第七話 文化祭と胸のざわめき(6)
劇は、文化祭とは思えないほどの出来栄えだった。衣装や小道具も手が込んでいたうえに、どの役者も演技が堂々としていて、つい息を呑んでしまった。ミュージカル調の音楽に合わせて歌声を披露したほのかの姿は、スポットライトの光も相まって神々しくも見えた。つまり……とんでもない劇だったのだ。
「はー……すっごかったねえ……流石東高だわ……」
上演後、若葉が身体中の空気を抜くように呟いた。観終わった後、何とも言えぬ満足感が身体を満たしている。暗幕から、やり切った表情の蒼が顔を覗かせ、こちらに手を振った。
「蒼ちゃん」
日菜子が近づこうとすると、辺りから一斉に黄色い歓声が上がり、大勢の女子たちが蒼を囲んだ。日菜子の動きがはたと止まり、蒼の姿を見守っている。
「蒼~! めっちゃかっこよかったよー!」
「マジ王子だったねー! 惚れたわー!」
「ねっ、写真撮ろ! 後でクラスのやつに自慢する!」
同級生と思われる女子生徒たちが、カメラを掲げて蒼の逃げ場をなくしていた。あの容姿だから、女子がきゃあきゃあ言うのも無理はない。蒼は困ったように頬を掻き、目線だけ日菜子に投げかける。様子を見ていた日菜子はにこりと笑い、ぱたぱたと片手を振った。
「……蒼ちゃん忙しそうだし、行こうか」
「えっ、日菜子氏。声かけなくていいの?」
「……うん。邪魔しちゃ悪いしね」
日菜子が先頭に立って教室を出ようとすると、カナデを呼び止める声が聞こえた。振り返ると、劇のクライマックスで披露された青いドレスを着たほのかが駆け寄って来る。上品な光沢を放つドレスを着こなすその姿は、まるで本から飛び出て来たお姫様だった。
「……奏、これ! 一時から体育館で演奏するから……来てくれると嬉しい。私……奏との約束通り、吹部に入ったよ」
俯いてチラシを押し付ける声が、さっきの堂々とした声と違って緊張していた。カナデは一度だけ目を見開いて、チラシを受け取って目を落とす。何かを言いたげに口元が動き、それを呑み込むように頷いた。
「……美奈ちゃんも、お友達も。良かったら一緒に来て欲しいな。呼び止めちゃって、ごめんね。文化祭楽しんで!」
顔を上げ、優しい笑みを向けたほのかは、手を振って暗幕の向こうに帰って行く。カナデがチラシを眺めていると、横から若葉がそれを覗き込んだ。
「吹奏楽部のステージか……せっかくだし聴きに行くか! それにしても、松波奏と美奈氏の友達、すごい美少女だな……東高、顔面偏差値も高い……」
ぶつぶつと呟いている若葉に、心の中で同意する。見た目も良くて、勉強もできて、優しくて、演技までこなしてしまう。そんなほのかを見ていると、自分との違いを嫌でも思い知らされる。
カナデは、本当にわたしと一緒にいていいのかな。もっと、ほのかのような――レベルの高い人の方が、きっとカナデにふさわしい。俯くと、視界の端に表情をどこか曇らせた日菜子の姿が目に入った。日菜子も日菜子で、何か思うことがあったのかもしれない。声をかけようかと思ったけれど、何て言えばいいのか分からなくて……わたしは何も言うことができなかった。