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第七話 文化祭と胸のざわめき(3)

***


 海浜高校は海辺にあるせいか、船のような独特な形で校舎が設計されている。二階がメインフロアになっていて、一年生の教室は最上階の四階だ。放課後、わたしは部活に行く若葉と日菜子を見送り、自席でスマートフォンを弄って時間を潰していた。冷房の切れた教室内はどこか蒸し暑く、息苦しかった。


 特に興味もないニュースサイトを眺めていると、芸能人の結婚速報が流れていた。結婚……。すごくどうでも良いなと思いながら、画面をスクロールする。わたしにとってはくだらない情報でも、きっと誰かにとっては重大な速報なのだろう。頬杖を付いてぼんやりとしていると、約束の時間が近付いていることに気付いて席を立つ。そろそろ、カナデの用事も終わった頃だろう。


 ガラス張りの明るい階段を駆け下り、昇降口で靴箱に寄りかかっているカナデを見つけた。その途端に心臓が跳ねるけれど、わたしは気付かないふりをする。カナデは足音に気づいたようでこちらを向き、笑顔で手を掲げた。視線が交わり、わたしもそれに合わせて笑顔を作った。


「ミナ、お待たせ。突然担任に呼び出されちゃってさ、ごめん」


「……ううん。呼び出し、大丈夫だったの?」


「授業サボり過ぎって怒られたよ。まあ、自覚はあったんだけど……これからはもう少し出ないとかなー……」


 カナデは大きく身体を伸ばして、あくびをひとつ。その様子は、普段と何も変わらない。本当に自由だなあなんて思いながら、靴箱で靴を履き替える。わたしのローファーがかたんと落ち、カナデのスニーカーは勢い余って逆さまになった。とんとん、とつま先を地面に何度か叩き、カナデの横に並んで校舎を出る。夏の日差しがかっと照り付け、わたしはその眩しさに目を細めた。


「土曜日はありがとね。あの後、ちゃんとほのかと話せたよ」


「そっか。それなら良かった」


 バス停へ向かいながら、いつも通りに会話を交わす。いつもと何も変わらないはずなのに、どこか胸がざわついていた。だけど、カナデの笑顔を見ると――心が緩みそうになる。隠したものが、ほどけていく。それでも、見せちゃいけない気がして……鞄を持つ手に力を入れた。


「そういえば、今朝は若葉ちゃんがクラスに行ったみたいで、ごめんね……。東高の文化祭、本当に良かったの?」


「たまたま教室にいたら、いきなり『松波奏~!』って言いながら来たからびっくりしたよ。面白い子だね。予定は無かったから、別に大丈夫。ほのかにも会っておきたかったから」


 横目で表情を伺うと、カナデは穏やかな顔をして笑っていた。カナデは何を思って、今その笑顔を浮かべているんだろう。胃がずしりと重くなって、わたしは俯く。わたし、こんなのでどうするんだろう。わたしだけを見ていて、なんて……。そんな子供みたいなわがまま、言えるはずないのに。


 突然、カナデが早足で一歩前に出て、わたしと目を合わせる。その拍子にカナデが背負っている黒い楽器ケースの金具が楽しげに鳴り、わたしははっと顔を上げた。


「……さっきさ、汐見さんと轟さんが来たとき。『松波さんが来てくれたら、美奈ちゃんがすごく喜ぶと思うから!』って言われたんだけど。ふふ……ミナ、そうなの?」


「……えっ」


 茶化すように笑われて、頬が一気に熱を持つ。その言い方は、きっと日菜子だ。なんで日菜子が、そんなことをカナデに言うんだろう。その言葉は、間違いじゃない。だけど……。身体がかっと熱くなり、わたしは目を逸らしてしまう。


「ええと……う、うん。カナデが一緒だと、嬉しい……かも」


「そっか、ありがと。私も、ミナといると楽しいよ」


 その瞬間、胸の奥で何かが鳴って、うまく息ができなかった。カナデのことを直視できず、わたしは俯いてしまう。カナデはその言葉を、どんな顔で言ったんだろう。それでも言葉だけで、わたしにとっての威力は十分だった。カナデは照れたわたしを笑いながら、ちょうど来ていたバスに乗り込み、二人席に腰掛ける。


 狭い席で、カバンと楽器ケースを抱えてぎゅうぎゅうだった。肩が触れて、スカート越しにカナデの太腿の熱がじんわりと伝わって来る。こんなに意識するつもりはなかったのに、気づくと余計に暑く感じてしまう。決して変な意味はないんだけど……こんな時に限って汗ばむなんて、本当に勘弁してほしい。


 火照る身体で朦朧としながら雑談を交わしていると、いつの間にかバスは駅前のロータリーに到着していた。次々と降りていく乗客に続いて、カナデが席を立つ。身体の触れていた箇所から体温が消え、その名残だけが残っていた。わたしは何てことないような顔を繕って、カナデに続いて席を立った。


 楽器ケースを握り締め、いつものカラオケ店へ向かっていく。先週カナデから出ていた宿題の練習曲は、多少吹けるようになっているはずだけど……。雑念を取り払わないと、なんだかヘマをしてしまいそうだった。気付かれないようにそっと息を吐き、夏の空気を肺に取り込む。夏の空気は重く、喉を通るたびに少しは落ち着くかと思ったのに、逆に胸の奥で熱がくすぶるようだった。


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