第十四話 掌の冷たさ(3)
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暦の上では、もう秋のはずなのに。今日も相変わらず湿った潮風が吹いていて、制服の襟元をじわりと濡らす。だけど――今、横にカナデがいる。それだけで、暑さすら気にならなかった。
誰もいないグラウンドを眺めながら、冷めた唐揚げを口に運ぶ。沈黙が続いているのに、まったく苦じゃない。不思議と心地いいのは、隣にいるのがカナデだからなんだと思う。
カナデは食べ終えたパンの袋を膝に乗せたまま、うとうとと船を漕いでいた。頬杖をついたその姿勢はちょっと不安定で、まぶたの裏に閉じ込められた瞳は、どこまでも無防備で――子どもみたいに、可愛い。
きっとこんな顔、他の人には見せてない。そう思うだけで、胸がふわりと膨らんでいく。カナデの黒い髪が、風にそよいで頬にかかる。それを、指でそっと払ってあげたくなるような衝動に駆られて――わたしは慌てて、自分の手を握りしめた。
そんなことを考えてしまうなんて……だけど、考えてしまう。あの、柔らかそうな頬に指先を伸ばしたら――もし、もちもちしてたら? カナデが目を覚まして、わたしの手を掴んだら? そんな妄想が次々と浮かんでいって、わたしの顔が熱くなる。でも、止まらなかった。
視線を逸らすのが惜しくて、息を潜めながらカナデの横顔を見つめていると――ぶぶっと短く鳴ったバイブレーションに、カナデの身体がびくりと跳ねた。わたしも思わず、一緒に跳ねる。
「えっ……寝てた……?」
「わあっ……! うん……寝てた寝てた……」
寝起きのカナデは目をこすりながらも、まだぼんやりとしていた。その姿がもう、どうしようもなく可愛かった。
――本当、わたしって……。だけど、この気持ちを口に出すわけにはいかない。だから、笑って誤魔化した。「何事もありませんでしたよ」という顔で、必死に笑顔を作るしかない。わたしは絶対に、カナデの寝顔を見ながら変なことなんて――考えてない。
カナデはあくび混じりにひとつ伸びをすると、スカートのポケットからスマートフォンを取り出した。画面を見た瞬間、小さく「えっ」と声を漏らす。
「……ミナにも、ほのかから連絡が来てると思う」
「えっ? ……ほのかちゃんから?」
その言葉に、わたしも自分のスマートフォンを確認する。カナデの言う通り、通知画面には――まさに今届いたばかりのメッセージが浮かんでいた。
『美奈ちゃんと奏に、相談したいことがあるの。放課後、時間ある?』
その一文を見た瞬間、身体の奥が熱を持った。「美奈ちゃんと奏に」――ふたりの名前が自然に並んでいる。それだけのことなのに、まるでわたしたちがひとつの並びとして見えているみたいで、くすぐったくて、少し誇らしくて、どうしようもなく嬉しかった。
こんなことで喜ぶなんて、ちょっと大げさすぎるんじゃない? なんて思いながらも、スマートフォンを握る指が、ほんのり汗ばんでいた。
だけど――ほのかからの、相談。カナデはともかく、わたしにも? 一体なんだろうと思っていると、カナデがわたしの顔を覗き込んだ。
「……何だろうね。とりあえず、一緒に話を聞きに行こうか」
視線が交差して、その顔が、思っていたよりずっと近くて――心臓が跳ね上がる。それを隠すように慌てて頷いて、メッセージを打ち込んだ。すぐに既読の文字が付き、『ありがとう!』と可愛いスタンプが返ってきた。




