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第一話 金色の色と灰色のわたし(3)

「ミナだね。覚えとく。私のことも、カナデで良いよ」


「はあ、カナデ……?」


「うん。……で、ミナはこんな時間までここに居ていいの? もう二時間目始まるけど」


 距離の近さにどぎまぎしつつもその言葉に驚き、スマートフォンを取り出す。画面を確認すると、二時間目の始まる五分前だった。この場所から走って学校まで戻ったとしても、五分ではとても着かないだろう。わたしは溜息を零して、画面を落とす。


「もういいよ、どうせ間に合わないし……」


「そう? じゃあ一緒に、サボっちゃおうか」


 彼女はショートカットを揺らして笑い、地面にしゃがみ込んだ。灰色のスカートからは細い脚が伸びていて、反射的に目を逸らす。こうやって見ると、彼女は普通の女子高生だ。さっきまであんなに壮大な演奏をしていたとは思えない。けれどまだ、彼女を包む空気はキラキラしていた。まるで太陽のように、彼女は眩しい。


「いいよね、この場所。人も少ないし、静かだし。気に入ってるんだ」


 水平線を見つめながら、彼女は言った。湿気を帯びた風が、わたしたち二人を包んでいた。わたしは髪の毛を片手で抑えながら、言葉を探しつつも口を開く。


「……カナデは、吹奏楽部に入っているの?」


「いや、入ってない。これは個人的な、趣味みたいなものだから」


 “どうして?”とは、言えなかった。彼女の述べた口調が、先程よりも少しばかり強くなっていたような気がしたから。わたしが口を噤んだのを気にしてか、彼女は首を傾げて息を吐いた。


「……ていうか、うちの高校の吹部ってすごい厳しいじゃん。制服も着崩したらいけないし、小テストも毎回合格しないと怒られるし、もちろんサボりも厳禁だし。人間関係も面倒でさ。……そんなルールに縛られて音楽するのが、嫌で」


 俯いていた彼女が、視線を上げた。意思の宿ったような強い瞳が、ただ真っ直ぐに海を見つめている。その視線の力強さに、わたしは息を呑んでしまう。


「……私はただ、自由に演奏してたいだけなんだ。楽器吹くだけだったら、どこでもできるしね」


 彼女の言うことは一理あった。わたしたちの通う海浜高校の吹奏楽部はそこそこのレベルで人気もあるけど、制服の着こなしや学業成績に対してあまりにも厳しいと有名だった。確かにそんな中で、サボり魔の彼女はやっていける気がしない。集団の中で大切なのは、協調性だ。自由でいたいという彼女の願いは、吹奏楽部の中では叶わないだろう。自由と引き換えに一人を選んだ彼女は、だからこそ……あんなにも、のびのびとした演奏ができるのかもしれない。


「ミナは何か部活やってないの?」


「わたしは帰宅部。特にやりたいこともないし……何もできないし。人間関係とかも、大変そうだったから」


 彼女の隣に、しゃがみ込む。スカートを気にしながら膝を抱え、眼前の東京湾を見つめてみた。汚いと思っていた水面は、太陽の光を疎らに反射させてスパンコールのように輝いていた。どこまでも遠くに広がる、青。髪の毛が潮で絡まっているような気がして、わたしは手櫛で髪を梳かす。案の定、掌はべたついた髪の毛の途中で止まってしまった。


 わたしって、つまんないな。


 はあ、と小さく溜息を吐き出すと、隣の彼女が立ち上がった。楽器を片手に、もう片方の手を差し出している。わたしも立てということだろうか。陽光を浴びる彼女の手に、恐る恐る手を伸ばす。指先が触れた瞬間、彼女は笑ってわたしの手を握りしめた。彼女の手は力強く、しゃがんでいたわたしを引っ張り上げる。


「……ミナも、やってみなよ」


「え?」


 思わず口をついて出た声は、波の音にかき消された。彼女はわたしを真っ直ぐに見据えたまま、繋いだ手を離し、両手で金色の楽器を差し出してきた。


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