第二十話 大好きな君と(5)
手を繋いだままカナデに引かれてたどり着いたのは、以前も来た、海辺にそびえるタワーだった。ガラス張りの側面はイルミネーションで巨大なクリスマスツリーのように彩られ、音楽に合わせて色とりどりの電飾が華やかに揺れていた。海風が強くて頬が痛いほど冷たいのに、わたしの手だけはずっと、熱を持ったように温かかった。
「ミナ、こないだイルミネーション見たいって言ってたでしょ? って言っても、この辺りじゃそんなに選択肢がなかったから……これで我慢して」
カナデは頬を掻きながら、こちらを見ずに言う。潮風がカナデの短髪をふわりと撫で、きらきらと光るタワーの灯りが、その横顔を優しく照らしていた。
しばらく、言葉が出なかった。タワーの光が闇に砕けて、足元に揺れるのをただ見つめる。
「やっぱ、寒いね」
カナデが呟いて、近くのベンチへ視線を送る。わたしたちは並んで、腰を下ろした。そこでようやく、カナデが小さく息を吐いて――照れ隠しみたいに笑った。
「あとさ、これ。クリスマスプレゼント」
カナデは鞄から、小さな箱を取り出した。「ありがとう……」と言いながら受け取って、わたしも慌てて用意していた箱を差し出す。寒さのせいか、緊張のせいか――指先が少しだけ震えていた。カナデの手に渡った瞬間に箱の重さが手から消えて、代わりに胸の奥がずしりと重くなる。
これ、軽いはずなのに。どうしてこんなに、怖いんだろう。
「ははっ、ありがと。開けてみてもいい?」
そう言いながら、カナデがリボンに指をかける。ほどける音がやけに大きく聞こえて、わたしは反射的に息を止めた。見たいのに、見たくない。嬉しそうな顔が見たいのに、もし違ったら――なんて思ってしまう。
わたしは喉が締めつけられて、言葉が何も出なかった。視線はカナデの指先に吸い寄せられたまま、逃げ場を失う。
「……えっ。何だろう、これ」
包装紙を丁寧に剥がしたカナデは、箱に書かれた説明書きを読み込んでいる。「なるほどね……へえ」なんて呟きながら蓋を開けると、そこには青色に輝く小さなボタンのようなものが三つ並んでいた。
「……トランペット用ピストンボタン、か。すごい。こんなのあるんだ。超お洒落じゃん。ミナが選んでくれたの?」
カナデは青い石が埋め込まれたボタンをそっと摘み、夜空にかざした。電灯の光に反射してきらめくその光が、どこか宝石みたいに見えた。
「……ユズちゃん先輩に、トランペット好きな人は何を貰ったら嬉しいんですかって……聞いてみたの。それで……」
「なるほど、磯辺さんの受け売りか。確かにあの人も、お洒落なの付けてるもんね。凄く嬉しいよ、ありがとね」
カナデは、まるで宝物でも扱うみたいにボタンを指で撫でる。暗闇の中で青い石が、星屑のようにきらめく。カナデの瞳の中でも、同じ青が揺れていた。
「帰ったら早速付けてみるよ。絶対かっこよくなるだろうな……。演奏する度に、ミナのことを思い出しちゃうね」
その瞬間、耳の奥まで熱が一気にのぼった。それを狙って選んだなんて、絶対に言えない。言ったら、わたしはきっと戻れなくなる。わたしの全部が、壊れてしまう。
「私のやつもさ、開けてみてよ」
カナデに言われて、手元のピンク色の包みを見つめる。ふわっとしたリボンと、優しい色の包装紙。かわいい。絶対に、カナデの趣味じゃない。それだけで、もう胸がいっぱいになって泣きそうだった。
躊躇いながら指先でリボンをほどき、包装を静かに開く。すると、淡いピンクのワイヤレスイヤホンが姿を見せた。
「わあ……!」
あまりにも可愛くて、予想外の贈り物に目を見開く。それ以上に、まぶたの裏がじんと熱くなっていた。
「私が使ってるのと、色違い。音質も悪くないし、ミナっぽい色があったから」
カナデと色違い。お揃い。しかも、こんなに可愛い色が、わたしっぽいなんて――。たったそれだけのことなのに、わたしには――世界が反転するくらい嬉しかった。
カナデにとってのお揃いはきっと、ただの友情の印。何気なく、気軽に、わたしに喜んでほしいという、真っ直ぐな気持ち。でも、わたしにとってはどうしようもないくらい、特別だった。
「ありがとう……。可愛い、すごく可愛い。嬉しい……。でも……高かったんじゃない……?」
イヤホンを見つめたまま問いかけると、わたしの声が少しかすれていた。
「いや? でもさ、それを言ったら……ミナがくれたやつだって、絶対高かったでしょ」
図星すぎて、思わず困ったように目を伏せる。柚希がおすすめしてくれた商品は、普通の高校生がプレゼントとして購入するには、少しばかり躊躇する値段だった。でも、わたしにはこれしかないと思い切って、お年玉貯金に手をつけた。だって、どうしてもカナデに喜んでほしかったから。
「……やばいね。私たち、気合い入りすぎでしょ。来年はさ、予算決めとこうか」
来年。その言葉に、喉元が締めつけられる。当たり前みたいに、カナデは笑っている。わたしのことを、来年も一緒にいる前提で話してくれている。
――それが嬉しくて、苦しい。
こんなにも大切にされて、わたしはどうして、笑うことしかできないんだろう。顔が火照ってしまうほど嬉しいのに、その熱は痛みみたいだった。どれだけ好きでも、言葉にした瞬間、全部が壊れそうだった。
わたしは嬉しくて、たまらなくて、それでも言えなくて――ただ、カナデの隣にいられる今を失いたくなくて、何度も言葉を飲み込んだ。お願い、どうか――この時間が壊れませんように。わたしのこの気持ちが、気づかれないままでいられますように。
わたしはそっと、両手でイヤホンを握りしめた。カナデがわたしのために選んでくれた、お揃いのもの。




