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第二話 響きあう放課後(1)

 いつも通りの一時間目、ブレザーの中でスマートフォンが震えた。机の下でそっと確認すると、昨日友達登録したカナデの名前が浮かんでいる。


『今日の放課後、駅前のカラオケに来れる?』


 メッセージを眺め、スケジュールを考える——と言っても、部活も習い事もしていないし、放課後遊ぶ友達もいない。予定なんて、あるはずなかった。

 

 『了解』と打ち込んでから、その後ろに『!』を付けて送信する。絵文字も添えるべきだったかな、それとも『オッケー!』とかの方が良かったかな。少し後悔していると、カナデから『あとでまた連絡する』と返ってきた。シンプルな文面に安心して、画面を閉じる。デコレーションされた文章は苦手だ。相手に合わせて気を遣ったり、社交辞令を並べるのも疲れるから。


 伸び切った退屈な時間を適当にやり過ごし、六時間目が終わる間際に再度スマートフォンが振動した。カナデだろうと思い、机の下で画面を見る。


 メッセージには、駅前にあるカラオケ店の名前と部屋番号が記載されていた。カナデはもう、部屋に行っているのだろうか。本当にサボり魔だなと思っていると、タイミング良く終業のベルが鳴った。


 各々部活に向かうクラスメイトたちに手を振って、わたしは一人バス停へと向かう。いつものルーティンだ。ただ、今日はカナデとの約束がある。それだけで、なんだか胸がそわそわと落ち着かない。騒がしいバスの車内で、自分の鼓動が妙に大きく感じられた。


 指定された店へ向かうと、受付にいた年配の男性がにこやかに笑った。連れが先に来ていると伝えると、「ああ、奏ちゃんの友達ね!」と、部屋の場所を教えてくれる。カラオケ屋の店員にも名前を覚えられているだなんて、さては相当な常連なのだろう。ドリンクバーの烏龍茶で満たしたコップを持ちながら、カナデがいる部屋の前に到着する。


 中からは、少し曇ったトランペットの音が聴こえてきた。会ったら、まず何て声をかけよう。おはよう? いや、こんにちは? それとも、昨日はありがとう? 掌がじんわりと湿り気を帯び、結局答えが見つからないまま、ドアノブをひねる。扉を開けた瞬間、金色の爆音が刃のように突き刺さった。


「ああ、ミナ! お疲れ様!」


 こちらに気付いたカナデが楽器から唇を離し、爽やかに笑った。ぼたついたパーカーとすらりとしたスキニージーンズを着こなすカナデは、やはり丸一日学校をサボっていたらしい。微かに暗い部屋の中、消音されたテレビだけがちかちかと点滅している。


「カラオケで楽器って吹けるんだね……知らなかった」

「店にもよるけど、ここは練習オッケーだからよく来るんだ。部屋もちゃんと防音仕様だし」


 カナデの手の甲が、壁を軽く叩く。こつんという音はすぐに吸い込まれて、部屋にはカナデの軽い声だけが響いていた。目線を彷徨わせながら、わたしはソファーの隅に身を落ち着かせる。目の前のテーブルには、ファイルや楽譜が乱雑に置かれていた。落ち着かないまま烏龍茶を一口含み、乾いた喉を潤わせる。


「それよりさ、今日はミナにこれを渡したくて」


 カナデはわたしに身を近づけ、荷物を見せびらかす。革製の、四角張ったシンプルな楽器ケースだ。開けてみるよう促されて、どきどきしながら金具を外す。蓋を開けると、中には金色のトランペットが眠っていた。


「これは、私が中学の頃まで使っていた楽器。今は全然使ってないから、私の代わりに使ってあげてよ」

「えっ……いいの?」

「自分のがないと、練習できないでしょ? それに、この子も誰かが吹いてくれたほうが喜ぶからさ」


 ケースの中から楽器を出し、まじまじと見つめてみる。金色の塗装が、ピカピカと電灯の光を反射させていた。お古とはいえ、剥げや傷はほとんどない。きっと、カナデが大切にしていた楽器なんだろう。


 カナデはあっさりと言うけれど、わたしは楽器を前にして戸惑っていた。こんなに立派なもの、本当にわたしが持っていていいの? それに、これを受け取ったら——もう、後戻りできない気がする。昔のわたしなら、絶対に断っていた。でも、今はなぜか、それができない。

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