第二十話 大好きな君と(3)
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翌日のクリスマス当日――約束の時間ぴったりに着くように家を出て、白く曇る息を吐きながら駅へと向かう。鞄の中には、何日も悩んで選んだプレゼント。ラッピングのリボンは何度も結び直して、ようやく綺麗にできた。
カナデ、喜んでくれるかな。ちょっと奮発し過ぎた? 重すぎるかな。だけど……。頭の中で言い訳の言葉をぐるぐると巡らせながら、ブーツのヒールを鳴らす。乾いた音が胸の鼓動を打ち消すようで、少しだけ助かった気がした。
待ち合わせ場所の駅前に着くと、クリスマスツリーが静かに輝いていた。白い息がゆっくりほどけていく中、その下で――カナデがわたしを待っている。
黒のダッフルコート。耳にはワイヤレスイヤホン。片手はポケットに突っ込んだまま、前をぼんやりと眺めている。いつも見ているはずの横顔なのに、今日はやけに遠い人に見えた。
喉がひゅっと鳴って、反射みたいに足が止まりかける。でも、顔には出さない。出せるわけがない。あくまで自然に、いつも通りに。わたしは深呼吸をして、わざと明るく声をかけた。
「……カナデ、お待たせ!」
声を出した瞬間に心臓が跳ねて、足が勝手に速くなる。
――今日は、友達として。友達なら、手を取ってもおかしくない。寒いねと笑って温めてあげても、きっと変じゃない。そうやって口実を繰り返して、わたしは自分の中に許可を出す。
指先が迷った。けれど次の瞬間、わたしはカナデのコートの袖から覗いた手を、思いきって取ってしまっていた。冬の空気に晒されて、指先まで冷えている。触れた瞬間に熱が一気に頬へ上がって、全身が痺れるみたいに小さく震えた。
「わあ、ミナ。びっくりした」
カナデはイヤホンを片手で外して、目を丸くしてわたしの手を見つめた。その視線が真っ直ぐすぎて、怖い。でも――離したら、今の自分が崩れる気がした。だからわたしは、さらにもう一歩だけ踏み込んでしまう。逃げ道を塞ぐみたいに、カナデの手をそっと両手で包み込んだ。
こんなふうにわたしが触れるのは、きっと――はじめて。自分から触れるなんて、いつもなら絶対に考えられない。なのに、今日は。今日だけは、友達のふりをしてでも――この冷たさも、さっきまでここで待っていてくれた時間も、全部がわたしの中に染み込んでくる。
今離せば、何もなかったことにできる。わかっているのに、指がほどけない。せめて、「寒かった?」と聞けばよかった。なのに、声が出る前に手が動いた。
ただ温めるだけ。そう言い訳しながらも、温められているのはわたしの方だった。それでもカナデはわたしに手を取られたまま、何でもないみたいに視線を和らげる。
「ええと、まずは……ミナが行きたいところに連れてってくれるんだよね。で、その後が私の番だ。すごい悩んでたけど、どこ行くか決まったの?」
そのいつも通りが救いでもあり、残酷でもある。わたしだけが、こんなに必死なのに。わたしだけが、友達の顔を貼りつけて、踏み込んでいるのに。
わたしはスマートフォンを取り出して、画面を見せつけるように掲げた。無理やり笑顔を作って、不敵な感じでふっと笑う。
「ふふふ。まずは、映画に行きます。チケットはもう、購入済み」
そう言うと、カナデは画面を覗き込んで、「へえ」と意外そうに眉を上げた。
「……これって、私が前にミナに貸した漫画の劇場版じゃん。観に行こうか迷ってたんだよね」
その反応だけで、今日のプランが間違ってなかったと思えた。結局、どこに行くか悩みに悩んで、映画の上映情報を調べていたら――ふと目に飛び込んできた、見覚えのあるタイトル。以前カナデが貸してくれた、世間を賑わせている少年漫画の劇場版。内容はバトルもので、ロマンチックなんてほど遠い。ましてや、きっとクリスマスの浮かれたムードになんて馴染まない。クリスマスっぽくはないけれど――でも、それがよかった。
だってわたしは――カナデにとって、ただの友達なんだから。だったらわたしも、そのルールの中でベストを尽くすしかない。勘違いしないように、自分から「らしくない選択」をしておきたかった。
「若葉ちゃんに評判を聞いてみたらね……神映画だったって言ってたよ。もう五回も観に行ったんだって、すごいよね」
