表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/209

第九話 響き合う距離(7)

 結局、試合はほとんどの場面で西高が流れを作ってしまい、東高は敗れた。それでも蒼と日菜子は、それぞれ晴れやかな表情をして佇んでいる。「ミーティングが終わったら行くから待っていて」と言った蒼を待つために、三人で客席に座っていた。


「いや~……それにしても、すっごかったねえ。そういえば日菜子氏は放送部だもんねえ。納得の声量だわ……」


 若葉は椅子に身を預け、両手足をだらんと伸ばし、空を仰ぎ見ていた。その横に座る日菜子は照れたように、ふふっと小さく笑っている。正直わたしも、日菜子の行動には驚いていた。こんなに可愛い日菜子から、あんなに大きな声が出るなんて。それに、人目を気にせず、ただ真っ直ぐに蒼を応援できるなんて。きっと、わたしだったら……。


「二人がここまで引っ張ってきてくれたから、私、勇気が出せたの。本当にありがとう。……私、蒼ちゃんと話してみる。でも、今日……蒼ちゃんの頑張ってる姿見て、応援してあげたいなって思ったよ」


 かすれた声を絞り出して、日菜子は笑った。目尻には拭った涙の跡が残っていて、傾きだした太陽がその横顔を照らしている。


「もうさあ、日菜子氏が蒼氏の専属マネージャーになれば良いんじゃね? 毎日見に行って応援してあげなよ」


 若葉がどこか戯けたように言うと、日菜子は「それ、いいかも」なんて頷いていた。


「日菜子氏ったら、マジで? まあ、それでいいならいいけどさあ。……おっ」


 空をぼんやりと眺めていた若葉の鞄の中から、バイブレーションの音が小さく響く。若葉は途端に身体を勢いよく起こし、中身をごそごそ漁り出した。スマートフォンを取り出して画面をなぞっていたかと思うと、手を止めて、ひょいとわたしに差し出してきた。


「えっ……なに?」


 突拍子のない行動に眉をひそめながら、差し出された画面を見る。そこには見慣れたアイコンが並んでいて、思わず背筋がすっと冷たくなる。


『松波奏、元気ー? 突然だけど、美奈氏が松波奏に会いたいってさ。今何してるー?』


『今? タワー横の海辺にいるけど。どうしたの?』


『おっけー、ありがとねん。美奈氏に伝えるから、直接聞いて~』


 画面上の吹き出しに、知らない会話が並んでいる。えっ、カナデ? ていうか、いつの間に? 固まったまま若葉を見ると、「行ってきな~」と手を振られた。


「ちょっと、やめてよ……! 別にカナデに会いたいなんて、一言も……」


「でもさあ、会いたかったっしょ?」


 スマートフォンを若葉に返し、わたしは俯く。行きたい。今すぐにでも……カナデに会いたい。でも、この気持ちを自覚してしまってから、心の奥がずっとざわついている。カナデに会ったら、わたしは何を話せばいいの? 顔を見たら、もう誤魔化せないかもしれない。でも――会わなかったら、きっと、もっと後悔する。


「……っ」


 自分でも気づかないうちに、手が震えている。視線を落として考え込んでいると、突然背中を軽く押された。振り向くと、両手を伸ばした日菜子と目が合った。にこりと笑った姿は、まるで……次は美奈ちゃんが勇気を出す番だよとでも言っているみたいで。わたしは唾を飲み込んで、掌をぐっと握りしめる。


「……分かったよ……行くよ! もう!」


 ここまで言って、カナデを待たせて……行かないなんて、ありえない。タワーまでは電車で一駅、歩く時間も含めて三十分くらいだ。今から走れば、きっと……。


 わたしは地面の楽器ケースを勢いよく掴み、くるりと踵を返す。夕陽に目を細めながら、二人に背を向けて駆け出した。鼓動が高鳴る。風が頬を撫でる。カナデに会いたい――その気持ちだけで、身体が走り出していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