第十二話 少しずつの勇気(1)
昼下がり、わたしはカフェで性懲りも無くカフェラテを注文し、一人座っていた。――カナデが好き。そう気づいたのはいいけれど、わたしはこれから……どうしたらいいんだろう。そもそも、この“好き”って……本当に恋愛感情なのかな。恋愛って男女間のものっていうイメージがあったけれど、そうじゃないことも知っている。でも……わたしって、女の子を好きになるタイプだったの? 一度考え出すと頭の中で疑問が渦巻き、止まらない。
――当たり前に進学して、当たり前に就職して、当たり前に誰か素敵な男の人と出会って、当たり前に結婚して当たり前に子供を持つ。まるで家庭科の教科書に書かれるような、ロールモデルの人生。別に、そんな人生に憧れていたわけじゃないけれど……これから自分の歩く道が、世間の“普通”から外れていくのかと思うと、ちょっとだけ怖くなる。わたしは本当に、これでいいのかな。俯いてテーブルの端を見つめていると、柔らかな声が降って来た。
「あれ、美奈ちゃん。またカフェラテ飲んでる。コーヒー飲めるの羨ましいなあ」
はっとして顔を上げると制服姿の日菜子と目が合って、ふんわりと微笑まれる。その後ろには、スワークルを持った若葉がいた。
「でも美奈氏ってさあ、苦いの苦手じゃなかったっけー? 頑張ってるんだねー」
若葉は何かを言いたげに含み笑いをしながら、椅子に勢いよく腰掛ける。なんだかちょっとだけ恥ずかしくて、わたしは曖昧に笑った。
「二人とも、忙しいのに呼び出しちゃって……ごめん」
若葉と日菜子が席について落ち着いたのを確認し、わたしは背筋を正す。緊張して、少しだけ胸がどきどきしていた。
「ぜーんぜん。今日はうちも日菜子氏も部活の日だったから、ちょうど良かったよねー」
「うん。それに、美奈ちゃんがこうやって私たちを頼ってくれるの、すごく嬉しいから」
「分かるー! 美奈氏、最初は全然心開いてくれなかったから……相談してくれるのは嬉しいよね」
二人は顔を見合わせて、笑っていた。そんな二人の姿を見て、胸の奥がじんと熱くなる。なんだか涙も出てきそうで、わたしは無意識に唇を噛んだ。
「ありがとう……」
絞り出した声は、少しだけ震えていた。今日、この場所に二人を呼び出したのは――わたしだった。自分の本当の気持ちに気付いて、どうしたら良いのか分からなくて。カナデに相談するわけにもいかないので、頼ったのがこの二人。若葉はおちゃらけているけれど、誰よりも人を見ているし、なんだかんだで助言は的確だ。日菜子は何より……女の子の蒼と付き合っている。恋愛に関することには、きっと詳しいだろう。
「あ、あのね、わたし……」
真面目な顔付きになった二人を見ながら、口を開く。喉の奥がきゅっと締め付けられ、唾を飲み込む音さえも耳に響くほど、心臓の音がうるさかった。こんなこと、誰かに打ち明けるなんて――生まれて初めてだった。勇気を出して顔を上げたはずなのに、また下を向いてしまう。わたしは、ずっと迷っていた。この“好き”という気持ちが、何なのか――だけど思い返すと、全部そうだった。
バスの中で、カナデの後ろ姿に惹かれたあの日。防波堤で、あの音に胸が高鳴ったあの日。見守られて、初めて出した音。名前を呼ばれたときの、あの小さな嬉しさ。何気ない言葉に、心が浮いたり沈んだりする。撫でられた掌のぬくもりが、まだ残っている。
それが全部――今のわたしを作っている。
「あ……あの」
頭が少しずつ白くなって、背中を汗が伝う。耳が遠くなっていき、店内の音が聞こえない。自分の心臓の音だけが、うるさく響いている。
「うん」
日菜子の声が優しく響き、その声で聴覚が呼び戻された。火照った脳に、空気が送られる。一瞬だけ顔を上げると、日菜子の茶色い瞳と目が合った。“美奈ちゃん、大丈夫だよ”――その瞳が、そう語っている気がした。掌をぐっと握りしめて、わたしは声を上げる。
「わ、わたし……か、カナデのことが、す……好き……みたいなの」
絞り出すように告げたその一言は、胸の奥に溜め込んでいた思いが溢れ出すようだった。“好き”――言葉にした途端、身体の奥が熱くなって、目の奥がじんわりと潤む。二人の顔が見られなくて、わたしは両手で顔を隠す。頬は発熱しているのではないかと思うほど、熱を持っていた。