第二十話 大好きな君と(6)
「……ほんとに嬉しい。ありがとうね。大切にする。……ワイヤレスイヤホン使うの、これが初めて」
「えっ、本当に? じゃあ、初期設定だけやっておこうか」
機械音痴なわたしは、カナデのありがたい提案に頷いた。カナデは慣れた手つきでイヤホンのボタンを操作して、すぐに設定を完了させた。
「最後にミナのスマホ、借りていい? あと、なんか音楽って入ってたりする?」
スマートフォンの音楽アプリを開いた状態で、カナデに手渡す。そんなに見られて困るようなものは入っていないはずだけど……と思っていたら、画面を弄っていたカナデが小さく声を上げた。
「あれ。このアーティストって、私が好きって言ったやつじゃん」
その言葉に、指先がぴくりと震える。しまった、ばれた。視線を逸らすこともできなくて、わたしはただ唸るように返した。
「……はい、できたよ」
カナデの冷えた手がそっと髪に触れ、そのまま耳にイヤホンが差し込まれた。途端に、すっかり聴きなれたラブソングがわたしの中に流れ込んでくる。
「この曲、いい曲だよね。そっか、ミナも聴いてくれてたんだ。ミナってほんと、私のこと……好きでいてくれてるんだね」
カナデが笑いながらふいに言ったその言葉が、胸の奥で爆発する。びくんと肩が跳ね、イヤホンが耳からずれ落ちそうになる。慌てて手で押さえたけれど、もう遅かった。ラブソングは止まり、イルミネーションに合わせて流れるクリスマスソングだけが聞こえていた。
「驚きすぎじゃない? こないだほのかが、そういうことを言ってたから。でも、確かに……ミナの様子見てたら、私のこと好きなんだなって、すごく伝わってくるよ。ありがとね。……私もミナのこと、大好きだよ」
カナデが言ったその言葉に、世界が止まったようだった。
「えっ、ええ……! な、何突然……!」
予想外の言葉に、目を白黒させるしかなかった。上手く呼吸ができない。目の前がぐらぐら揺れる。ほのかが、カナデに何か言った? いつ? なんて? ――そんなことよりも、カナデがわたしの好意に気づいてた? しかも、「大好き」って……?
寒空の下で、わたしの身体だけが季節外れの汗をかいていた。焦った思考を整理しつつ、どうしようと視線は彷徨ったまま。カナデの言った「大好きだよ」という言葉が、心臓を突き刺していた。
「わたし……」
でも、分かっている。カナデの「大好き」は、わたしの「好き」とは違うってことくらい。わたしの中でぐるぐると渦巻く想いが、言葉にならず喉に引っかかる。言いたいのに、言えない。怖くて、届かない。好きだと伝えたいけれど、カナデはわたしを友達としてしか見ていない。だから、わたしは……。
「わたし……カナデのことが、大好きだよ。だから……ずっと、友達でいてね」
一瞬だけ、沈黙が流れた。冷たい潮風の音だけが、わたしたちの間を満たしていた。わたしがようやく絞り出した言葉に、カナデは静かに目を伏せて――そして笑った。
「当たり前じゃん。これからもずっと、ミナは私の大事な友達だよ。誰よりも特別で、誰よりも大切だ」
その言葉に、わたしは頷く。そう、わたしとカナデは、これからもお互い大好きな、友達同士。カナデの大好きという言葉に、身体の奥が熱くなる。その言葉は、わたしとは違う意味で、違う温度で。だけど――それでもいいと思えた。わたしはカナデの隣で笑っていられるなら、それだけで充分なんだと。クリスマスの夜――恋心を包み込んで、友達のふりをしたわたしたちは、イルミネーションの下で静かに笑い合った。