第七話 文化祭と胸のざわめき(1)
月曜日、久々に遅刻をした。爽やかな朝の光を浴びながら、わたしはホームの黄色いベンチから動けず、いつもの電車を見送った。下車した学生が、辺りで騒がしく群れている。賑やかなその姿を横目に、ひとつだけ溜息を吐き出す。脚を伸ばし、意味もなくつま先を上下させた。足元には、今日も一応持ってきた楽器ケースが置かれている。
土曜日――カナデとデートに行った日に、カナデとほのかは無事に仲直りをしたみたいだった。二人がどんな話をしたかは分からないけれど、カナデは清々しい顔で帰ったし、携帯にほのかの連絡先を再登録していたみたいだった。対してほのかからも、わたしにお礼のメッセージが送られてきた。
わたしが望んだ結末のはずなのに、胸が霧で覆われたみたいにもやもやして、今すぐ叫びたい衝動に駆られてしまう。カナデとほのかが仲直りしたのは嬉しいはずなのに、心の奥底で、別の何かが燻っている。それが何なのか、うまく言葉にできない。ただ、胸のあたりがざわついて、息苦しくなる。
わたしはカナデの友達で、カナデもわたしの友達のはずなのに。頭では分かっているのに、なぜか心が追いつかない。そんなに簡単に、誰かとまた繋がれるのなら――わたしじゃなくても、いいってこと? わたしじゃなくても、カナデは笑うの?
――違う。そうじゃない。
こんなことを考えている自分が気持ち悪い。なのに、止められない。胸の奥に沈殿しているこの感情は――嫉妬。
カナデを独り占めしたい。わたしだけを見ててほしい、特別でいたい。これは可愛い気持ちなんかじゃない。胃の奥がじくじく燻って、身体が重い。こんな感情を抱くのは初めてで、どうしたら良いのか分からない。
むしゃくしゃと頭を掻いていると、鞄の中のスマートフォンが振動する。若葉か日菜子からのメッセージだろうと思い取り出すと、案の定、三人のグループチャットに日菜子から心配したような文面が送られてきていた。優しい日菜子のことだから、わたしが姿を見せない理由を深読みしているかもしれない。
『電車逃して遅刻するね! こないだは、相談乗ってくれてありがとう。お出かけ、上手くいったよ』
なんて、何もなかったように装って送信する。メッセージの横に既読の文字が付き、二人から了解とか、お疲れ様とスタンプが送られてきていた。二人が心配しているから、次の電車に乗って……学校に向かわなければいけない。
ベンチとぴったりくっついてしまったお尻に、軽く力を入れる。立たなきゃ。わたしがここで時間を無駄に貪っていても、状況は何も変わらない。この気持ちを、素直に受け入れるしかないのは分かっている。胸の奥に沈んだ鉛のような感情を、抱えていくしかないのだろう。
十分後、後続の電車がホームに滑り込む。のろのろ立ち上がって乗り込むけど、気持ちはまだ宙に浮いたままだった。