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第八話 君を追いかける夏(5)

 ほのかとは、部活が午後からの日の午前中、週に二回練習することになった。カナデとの練習は週一くらいだから、夏休みは週三でカラオケへ行く。初回は明後日と約束して、部活へ向かうほのかを見送った。


 日が明るいうちに帰宅して、私服のままベッドにどさっと倒れる。目を瞑って、大きく息を吐き出した。なんだか、今日は……色々あったな。ほのかとこんなに距離が近くなるとは思わなくて……彼女の優しさが眩しいぶん、わたしの心の狭さが目立つ。ほのかはあんなにいい子なのに、どうしてわたしは……。


 マットレスに身体を沈めながら、脳裏にカナデを思っていた。最近、暇さえあればカナデのことばかり考えている。例えばこんな日、カナデは何をしてるのかな。なんて。特に用事はないけれど、スマートフォンに手を伸ばした。わたしって、家だとほんとだらしないな……絶対にカナデには見せたくない。


 やっと手に取ったスマートフォンの画面を見ると、カナデから不在着信が来ていた。表示を見た途端、呼吸が浅くなって、心臓が高鳴る。カナデから電話なんて、珍しい。着信履歴以外のメッセージはないし、つい身体を起こして背筋を伸ばした。どきどきしながら画面に触れて、折り返しの電話を掛ける。コール音が鳴り響き、五回くらい続いて音が途切れた。


「あ、もしもし。ミナ?」


 受話口から優しい声が聞こえてきて、耳を撫でられているみたいだった。最後に声を聞いてから、まだ一週間も経っていないはずなのに……ずいぶん久しぶりのように感じてしまって。安心感からか、じんわりと身体の芯が熱くなった。


「カナデ……。電話もらってたみたいで、ごめんね。どうしたの?」


「いや、大したことじゃないんだけどね。今日さ、うちの兄貴に会ったんだって? バイトから帰ってくるなり、ミナの話、し出したから」


 言葉を聞いて、カナデのお兄さんを思い出す。お兄さん、カナデに何て言ったんだろう。視線を部屋の中で彷徨わせて、頷いた。カナデははあ、と息を吐き出して、少しだけ荒い口調で話し始める。


「本当ごめんね。兄貴、ミナに何か変なこと言ってなかった? 後で叱っとくから」


「そんな、全然。お兄さん……優しくて、良い人だった」


「本当に? 外面だけは良いみたいだからね、あのサブカルかぶれマッシュルーム頭」


「サブカル……マッシュルーム?」


 カナデは珍しく、忌々しそうに言葉を吐き捨てた。何、そのあだ名? わたしが呆然としていると、カナデは早口でお兄さんの文句をまくし立て始める。すると急にガサガサ音がして、カナデの声が遠ざかった。「ちょっと!」と抗議している声が小さく聞こえて、その後、お兄さんの声が割り込んでくる。


「……どうも、美奈ちゃん? サブカルかぶれマッシュルーム頭です。今日はありがとう。さっきも言ったけどさ、奏の我儘に付き合う必要なんてないからね、無理しないでよ」


「あっ、お兄さん……いえ、そんな。無理なんて全然してないので、大丈夫です」


「はは、美奈ちゃんは優しいんだね。でも、何かあったらいつでも言うんだよ。奏のこと……任せたよ」


 お兄さんは穏やかな声でこう言って、音声は再度雑音に切り替わった。しばらくして、カナデの声が戻ってくる。


「……ミナ、本当ごめん! 兄貴が勝手に部屋に入ってきて、携帯まで取り上げて、信じらんない。マジで何考えてんの?」


 遠くで、お兄さんがごめーんと軽い調子で謝罪をする声が聞こえた。喋っているカナデの声は、いつもより棘が目立っている。なるほど、家でのカナデはこんな感じなのか。わたしの前では見られないその姿を想像して、また少し笑う。やっぱり、仲がいいんだなあ。


「ちょっとミナ、笑ってない?」


「いや……そういうカナデは、珍しいなあと思って」


「兄貴は昔から心配性で、シスコンが入ってて、本当うざいしキモい」


 そう言ったカナデの声は、刺々しくはあったものの、どこか呆れたような優しさが含まれていた。きっと、本心ではお兄さんのことを大切に思っているのだろう。お兄さんに対するカナデの態度は、どこか子供っぽくて微笑ましい。


「……それでさ、別に、兄貴に言われたのを気にしてるわけじゃないけど……。ミナが今、一緒に吹いてくれてるじゃん。もし私が誘って断れなくて、嫌々だったらどうしようって……最初、無理に誘っちゃったし」


 いつも落ち着いているカナデの声が、だんだん小さくなって震えていく。こんな弱々しい声、初めてかも。何を言われたかは分からないけれど……どうやらお兄さんに言われたことを、かなり気にしているみたいだった。そのどこか弱さを孕んだような声が、なんだか愛おしくて。わたしはスマートフォンに頬を寄せて、瞼を下ろした。


「カナデ……。さっきもお兄さんに言ったけど、無理してるなんて絶対ないよ。確かに最初は戸惑ったけど……今はカナデと吹くのが好き。わたし、もっと上手くなりたいって……思ってる」


「……そっか」


 カナデは小さく息を吐いて、黙り込んだ。その声から、カナデの気持ちは読み取れない。だけど、もしかしたら――カナデもわたしと同じように思っていてくれていないかな、なんて。わたしはつい、聞こえないように呟いた。


「カナデは、わたしの……」


 囁いたその言葉に、胸が少しだけ痛んだ。カナデに気付かれたくない想いが、声に乗ってしまいそうだったから。「ん?」とカナデの声がして、何でもないよと笑ってごまかす。カナデは、わたしに――居場所をくれた人。だからわたしは、何があっても……あなたの隣にいたいと思うんだ。



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