第十八話 過去の音色(2)
「美奈ちゃん、本当いい子だよね……。ところで奏、学校サボってるって本当なの?」
電車が動き出し、美奈の姿が見えなくなったところで、ほのかは口を開いた。奏は少し頬をかいて、ばつが悪そうに視線を逸らす。
「……中学のサボり癖が抜けなくて。結構やばいかも」
ほのかは思わず口を開けそうになって、ぐっと飲み込む。
――まったく、変わらないんだから。高校に行っても自由奔放。でも、そんなところも、正直少しだけ羨ましい。ほのかは昔からちゃんとしていないと不安になるタイプで、奏みたいに何も気にせず振る舞うことが、ずっと苦手だった。
「ほのかこそ、高校の吹部に飽き足らず、市民楽団もやってるとか……昔から部活馬鹿だとは思ってたけど、トランペット馬鹿過ぎない?」
「それは……勉強はちゃんとやってるし、別にいいでしょ? 市民楽団は息抜きだから。それに、トランペット馬鹿の奏に言われたくない」
視線を交わして、どちらからともなく笑い合う。ああ、懐かしいな。中学生の頃って、こんな感じだったっけ。くだらないことで笑い合って、明日もまた同じように過ごせると信じていた。でも私は――あの時、奏を守れなかった。誰にでも良い顔をして、当たり障りのない方を選んで。本当は、奏のことを一番大切に思っていたのに。
駅に着いて、並んで改札を抜ける。奏の背中で揺れるトランペットケースは、もうほのかとお揃いじゃない。その音が遠ざかっていくようで、ほのかの胸が少しだけ痛んだ。
きっと奏は、もう過去を手放している。ほのかとお揃いだったあのトランペットは、あの頃の奏の象徴だった。でも今あの楽器は――美奈の手の中で、新しい音を響かせている。輝いている。美奈の楽器は、かつてほのかと奏が一緒に買いに行った奏の金色のトランペット。その楽器はほのかの知らないうちに、奏の手を離れていた。
――それもそうだ。奏にあんな思いをさせて、何もできなかった私が、今さら……。
そんなことを思いながら、ほのかは楽器ケースの持ち手をきゅっと握り直した。
「……奏!」
先頭を歩く奏に、ほのかは呼びかける。その声は少しだけ、震えていたかもしれない。
「……時間大丈夫だったらさ、ちょっと話していかない?」
振り返った奏は、昔と同じ、強気な笑顔を向けてきた。その笑顔が懐かしくて、なんだか胸が詰まりそうだった。時間も時間なので、駅前のロータリーのベンチに二人で座る。近くのコンビニの光が、奏の髪を淡く照らしていた。
「こうやってほのかと二人で話すの、凄い久しぶりな気がするね」
そう言って、奏は脚を伸ばしながら軽く背中を反らせた。穏やかな声だった。あの頃よりもずっと柔らかに聞こえるその声が、胸にじんと染みていく。
――奏、本当に変わったな。少し大人びて、余裕のある顔をするようになって。だけど根っこの部分は、変わらず不器用で真っ直ぐで。
雑談の途中、奏の携帯が震えた。ほのかは一瞬びくっとしたけれど、奏は画面を見て、ふっと微笑む。
「……ミナったら、寝坊しないでねって念を押してきたよ。これは……頑張って起きなきゃだなー」
奏は携帯をポケットにしまって、夜空に向かって伸びをする。空は霞んでいて、星は一つも見えなかった。