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第六話 夕暮れと二人の絆(5)

***


 わたしがカナデを連れてきたのは、海辺のタワーだった。この街は東京のベッドタウンで派手な観光地はないけれど、このタワーは一応観光スポットだ。だけど、いつも閑散としていて人気はない。入場券を買って、ふたりでエレベーターに乗り込んだ。展望室に着くと、カナデは「へえ、すごい」と歓声を上げてガラスに近づく。全方面の窓ガラス越しに、オレンジに染まる街が広がっていた。見慣れた街並み、聳える東京の摩天楼、海、はるか遠くに連なる山脈……。わたしも息を呑んで、カナデの後ろ姿を追っていく。


 わたしがここを選んだのは、とても単純な理由からだった。高いところに登ったら、少しは気分が晴れないだろうか。なんて……。


 眼下には、ジオラマのような街に米粒みたいな大きさの車が走っていた。街を歩く人の姿は、小さ過ぎて見ることができない。そう実感する度に、わたしたちはなんてちっぽけな存在なんだろうと思う。何もないこの街で唯一、このタワーだけが、空とつながっている――そんな気がした。カナデも同じように思ったり、感じてくれるかは分からないけれど。


 ぐるりと展望室を一周し、東京湾に向かった方向で足を止める。ちょうど、太陽が水平線に隠れようとしているところで、海には眩い光の道が走っていた。横を見ると、カナデの黒い短髪がオレンジ色のベールを纏っている。初めて会った時のように、その姿は眩しかった。辺りいっぱいに太陽の粒子が漂っていて、カナデはわたしと目を合わせる。


「初めて来たけど……良いね、ここ」


 夕日に照らされながらカナデは笑って、スマートフォンを取り出した。カメラを起動し、何枚か写真を撮っている。わたしもスマートフォンを鞄から出し、両手でぎゅっと握りしめた。沈む太陽の眩しさに目を細めながら、わたしは意を決して口を開く。


「……カナデ、わたしあの日……ほのかさんと、話したよ」


 カナデがゆっくりとわたしを見て、片手で気まずそうに髪をいじる。俯いた瞳が、橙色の陽光に揺れていた。


「……そっか。ごめん、巻き込んで」


「ううん、わたしこそ、踏み込んじゃってごめん……。ほのかさん、カナデのこと凄く気にしてた。ずっと……後悔してるって」


 上手く言葉が出てこなくて、わたしは俯く。スマートフォンを握る指先に、力が入っていた。そもそもわたしが、ほのかの気持ちを代弁できるわけがないのに。どうしてわたしは、この二人の関係を取り持とうとしているのだろう。


「ほのかさん……また昔みたいに、友達に戻れたらって、言ってた。すごく、辛そうで……カナデは、ほのかさんのこと……どう思ってるの」


 その言葉は、どこか震えていた。カナデの顔を見るのが怖くて、目の前の海に視線を移す。空はだんだんと青みがかり、水平線を染めるオレンジとのグラデーションが静かに深まっていた。その景色は美しいはずなのに、わたしの胸の奥には、ざらついた不安が広がっていた。夜の始まりを告げるような暗い色をした雲が、バケツをひっくり返したような不恰好な形で浮かんでいる。


「相変わらず、ほのかったら真面目だなあ……」


 息を吐くように、カナデは小さく呟いた。その声はどこか笑っているような、優しげな声色で……ずしりと胃の辺りが重くなり、わたしは息を止める。


「あの時、ほのかが悪かったわけじゃない。いや、ほのかは何も悪くないんだ。私が一人、勝手に部活にムカついてて……ほのかは部長として、よくやってたと思うよ。ほのかに何も言わずにいなくなったのは、悪かったと思ってる。一度拒絶してしまったら、どうして良いか分からなくて。それに、嫌われてた私とつるんでると……ほのかにも悪評が立ちそうだったしね」


 はは、と自嘲気味に笑って、カナデは俯く。短い髪の毛がその横顔を隠していて、わたしは咄嗟に手を伸ばしそうになってしまった。


 ――そんなこと言わないで。ねえ、カナデ。わたし……今度はわたしが、カナデを守るから。わたしは、ずっとカナデと一緒にいるから。だから、そんな顔……しないでよ。


 スマートフォンを握っている手に、力が入る。指先がぎりぎりと画面を押し付けていて、わたしは何も言うことができなかった。二人の思いはそれぞれ、よく分かる。よく分かるけど……これは本来、わたしが踏み込むような話ではない。今までのわたしだったら、絶対こんなことはしないのに。


「……私こそ、本当はほのかに謝るべきなんだよ。迷惑ばっかかけてごめんって。……私がやったことを振り返ると、愛想尽かされてもおかしくないのにね。あの時、私ももっと、上手く立ち回るべきだったと思ってる。なのに、友達に戻りたいなんて……。ほんと、ほのかはお人よしだね。ごめん……」


 呟くように言ったカナデの瞳が、一瞬だけ揺れたように見えた。その途端、わたしの身体は背中から冷たく貫かれたようだった。もうわたしは何もできなくて、両手をだらりと落として立ち尽くす。


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