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まだ名もなき怪物達 第4部ー神代蒼真ー  作者: HANA


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第10話 未来のために

総統室の窓が、微かに揺れていた。

規則的ではなく小さいが嫌な揺れ方だった。

蒼真椅子に座ったまま目を閉じる。

「……またか」

蓮は返さない代わりに、端末へ流れてくる速報を見ていた。


震源。

深さ。

規模。


「群発……にしては、範囲が広い」

「……あぁ」

短い返事をした蒼真の呼吸がふいに浅くなる。

「っ……」

蓮が端末から視線を上げると、蒼真は口元を押さえたまま、無理やり息を整えようとしていた。

だが、整わない。

肺が追いついていない。


「出すぞ」

「……まだ、平気だ」

「嘘つけ」

蓮は即答した。

目に見えて、最近の蒼真の顔色は悪い。

呼吸が整わなくなる回数も増えている。


数秒、2人に沈黙が流れたあと、蒼真が小さく笑う。

「……お前、最近容赦ないな」

「昔からだ」

蓮が酸素マスクを強引に押し付けると蒼真は観念したように受け取った。

シュー……

静かな酸素音だけが総統室に落ちる。

しばらくすると蒼真の肩が、少しだけ下がった。

「……悪化してるな」

安静時に呼吸の乱れが出ること自体が珍しい。

緊急合同会議以降、確かに各機関や国側とのやり取りで確かに忙しい。

睡眠時間を削ろうとする蒼真に蓮は強制的に夜は自宅へ帰宅させている。


「お前、家帰ってから寝てんのか」

「そりゃ寝るだろ」

蒼真は即答したが、嘘だった。

蓮にばれない様に資料を持ち帰り、目を通す。

災害時に円滑に全てのシステムが繋がるためにはどうすれば良いか…そんなことばかり考えて睡眠時間がどうしても削れていく。


「……麗華から言われたんだけど…蒼志の学校の防災訓練をうちでお願いできないかって打診されてんだ」

「……は?この忙しいんだから無理だろ。……断れよ」

父親としては学校に協力したい気持ちが蒼真にあっておかしくないと蓮は見抜いたが、ただでさえ詰め込みのスケジュールに子供の学校の訓練などいれる予知はない。

「いやさぁ…子供って覚えいいからさ」

蒼真は窓の外を見ながら続けた。

「止まること、周りを見ること、助けを呼ぶこと」

一拍おき、蒼真は目を細める。

「生き残る為の動きは、やらないと分からない」

蓮は黙ったまま聞いていた。

その言葉は今の蒼真自身へ向いている事も分かっていた。

それは災害時だけに言えることじゃない。


止まれ。

周りを見ろ。

助けを呼べ。

全部。

蒼真が一番出来ていない。


「だからさ…学校とか他機関のぬるいのを見るよりうちを見せた方がいいと思うんだよ。万が一、崩落に巻き込まれたら、とか」

蒼真は視線を蓮へ向けた。

「子供たちの未来の為にやりたい。帰すために」

いつもより少しだけ穏やかだが強い蒼真の視線に蓮の視線が揺れた。

蓮はすぐに口を開くことが出来なかった。

シュー……。

酸素の音だけが部屋に響く。

「……お前は止まるか」

蓮がやっと口を開き低く言う。

蒼真は少しだけ笑う。

「俺は総統だ」

それは答えになっていなかった。

だから蓮も、それ以上は言わない。

言っても止まらない。

それを、誰より知っているから。


蓮は小さく息を吐いた。

「……で、返事はしたのか」

「まだ」

「なら断──」

「でも、お前も必要だと思ってんだろ」

蒼真が先に言った。

蓮は返せなかった。

実際、蒼真の言う事は間違っていない。

学校の訓練なんて、大半は“避難出来ました”で終わる。

けれど本当の災害は違う。

崩れ、止まり、泣き、動けなくなる。