そんなふうに誤魔化すように息を零して、自然な顔でカナデの腕に軽く自分の腕を絡めてみる。恋人みたいに、とは言えない。ただ、ちょっとくっついてるだけだ。胸が落ち着かないけれど、顔だけ整えて足を進める。
「ミナ、どうしたの? ……なんか今日、積極的じゃない?」
腕を絡めたまま言われて、心臓が大きく跳ねた。それでも手を離す勇気はなくて、わたしは笑う形だけ作って、冗談みたいにカナデの顔を覗き込む。
「……クリスマスなんだから、別にいいでしょ? それとも、カナデ……もしかして、照れてる?」
ほんの少しでも、頬が赤くなってくれたら。その「もしも」に縋るみたいに期待して、視線を探ってしまう。でも、そこにあったのは――いつもの、柔らかい笑顔だけだった。
……そっか。だよね。カナデにとってこれは、ただのスキンシップ。手を繋ぐのも、腕を組むのも、深い意味なんてなくて。だからわたしも、そうしなきゃ。心が締め付けられても、平気なふりをしないといけない。
「そっか。今日はクリスマスだし、いいか」
カナデが静かに頷いて、腕を預けてくれる。その重みが、想像以上にあたたかくて――わたしの中で何かが一度、跳ね上がった。
――やめてよ。そんなに自然に、優しくしないで。わたしは「友達」でいなきゃいけないのに。押さえ込んでも押さえ込んでも、「好き」が勝手に溢れてくる。
でも、止められない。腕のぬくもりが、わたしの心の奥をじわじわ攪拌していく。本当は、こういうの――ただの友達なら、しないはず。それでも今日だけは、ほんの少しだけ。
お願い、カナデ。わたしの気持ちには、気づかないで。この距離をもう少しだけ、壊さないでいて。
映画館に着くと、カナデは迷いなくポップコーンを注文した。「ミナも食べる?」と軽く聞かれて、わたしは軽口のつもりで返してみた。
「いいの? じゃあ、食べさせてよ……」
冗談だ。「ミナったら、何言ってんの」と笑われて、流されて、そこで終わるはずだった。なのにカナデは本当に手を伸ばして、ひとつ摘まんで、何でもないみたいに差し出してくる。まるで、わたしをからかい返すみたいに。
「はい、あーん」
その言葉に、息が止まる。周りのざわめきが遠くなって、視界が一瞬だけ狭くなる。まぶたを伏せて、そっと口を開けた。ポップコーンが唇に触れた瞬間、全身がかっと熱くなる。甘いより先に、恥ずかしさが爆発した。
だめだ、これくらいで動揺してちゃ。友達ならこういうのも普通で、冗談の延長で、ただのじゃれ合い。そう言い聞かせるほど、頬の内側が熱くなる。
カナデはどこまでも普通で、「もう一個食べる?」とでも言うみたいにわたしを見ている。つまりこれは、カナデにとってなんでもない。わたしだけが、なんでもありすぎるみたいだった。
上映までの待ち時間、わたしは自分でも驚くくらい自然に、カナデの肩にそっと体重を預けていた。
「ミナ……何?」
笑う声が耳元に落ちてきて、息が浅くなる。近すぎる。心臓の音が聞こえそうなくらい、近い。だけどカナデは、変わらず平然としている。いつも通りの顔だった。だからわたしも、心の中で何度も呪文みたいに唱えていた。
――カナデは、友達。ただの、友達。そうじゃなきゃ、こんなに優しくしない。こんなに笑わない。わたしのことを、こんなふうに扱わない。だけど、それがいちばん苦しかった。
友達だからこそ、できてしまうことがある。友達だからこそ、言えないこともある。この距離は甘くて、あたたかくて――そのぶん、残酷だった。
映画が始まると、カナデはすっかりスクリーンに夢中になった。何度も小さく息を呑んで、前のめりになって、目がどこかきらきらしている。その横顔が楽しそうで、嬉しいはずなのに――わたしは戦闘シーンが苦手で、ついカナデばかりを見てしまう。
途中、ふいに目が合った。カナデが静かに目を細める。たったそれだけで、脈が乱れた。
どうしてそんなに簡単に、わたしの仮面を剥がすんだろう。
映画が終わったあと、カナデは満足そうに息を漏らしていた。
「映画、すごく良かったよ。連れてきてくれてありがとね」
わたしは曖昧に頬を緩めたけれど、心の中はぐちゃぐちゃだった。ずっと演じ続けていた「友達としてのわたし」が、今にも崩れそうで。
でも、これでよかった。カナデが楽しそうにしてくれたなら、それでいい。わたしの想いは、ちゃんと隠せていたはず。たぶん。きっと。そうじゃなきゃ、わたしはここに立っていられない。




