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第二十話 大好きな君と(3)

***


 クリスマス当日、約束の時間ぴったりに着くように家を出て、待ち合わせ場所へ向かう。鞄の中には、何日も悩んで買ったクリスマスプレゼントが入っている。カナデ、喜んでくれるといいな。ブーツのヒールが、冬の空に乾いた音を響かせている。まるで、その音が自分の高鳴る鼓動を誤魔化すようで――少しだけ、ほっとした。


 駅前の大きなクリスマスツリーの下で、カナデが待っていた。黒いダッフルコートを着こなして、ワイヤレスイヤホンをしている姿は、思わず見惚れてしまうくらい様になっていた。


 ――こんなの、反則だ。


 だけど、顔には出さない。あくまで自然に、いつも通りに。わたしは深呼吸をして、小さく頷く。


「……カナデ、お待たせ!」


 わたしは勢いよく駆け寄って、伸びたコートの袖の先――その手を、思わず取った。その指先は冬の冷気に晒されて、ひんやりと冷たくなっている。


「わあ、ミナ。びっくりした」


 カナデは少し驚いて片手でイヤホンを外し、わたしの手を見つめる。わたしはその手を、両手で包み込んだ。――きっと、寒い中でずっと待ってくれてたんだ。そう思っただけで、胸がほんの少し、じんと熱くなった。でも、だめ。そんなふうに意識するのは、ただの勘違いだから。カナデはわたしに手を取られたまま、挨拶をして笑ってくれる。


「ええと、まずは……ミナが行きたいところに連れてってくれるんだよね。その後が、私の番だ。すごい悩んでたけど、どこ行くか決まったの?」


 カナデの質問に、不敵な笑みを返す。わたしはスマートフォンを取り出して、得意げに画面を見せてみる。カナデはそれを見て、意外そうな表情をした。


「ふふふ。まずは、映画に行きます。チケットはもう、購入済み」


「……これって、私が前にミナに貸した漫画の劇場版じゃん。観に行こうか迷ってたんだよね」


 その反応だけで、今日のプランが間違ってなかったと思える。結局、どこに行くか悩みに悩んで、たまたま映画の上映情報を調べていたら――見覚えのあるタイトルが目に飛び込んできた。カナデが貸してくれた、少年漫画の劇場版。内容はバトルもので、ロマンチックなんてほど遠い。ましてや、きっとクリスマスの浮かれたムードになんて馴染まない。クリスマスっぽくはないけれど、むしろそれがいいと思った。だってわたしは――カナデにとって、ただの友達なんだから。


 “らしくない選択”は、むしろ自然なのかもしれない。浮かれたデートなんかじゃない、これは、友達としての一日なんだから。若葉に一応評判を聞いてみたら、『ああ! アレ、めっちゃ神映画だったよ! もう五回観に行った!』と言っていたから、たぶんいい映画なんだろう。


 カナデの腕を取って、自分の両腕を軽く絡めてみた。胸の内が落ち着かないけれど、平気なふりをして足を進める。


「ミナ、どうしたの? ……なんか今日、積極的じゃない?」


「……クリスマスなんだから、別にいいでしょ? それとも、カナデ……もしかして照れてる?」


 面白がってカナデを覗き込んでみるけれど、その頬は照れたように赤く染まっては……いなかった。残念、全然照れてない。――そうだよね。カナデにとっては、こんなのはなんてことないスキンシップなんだから。わたしも友達なら、それくらい平気な顔しなくっちゃ。


「そっか、今日はクリスマスだし、いいか」


 そう呟いたカナデは、そのまま腕を預けてくれた。――うん。これでいい。友達同士の、自然な距離感。ドキドキするのはおかしいんだ。そう言い聞かせながら歩いていたけれど、鼓動の音はどんどん大きくなるばかりだった。


 そのまま仲良く映画館に足を運び、カナデはポップコーンを購入した。「ミナも食べる?」と聞かれたから、冗談交じりに「食べさせて」と言ってみたら、本当にやってくれた。うそでしょ? と思いつつ、わたしは視線を外して口を控えめに開ける。わたしの口にポップコーンが入るたび、顔に熱が上っていた。きっとこれも、たぶん……友達なら当たり前。変に意識をする方が、おかしいに決まっている。


 上映までの待ち時間、カナデの肩に軽く寄りかかってみた。「何?」と笑うその声が、あまりにも近くて――思わず呼吸が浅くなった。だけどカナデは、何てことなさそうに平然としている。平気な顔。友達っぽい笑顔。それを守るために、わたしは心の中で何度も何度も唱えた。――カナデは、友達。ただの、友達。


 若葉の言っていた通り、映画は神映画だったのだと思う。映画が始まると、カナデはすっかり夢中になっていた。スクリーンに釘付けで、何度も息を呑む声が聞こえる。わたしは正直、血しぶきのシーンが怖くて、ずっとカナデの横顔を見ていた。途中、気付いたカナデがふいにわたしと視線を合わせた。静かに笑って、また前に向き直る。その一瞬の仕草さえ、わたしの胸を高鳴らすには十分だった。


「映画、すごく良かったよ。連れてきてくれてありがとね」


 上映後、満足そうに笑うカナデに、わたしはぎこちなく笑い返す。心の中は、疲れ果ててぐちゃぐちゃだった。でも――それでもいい。だってカナデが、楽しそうにしてくれたのだから。この友達としての一日を、全力で演じたのだから。きっとわたしの恋心は、ちゃんと隠せていただろう。


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