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第九話 響き合う距離(7)

「いや~……それにしても、すっごかったねえ。そういえば日菜子氏は、放送部だもんねえ。納得の声量だわ……」


 若葉が椅子に背を預けて手脚をだらんと投げ出し、目を細めて空を仰いでいる。その隣で、日菜子が照れたように頬を染め、小さく笑った。あんなにも堂々と、まっすぐに想いをぶつけるなんて――可愛くて、勇敢で、おとぎ話のお姫様みたいだ。


「ふたりがここまで引っ張ってきてくれたから……私、勇気が出せたの。本当にありがとう」


 日菜子がかすれた声でそう言って、笑う。その瞳の端には、涙の跡がまだかすかに残っていた。夕陽が差し込んで、日菜子の横顔を金色に染めていく。


「……私、蒼ちゃんと話してみる。でも、今日……蒼ちゃんの頑張ってる姿見て、応援してあげたいなって……思ったよ」


 それに若葉が冗談めかして「日菜子氏はもう、蒼氏専属マネージャーになればいいんじゃね?」なんて言いながら笑い、日菜子が「それ、いいかも」と照れながら返す――そんな空気が心地よくて、あたたかくて、胸をくすぐった。


「日菜子氏ったら、マジで? まあ、それでいいならいいけどさあ。……おっ」


 そのとき、ふいに若葉が抱えていた鞄から、バイブレーションの音が響いた。若葉は軽く身を起こしてスマートフォンを取り出すと、何かを打ち込んでからひょいっとわたしの方に差し出してくる。


 「えっ……なに?」


 怪訝に思いながら画面を見ると、そこにはとんでもない吹き出しが並んでいた。


『松波奏、元気ー? 突然だけど、美奈氏が松波奏に会いたいってさ。今何してるー?』


『今? タワー横の海辺にいるけど。どうしたの?』


『おっけー、ありがとねん。美奈氏に伝えるから、直接聞いて~』


 液晶の上に無機質な文字で、わたしの知らない会話が並んでいる。表示されているのは、すっかり見慣れたアイコンだった。えっ、カナデ? ていうか、いつの間に? 途端に背筋がすっと冷えて、凍りついたまま若葉を見ると、「行ってきな~」と手を振られた。


「やだ、ちょっと、やめてよ……! 別に、カナデに会いたいなんて、一言も……」


 狼狽するわたしに、若葉は目を細めてにんまりと微笑む。


「でもさあ、会いたかったっしょー?」


 スマートフォンを若葉に返しながら、ぐっと言葉が詰まった。心臓が落ちるみたいに冷えたのに、次の瞬間には――なんだか救われた気もしてしまう。


……会いたい。今すぐにでも。でも、気づいてしまったこの気持ちが、ずっと胸をざわつかせる。カナデに会ったら――きっともう、誤魔化せない。わたしの全部が、ばれてしまうかもしれない。わたしは何を、話せばいいの? この想いを知られてしまったら、何かが壊れてしまうかも――それが怖い。けれど会わなかったら、わたしはもっと後悔する。その予感が、喉の奥で疼いていた。


「でも……」


 気づいたら、下ろした手が震えていた。そんなわたしの背中に、ふわりと手が添えられた。はっとして振り向けば、日菜子の笑顔と目が合った。


――今度は、美奈ちゃんの番だよ。


 その瞳が、確かにそう告げていた。さっきの日菜子の声の熱が、まだ耳の奥に残っていた。喉元が熱くなる。わたしは掌をぐっと握りしめて、半分やけになって顔を上げた。


「……わかったよ……! 行くよ! もう……!」


 言葉を吐き出すと、身体が自然と前へ動き出す。楽器ケースを片手で掴み、夕陽に目を細めながら踵を返す。鼓動が加速する。風が頬を撫でていく。ここまで言って、カナデを待たせて……行かないなんて、ありえない。タワーまでは電車で一駅、歩く時間も含めて三十分くらいだ。今から走れば、きっと……。


 カナデに会いたい。追いかけたい。カナデの後ろ姿を、名前を、音を、全部――手を伸ばして、掴みたかった。「好き」って、きっとそういうものなんだ。わたしは今、あの人の隣に立つために、ただ必死に走っていた。


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