第九話 響き合う距離(6)
蒼の行く手は、相手チームに阻まれた。彼女の長い脚に、相手の脚が蹴りを入れる。なんだか痛そうで、わたしはつい身体を縮こまらせてしまう。それでも蒼は転ぶことなく、再びボールを目指して走り出した。
「……蒼ちゃんが試合してるとこ、初めて見たかも。こんな感じなんだ……」
日菜子の吐息のような声は、選手たちの掛け声にかき消され、夏の空気に溶けていく。陽光を浴びた日菜子の瞳は、光を反射して濡れていた。選手たちが颯爽と、鮮やかな緑の上を駆け抜けていく。力の差は、サッカーなんて全然分からないわたしでも分かるくらい……西高の選手が蒼たちのボールをぱっと奪って、ゴールに向かって突っ込んでいく。まるで、西高はボールと戯れているみたいで……それに東高が追いつこうと、必死に食らいつく。
蒼が身体をぶつけながら、ボールに脚を伸ばした。その瞬間、日菜子が小さく声を漏らす。わたしと若葉も息を止めて、その姿を見守っていた。
「蒼ちゃん……!」
祈るような声が、落ちていった。蒼がボールの主導権を取り返し、ゴールを目掛けて走っていく。その後ろを、たくさんの選手が追いかけた。逃げ切って! そう思ったとき、隣の人影が揺れた。
「蒼ちゃあああん! 頑張ってえええ!」
日菜子が柵を勢いよく掴んで身を乗り出し、場内を裂く声で叫んだ。わたしと若葉ははっと息を呑んで、日菜子の姿を見つめていた。日菜子は細い喉を震わせて……レンズの向こうの潤んだ瞳は、太陽にきらきらと揺れていた。
空気が止まる。蒼の目線が、ほんの一瞬だけこちらに向けられた。そして、綻ぶ。
蒼の蹴ったボールが、ゴールに突き刺さった。網ががさっと揺れる音がして、わたしたちは声も出せなかった。そのゴールの瞬間を、ただ見つめているだけだった。まるで時間が止まったようで……東高サイドから歓声が沸き起こり、静寂を切り裂いた。
チームメイトに肩を組まれて笑う蒼が、こちらを向いて日菜子に大きく手を振った。隣の選手が何やら話しかけ、蒼は爽やかな笑顔でこう叫んだ。
「可愛いでしょ? ……私の彼女!」