬の沈黙。
しかし次の瞬間、葛城が動いた。
「権限移譲承認確認!!法務記録残せ!!」
「全機関回線へ新指揮系統通達!!」
「広域火災マップ更新!!」
葛城の声とともに黎明が、一斉に動き出した。
蒼真は数秒だけ目を閉じた。
長かった、ここまで。
何年も何度も“遅いせいで助からない”それを見続けてきた。
だから作りたかったこの体制を。
シュー……
肺が軋む。
呼吸が浅い。
それでも。
蒼真はゆっくり目を開く。
その瞳はもう完全に“総統”だった。
低い声が 全国へ落ちる。
「優先は一つだ」
酸素マスクを外すことも、もうない。
もう隠さない。
そんな暇はない。
「——全員、帰す」
静まり返った全国回線へ。
怪物の声だけが真っ直ぐ響いた。




