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まだ名もなき怪物達 第4部ー神代蒼真ー  作者: HANA


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第11話 立ち続ける理由

黎明の第一訓練棟には、朝から珍しく柔らかい空気が流れていた。

「そこ、マット追加しとけ」

「了解っす!」

奏の声が訓練棟へ響きわたっている。

普段は瓦礫突破訓練や制圧訓練に使われる広い空間も、今日はどこか雰囲気が違った。

角の鋭い器材には保護材。

簡易崩落エリアも子供用へ調整。

避難誘導ラインも見やすい色へ変更されている。

「……なんか、黎明っぽくないっすね」

律が苦笑しながら呟いた。

その横で奏が笑う。

「今日は子供相手だからな」

言いながらも奏は真剣だった。

“防災訓練”という名目ではあるが総統命令で動く以上、中途半端は許されない。


“帰す為にやる”


その意味を、第一は知っている。

「おい、そこの導線狭い」

不意に低い声が飛び、全員の動きが止まる。

入口側に蒼真の姿があった。

普段のスーツではなく、公務用の総統服を着ている。

ゆっくり訓練棟の中へ視線を走らせている。

「崩落発生時、子供は固まる。そこ詰まったら終わりだ」

淡々とした声だけれど視線は鋭い。

律が慌てて動線を確認し直す。

「す、すみません!」

蒼真は返事をしない代わりにゆっくり歩きながら、

避難経路、段差、器材位置を確認していく。

その姿を、少し離れた場所から蓮が見ていた。

「……やりすぎだ」

小さく呟いた蓮の声は誰にも届いてはいなかった。

蒼真はそのままマット位置を直し、誘導灯を調整すると子供の視線高さまでしゃがみ込み、死角まで確認する。

そこまでやって、ふいに動きが止まった。

「……っ」

呼吸。

浅い。

一瞬だけ、肩が揺れたが周囲はまだ気付かない。

気付いたのは蓮だけだった。

蓮は小さく舌打ちすると、そのまま蒼真へ近付く。

「総統」

蒼真は顔を上げた。

「何だ」

「休憩」

即答だった。

蒼真が小さく眉を寄せる。

「まだ何も──」

「十分動いてる」

有無を言わせない低い声で蓮の言葉が落ちる。

周囲の隊員達が、僅かに空気を読むように視線を逸らした。

蒼真は数秒だけ黙り込み、それから小さく息を吐く。

「……過保護」

「知ってる」

蓮は即答した。

そのやり取りに、奏が少しだけ笑う。

けれどその視線は、無意識に蒼真の呼吸へ向いていた。

先日より少しだけ、苦しそうに見える。

蒼真は準備された自分用の椅子へ腰をおろし、奏達へそのまま指示を飛ばす。


訓練棟の外が、急に騒がしくなった。

子供達の声が入口の扉が開くとともに響き渡る。

「うわっ、広っ!!」

「すげぇー!!」

「ねぇ、消防車ある!?」

その瞬間、訓練棟の空気が少しだけ変わった。

第一の隊員達も、どこか表情が柔らかくなる。

「来た来た」

奏が苦笑しながら入口へ向かう。

そこへ教師達が慌てた様子で頭を下げた。

「本日はお忙しい中、本当にありがとうございます!」

その後ろでは既に子供達の視線が訓練棟中へ飛び回っている。

瓦礫エリア、救助器材、大型モニター。

普段見る事のない空間に完全に興奮していた。


「わぁ……」

その中で蒼志だけは少し離れた場所で立ち止まっていた。

視線の先には椅子へ座っている父の姿。

呼吸と顔色…見慣れているからこそ、分かってしまう。

家にいる時ならすでに酸素を使っている状態と同じだった。

それでも今は酸素を使っていない。


「……父さん」

小さく呟いた瞬間、横から悠真が飛び出してきた

「お父さん!!」

蒼志が止める間もなく走っていく悠真。

蒼真はそちらを見ると、ほんの少しだけ表情を緩めた。

「走るなー、転ぶぞ」

「転ばねぇよ!」

そのやり取りに周囲の子供達が少しざわつく。

「えっ、神代のお父さん!?」

「総統なの!?」

「マジで!?」

「…総統ってなに?」

悠真は完全にドヤ顔で蒼真を指さし叫ぶ。

「うちのお父さん!」

奏が横で吹きそうになっていた。

あの冷徹と恐れられている蒼真を遠慮なく指さす悠真に蒼真が少し困った顔をしている。


その時だった。

「悠真、声大きいよ」

落ち着いた声が後ろから響く。

麗華だった。

片手には小さな華凛の手。

華凛は訓練棟へ入った瞬間から目を輝かせている。

「ひろーい……!」

その声に、訓練棟の空気が少し和み隊員達も思わず笑う。

麗華はそのまま蒼真へ視線を向け、ほんの一瞬。

呼吸と顔色を見る。しかし、酸素キットだけが見当たらない。

「ねぇ…」

「……マスク、蓮が持ってる」

「そう…」

