第二十話 大好きな君と(2)
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「奏っちと美奈ちー、おつかれー。マジ最高だったよー!」
終演後、輝くような表情で、柚希がわたしたちのもとに駆け寄ってくる。その後ろには、少し緊張した面持ちのほのかもいた。
「……でさ! 最初の約束じゃ、助っ人はクリスマスコンサートまでって話だったよね? これから二人はどうするー? うちらとしてはさ、できればこのまま入団してもらえたらって思ってるんだけど。ね、ほのちー?」
視線を向けられたほのかが、勢いよく頷いた。こんなふうに笑顔で迎えてもらえるなんて――胸の奥が、ふわりと温かくなる。わたしは隣にいるカナデと目を合わせ、小さく息を吸う。実はこの話、前にもカナデから聞かれていた。
『ねえ、ミナ。助っ人期間は、クリスマスのコンサートまでだったでしょ? 今後、どうするか決めた?』
海辺でカナデと練習をしていた際、ふいにカナデが聞いてきた。きっと、いつか聞かれるだろうと思っていた。そして、カナデがどうするかも……なんとなく、予想がついていた。
『……カナデは、どうするの?』
『私は……これを機に、もう一度吹奏楽に挑戦してみたいと思ってるよ。今なら、昔よりもずっと上手くできる気がするんだ』
そのときのカナデの瞳は、真っ直ぐ前だけを見据えていて。もう、あの日のような影はどこにもなかった。――よかった。気付かれないように、胸を撫で下ろす。
『ミナは、どうする? ……無理しなくていいよ。元々、私のために始めてくれたんだし……ミナの選択を、尊重するから』
優しい目でそう言われて、わたしは何度も自分に問いかけた。わたしはこれから、どうしたいんだろう? 自信なんて、まだ全然ない。いつもカナデに引っ張ってもらってばかりだし、まわりの人たちはみんなレベルが高くて、一人だったらきっと無理だった。でも、それでも――。
『わたしね……』
俯いたまま、手の中の金色のトランペットを、ぎゅっと抱きしめる。焦って、戸惑って、失敗して。多少慣れた今だって、到底完璧にできているとは言えないし、足を引っ張ってばっかりだ。だけど――カナデの隣で音を出していた日々は、思っていた以上に楽しかった。
『……合奏をして、楽しいなって思ったの。わたし、まだまだ技術も全然足りないけど……カナデの隣で、音楽をするのが好き。だから……だからわたしも、一緒に入って、いいかな』
わたしの言葉を受けたカナデは、一瞬だけ言葉を失った。大きな目が見開かれて、ゆらりと揺れる。カナデは『ありがとう』と呟いて、わたしの手をそっと握ってくれた。俯きながら静かに、ゆっくりと――確かめるように、わたしの手を撫でていた。名前を呼ぼうとしたそのとき、カナデが顔を上げた。目が合うと、どこか潤んだ瞳で、穏やかにわたしを見つめていた。
『私も、ミナと一緒に音楽をするのが好きだよ。……これからも、よろしくね』
その顔に、心臓がぎゅっと締めつけられた。カナデと一緒に、音楽をする。それがわたしの、本当の気持ち。――これからもずっと、一緒にいたい。だから、わたしの恋心は邪魔になる。この気持ちはちゃんと、隠さなきゃ。溢れそうになる気持ちにそっと蓋をして、笑いかけた。
「ユズちゃん先輩、わたし……入団してみても、いいですか」
「私も。このまま続けたいと思ってます」
わたしたちが告げると柚希の顔がぱっと明るくなり、「マジで? やったー!」と叫ぶ。するとその瞬間、ほのかが勢いよくわたしたちに飛びついてきた。カナデと一緒に、小さくうめいて苦笑する。
「美奈ちゃん、奏……! 本当に、ありがとう……!」
「ほのかったら、またなの? 本当大げさ……」
ぎゅうぎゅうと締めつけてくるほのかの目元には、うっすら涙が滲んでいた。泣き笑いのほのかと、困ったように微笑むカナデ。――もう、わたしがほのかに嫉妬することはない。ちゃんと仲直りできたこの二人を見ていると、嬉しくて、少しだけ誇らしくなる。あの日、カナデとほのかの間に立ったわたしを、ほんのちょっとだけ、褒めてあげたくなった。