その中で、生き残る為にはどう動くべきか。

それを知っているのは、間違いなく黎明だ。


蒼真は酸素マスクを少し外し、小さく息を吐く。

「……怖がらせたい訳じゃねぇんだ」

声は静かだった。

「でも、“知ってる”だけで助かる命はある」

蓮は視線を落とした。

その言葉が、嫌になるほど理解できるから。

理解出来るから困る。


「……お前、自分の体で説得力持たせる気か」

蓮が低く言うと蒼真は一瞬だけ止まり、それから苦笑した。

「そんなつもりねぇよ」

嘘だった。

蓮には分かっている。蒼真はもう、自分自身すら教材にしようとしている。

酸素、後遺症、歩行制限、それでも立つ姿。


“無理をした人間がどうなるか”

その現実ごと、次の世代へ残そうとしている。

蓮は深く背もたれへ体を預けた。


「……最悪だな、お前」

「知ってる」

蒼真は即答した。

けれどその顔は、少しだけ穏やかだった。

シュー……。

静かな酸素の音が落ちる。

「じゃ、引き受けるって事でいいな」

「ったく…日程調整すれば良いんだろ…総統様は勝手だ」

嫌そうな顔をしながらも蓮はすぐにスケジュール確認を始めていた。

蒼真はスマホを取り出し、麗華へメッセージを送信する。


防災訓練、引き受ける。


送信が終わると窓の外では、また微かに揺れが走っていた。

群発地震。

収まらない速報。

崩壊は、確実に近付いている。


ーコンコン、と総統室の扉が叩かれる。

「失礼します」

入ってきたのは奏だった。

だが、部屋へ入った瞬間。

奏の視線が蒼真の酸素マスクで止まった。

一瞬。

本当に、一瞬だけ空気が止まった。

蒼真は何事もなかったようにマスクを外す。

「どうした」

奏はすぐに表情を戻した。

「第一、各避難区域との接続訓練終わりました」

報告を始めながらも、奏の視線は僅かに蒼真へ向いている。


顔色、呼吸、肩の上下。

見てしまっている。

見えてしまったから。


蓮はその横顔を静かに見ていた。

“隠せなくなってきてる”

もう、限界は近かった。


奏の視線に気付いた蒼真は、ほんの僅かに目を細めた。

そして何事もなかったように酸素マスクを持ち上げる。

「……高濃度酸素マスクの装着確認だ」

平然と落ち着いた声の蒼真。

まるで、本当にただの確認作業みたいに。

奏は一瞬だけ言葉を失った。

「……確認、ですか」

「あぁ。災害時に現場投入する可能性もあるからな。俺が使えなきゃ話にならねぇだろ。これもまだ試作段階だしな」


蒼真は淡々と返したが嘘ではない。

実際、その装備は蒼真専用から、将来的には災害対応装備として運用拡大を考えている。

だから余計に否定しきれない。

けれど、奏は分かってしまっている。

今の蒼真の呼吸は、“確認”の呼吸じゃない。


蓮は何も言わなかったが代わりに視線だけを蒼真へ向けていた。

蒼真はそれを受けながら、わざと軽く笑った。

「お前ら、そんな顔すんな」

そして酸素マスクを机へ置く。

「まだ動ける」

その言葉に。

奏の喉が僅かに動いた。

“まだ”

という言葉が、妙に引っ掛かった。

まるで。


いつか動けなくなる日が来る事を、

蒼真自身が知っているみたいで。


部屋に短い沈黙が落ちる。

その空気を切るように、蓮が低く言った。

「奏」

「は、はい」

「総統命令だ。学校の防災訓練、第一も参加」

奏は反射的に返事をしそうになり──止まる。

「……え、マジですか」

蒼真が小さく笑った。

「ガキ相手に手ぇ抜くなよ」

その笑顔はいつも通りだった。

だからこそ。

奏は胸の奥が、少しだけ嫌な感覚になる。


“いつも通り”が、

崩れ始めている気がした。




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