第三話 友達の色と潮風(1)
自席であくびを噛み殺していると、背後で教室の扉が開く音がした。振り向くと、こけしみたいな丸い頭の汐見若葉と目が合う。その瞬間、彼女はぱちぱちと瞬きをし、珍しいものでも見るかのように指をさしてきた。
「あーっ、美奈氏だ! 今日は朝早いね? どうしたの?」
若葉はリュックを背負ったまま、わたしの元に駆け寄って来た。そんなに驚くなんてちょっとひどくない? と思いながらも、笑顔を作る。小さく息を吸い込み、考えておいた言葉を口にした。
「おはよう若葉ちゃん。わたしが早起きなんて、珍しいよね」
「ほんとだよ。いつもギリギリの美奈氏が……何かあったん?」
「いや、たまたま。こういう日、年に数回あるんだよね……」
あははと、笑って誤魔化す。たまたまというのは、嘘だ。昨晩、カナデが『明日は一日、学校に行こうと思う』とメッセージを送って来た。その言葉を見て、サボり魔のカナデが行くのならわたしも行かなきゃと、柄にもなく意気込んでしまったせいだった。おかげで、いつもより一時間も早く起きてしまって……。わたし、なんでこんなにやる気出してるんだろうと、自分で自分にちょっと呆れる。ただ、この説明を若葉にすると、とてつもなく面倒くさくなると思うので、何もなかったことにする。
「あ~、あるある。たまにめっちゃ早く起きちゃう日、あるよねー。あ、日菜子氏だ! おっは~」
若葉が後方に向かって、ぶんぶんと勢いよく手を振った。わたしも首を傾け、轟日菜子に笑顔を向ける。日菜子は教室に入ってわたしたちを見つけるなり、柔らかく微笑んだ。
「若葉ちゃん、美奈ちゃんもいる。おはよう~」
ふんわりとした声に、軽く手を振って挨拶を返す。日菜子は教室の真ん中辺りの自席に鞄を置き、わたしたちの元にやって来た。
若葉と日菜子。この二人が、普段の学校生活を共にするクラスメイトだ。若葉は小さくて華奢だけど、声と態度は誰よりも大きく、コミュニケーション能力が飛びぬけている。文芸部で小説を書いているらしく、わざとなのか分からないけど話し方がオタクっぽくて独特な子だ。対する日菜子はふわふわの長い髪を耳の下で二つに結い、穏やかな笑みを浮かべるいかにも女子って感じの女の子。放送部に入っているからなのか、彼女の声はいつも砂糖菓子みたいに甘くて可愛らしい。
クラス唯一のマイナー文化部の二人は仲間意識を持って自然と仲良くなり、そこに教室で浮いていたわたしが加わった。後付けということもあり、わたしはどうも彼女たちと波長を合わせられていない気がする。いつもそうだった。二人の会話に混ざるというよりも、ひとり聞き役になってしまうことが多い。
「……ね、いいよね、美奈氏?」
「えっ?」
ぼんやりとしていると突然話を振られ、意識が呼び戻される。はっとして顔を上げると、二人がわたしの表情を伺っていた。
「あ、もしかして今、美奈氏寝てたでしょ? まあ、早起きしたからしょうがないかー」
「若葉ちゃんが体操服を忘れたから、別のクラスに借りに行こうっていう話になって。まずはC組から行こうかって言ってたの」
日菜子が話を聞いていなかったわたしを気にすることもなく、にこやかに状況を説明してくれた。なるほど、そういうことね。だけどその状況で、わたしに「いいよね?」と聞くのはおかしくない? それを判断するのは若葉でしょ……なんてことを、人付き合いをするうえで突っ込んではいけないのだろう。
「ごめんごめん半分寝てた……C組ね! 若葉ちゃんの知り合いでもいるの?」
「うん! 文芸部のヤツがいるんだ~」
わたしは笑顔を繕って立ち上がり、二人を見た。若葉は満足そうにくるりと踵を翻し、教室の扉へ歩き出す。その後ろを、日菜子とわたしが保護者のように付いていった。