第十七話 それぞれの居場所(3)
「カナデ、今はもう……お兄さんと、比べてないの?」
「どうだろう……。中学行かなくなってから、そういうのはどうでも良くなった気がするな。でも、もしかしたら……心のどこかでは、ずっと……兄貴みたいになりたいと……思ってるのかもしれないね。癪だけどさ、要領良くてムカつくんだよ」
カナデはそう言って、ふと部屋の壁に飾られた写真に目をやった。そこには、中学の制服を着たカナデと、県内トップの偏差値を誇る高校の制服を着たお兄さんが写っていた。カナデは今よりも少しだけ髪の毛が長いけれど、表情はなんだか不機嫌そうだ。対するお兄さんは機嫌良く、カメラにピースを向けている。
「……中学生のカナデ、かわいいね」
「やめてよ……。本当、反抗期真っ盛りで、生意気な奴だったから」
中学生のカナデを想像する。写真に残る強い眼差しは、周囲を拒絶しているようにすら感じさせた。わたしの住んでいる場所がもう少しカナデの家に近かったら、同じ中学に通えたのに。
「……あの頃の私をミナに見られるのは、ちょっと嫌だな。でも……もし当時ミナに会えてたら……私はどうなっていたんだろうね」
控えめに笑ったカナデのその言葉に、わたしは何も言えなくなる。出会うのがもう少し早かったら――わたしがカナデのそばにいられる時間は、もっと長かったのかな。叶わないと分かっていても、わたしは……もっと早く、カナデに出会っていたかった。
「……こないだ、ほのかちゃんが……カナデは昔、ピリピリしてたって言ってたけど。丸くなったって、びっくりしてたよ」
「うわ、ほのか……そんなこと言ったの? 別に間違いじゃないけどさ……。それは……部活辞めて、高校生になって、ミナに会ったお陰じゃないかな。まあ、未だにクラスでは怖がられてるみたいだけどね」
カナデが冗談めかして肩をすくめ、両手を上げてぐっと伸びをする。その無防備な仕草に、どこか胸がふっと温かくなった。こんなに表情豊かで、気さくで、面倒見の良いカナデが――怖がられているなんて。そういえば、日菜子が当初カナデのことをクールでかっこいいと言っていたことを思い出す。クール。見た目だけだったら、確かにクールで取っ付きにくい印象があるのかもしれないけれど。それにカナデは……授業をサボり過ぎて“不良の松波”の異名を持っている。不良なんて……本当は、全然そんなことないのにな。わたしにとってのカナデは――そんな誰かのレッテルよりもずっと、人間らしくて、弱くて、あったかい。
「……カナデは、他に友達が欲しいなとか、思う?」
「いやー、別に。だってミナがいるもん。他の人は……まあ、汐見さんとか轟さんも仲良くしてくれるけど。ミナがいれば十分だよ」
その何気ない一言に、胸がぎゅっと締めつけられた。――わたしだけで、十分。それがどうしようもなく嬉しくて、でも、それ以上に欲張りになってしまいそうで怖かった。他の誰にも、こんなカナデを見せたくない。わたしだけが知っていたい。わたしだけの、カナデでいてほしい。そんな独占欲を抱く自分に、少し呆れてしまう。だけど、そう思わずにはいられなかった。
ちょうどそのとき、玄関の鍵が鳴る音がした。それと同時にカナデの表情が、ぴしりと強張った。