総統としての意地なのか個人のプライドなのかは麗華には分からなかった。

蒼志はそんな両親のやり取りを静かに聞いていた。

蒼志は麗華と同じ場所を見てしまっている。

蒼真の呼吸の乱れ、時々止まる動き。

立ち上がる時の僅かな重さ。

全部見えてしまう。

「蒼志くん?」

教師の声に蒼志は我に返った。

「……あ、はい」

すぐに笑顔を作る。

でもその視線だけは、また無意識に蒼真へ向いていた。


その時。

訓練棟が、微かに揺れた。

本当に小さい揺れだった。

子供達は誰も気づいていなかった。

けれど、蒼真と蓮の視線が同時に動き鋭くなった。

空気が一瞬だけ変わった。

それを、蒼志だけが見ていた。


揺れが収まると、蒼真は何事もなかったように視線を戻し立ち上がる。

「……じゃ、始めるか」

低い声が訓練棟へ落ちる。

その瞬間、子供達の空気が一気に引き締まった。


銀髪の黎明総統による防災訓練。

さっきまで“すげー!”とはしゃいでいた子供達の空気が少しだけ“本物”を見る目へ変わる。

過去のテレビなどでその活躍を知る教員や保護者の目も変わった。


「今日は“助かる為の訓練”をやります」

訓練棟が静寂につつまれた。

「救助は万能じゃありません。俺達が着くまでに、動き方一つで生き残れるかが変わります」

子供達は真剣で怖いくらい静かだった。

蒼真は訓練棟の簡易崩落エリアへ視線を向ける。

「まず覚えることは“止まる”だ」

蒼真の言葉が終わると奏がすぐに前へ出て続ける。

「地震の時、一番危ねぇのは慌てて走る事だ!」

律も横へ並ぶ。

「崩落は連鎖する!落ち着いて周りを見ろ!」

完全に第一の実演モードだ。

奏達には普段の訓練と同じく行えと指示してある。

子供達が少し圧倒されたように固まっている。

その空気に気付いた蒼真が、小さく息を吐いた。


「……怖がらせたい訳じゃねぇ」

少しだけ柔らかい声だが、第一の隊長時代の口調に戻っていた。

「でも、本当に助かって欲しいから言ってる」

その言葉で、空気が少しだけ和らいだ。

「俺達、言葉使い悪いのは怒ってるわけじゃねぇから、そこは安心してくれ」

蒼真は少し微笑むと近くに置かれていた小さなヘルメットを持ち上げる。


「例えば揺れた時」

その瞬間、奏が普段通りに声をあげた。

「地震発生!!」

子供達がビクッと肩を跳ねさせた。

「はい、そこで走るな!」

律が床を指さす。

「まず低くなれ!」

第一の隊員達が実演を始める。

頭を守り、周囲を見る。

出口へ殺到しない。

その動きは無駄がなく、子供達の目がどんどん真剣になっていく。

「じゃあ次!」

奏がニヤッと笑った。

「実際にやるぞ!」

「えぇー!?」

「走るなって言っただろーが!」

一気に訓練棟が騒がしくなる。

その光景を見ながら、蒼真はほんの少しだけ目を細めた。

子供達が笑っている。

怖がりながらも、ちゃんと前を見ている。

その姿を見ているだけで、少しだけ呼吸が落ち着く気がした。

シュー……小さな酸素の音がする。

いつの間にか後ろへ回っていた蓮が、黙って酸素マスクを押し付けてくる。

蒼真が眉を寄せる。

「……おい」

「喋りすぎだ。いい加減、吸えバカ」

蒼真は小さく舌打ちしながらも抵抗しない。

そのやり取りを、華凛がじっと見ていた。

そして「パパ、また怒られてる」と小さな声が訓練棟へ落ちる。

一瞬、空気が止まった。

だが次の瞬間、奏が吹き出した。

律も耐えきれず横を向き、教師や保護者達まで笑いを堪えている。

蒼真は無言だった。

その横で、蓮と麗華だけが少しだけ笑っていた。


「総統さーん!それなーにー?」

子供の1人が無邪気な目を向け質問を投げた。

その瞬間、蒼志の動きが止まる。

悠真は少しだけ不安そうな顔をしていた。

蒼真は蒼志と悠真を見た後、麗華と蓮を見る。

なんというかは任せると言う2人の視線が向けられていた。

シュー……

静かに訓練棟に酸素の音が響く。


「これは……みんなを帰す為の道具だ」


蒼真は笑うと大きく息を吸い込む。

本当は崩れそうな膝を必死に保って子供たちを見て真っ直ぐに立つ。

目を閉じて、ゆっくり呼吸を整える。

子供たちや教師、保護者、奏達の視線が刺さるのを感じる。

シュー……。

呼吸が落ち着くと蒼真はマスクを外し口を開いた。


「これは呼吸だけじゃねぇ、崩落現場では有毒ガスや粉塵が舞う。みんなや隊員たちの命を守る物だ」


真っ直ぐに立ち続ける父の姿は蒼志には揺らいで見えた。

悠真には誇らしげな父の顔に見えた。


削り続けて、それでも立ち続ける姿を。

全ては……

全員を、帰す為に。


この足を止めるわけにはいかない。


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