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第六話 夕暮れと二人の絆(4)

 ゲームセンターでのミッションを終え、わたしはこっそりとメモを取り出す。次の目的地は、若葉の言っていたアニメショップ。繁華街のビルの一角にあるその店は、雑多なポスターとグッズに彩られた入り口が、まるで異世界へのゲートのように見えた。


「へえ、ここ?」


 カナデはそんな外観も気にせず、ためらいもなく店内へと進んでいく。その背中が頼もしいやら怖いもの知らずやらで、わたしは慌てて後を追った。中は思ったよりも明るくて、同年代の子たちがたくさんいた。壁一面に並ぶ漫画とグッズの海に、ちょっとだけ圧倒される。


「……あ、この漫画。新刊出てたんだ。これは、まだ買ってなかったな……」


 カナデがぶつぶつと呟きながら、新刊棚から一冊を手に取った。表紙を見ると、世間を賑わせている有名な少年漫画だった。


「カナデって、漫画読むの……?」


 意外に思って声をかけると、カナデはふっと笑った。


「まあ。兄貴が漫画好きだから、家には色々揃ってるかも。私はそれを勝手に奪って、読んでるだけ」


「えっ? ……カナデって、お兄さんいるんだ」


 驚いて聞き返すと、カナデは少しだけ渋い顔をして、ちらりとわたしを見た。


「……言ってなかったっけ。大学生の兄貴が、ひとり。いつも行くカラオケあるじゃん、あそこでバイトしてる」


 なるほど。毎回カラオケ代を安くしてもらえるのは何でだろうと思っていたら、お兄さんが働いていたのか。つまり、社割みたいな感じなんだろうなと納得する。それにしても、カナデのお兄さん……。


「……ミナったら、会いたいとか思ってるでしょ? 働いてるの深夜だし……ほんと、ろくでもないから、やめときなよ」


 わたしの心を見透かしたように、カナデが顔をしかめている。本当に嫌だとでも言いたげな表情に、ちょっとだけ笑ってしまった。


「兄貴は本当、ウザくてキモくてシスコンで。会わせたら絶対めんどくさい。絶対ヤダ」


 カナデの口から、初めて聞くような罵倒の言葉がさらさらと流れるように吐き出される。だけど、そう言いつつも漫画の新刊をレジに持っていったので、兄妹仲はまずまず良さそうだ。


 ――さっきまで、すっごく悪口言ってたのに。なんだかその背中が、少しだけかわいく見えてしまった。


 店を出ると、空気が少しだけ柔らかくなっていた。午後三時。スマートフォンで時間を確認しながら、わたしは意を決して声をかける。


「ねえ、カナデ……。何か甘いもの、食べたくない?」


 カナデは「いいね」と返してくれて、二人でカフェへ向かう。注文がちょっと独特らしいと聞いて、実は少しびくびくしていたけど――日菜子のレクチャー通りにすれば、なんとかなった。カナデは手慣れているのか、難なく注文を済ませている。わたしもカナデも、日菜子おすすめのフラペチーノを注文した。二人席に腰を下ろすと、カナデがわたしを見ながらにやりと笑った。


「……今日のプランさ、ミナが考えたの?」


 その言い方があまりにも確信犯めいていて、わたしは反射的にストローをくわえた。冷たい甘さが口の中に広がる。気まずさも、少しは落ち着くかもしれない。


「ええと……クラスの友達に、聞いて……」


「やっぱりね。だって所々、ミナっぽくない場所があったし、たまにメモをチラ見してるし。気づいてたよ」


 そう言って、カナデは「ははっ」と声をあげる。からかってるようで、でもその瞳にはほんの少し、優しさがにじんでいて。胸の奥が、じんわりとあたたかくなるのを感じていた。


「私のために、色々考えてくれたんだね。ありがと」


 どこか照れくさそうに息を吐いて、カナデはストローをくわえた。甘い液体が、勢いよくカナデの身体に吸い込まれていく。その仕草を見つめているとカナデは唇を離し、「普段あんまり行かないところもあって、楽しかったよ」と軽く笑った。


 その言葉に、良かったと胸を撫で下ろす。週明け学校に行ったら、若葉と日菜子にお礼を言わないといけない。その前に若葉から、「美奈氏、デートどうだった?」と突っ込まれてしまいそうだけど。


 日が少しずつ傾き、ビルの影が地面を染めていく。もう少しで、今日が終わってしまう。だけど、まだ終わらせたくなかった。だからこそ、最後に。わたしには、もうひとつだけ――カナデに見せたい場所がある。そこは、若葉でも日菜子でもなく、わたしが初めて自分で選んだ場所だった。スマートフォンを確認すると、時間はぴったり。


「……最後に、連れて行きたい場所があるの」


 わたしの声は、いつもより少しだけ張りがあった。カナデが静かに顔を上げる。視線が交わって、カナデの黒々とした瞳の奥に、ぼんやりとわたしの姿が映っていた。はっきりとした顔立ちのカナデや正統派美少女のほのかと違い、わたしの顔はいつ見てもぱっとしなくて冴えなくて……自信なさげな顔だった。でも――ここにちゃんと存在している、わたし自身。ほんの数秒無言の時間が流れて、カナデが微笑む。


「……わかった。じゃあ、出ようか」


 カナデは空になったカップを軽く手に持ち、すっと立ち上がる。わたしも立ち上がり、少しだけ息を整えて、一歩、前に出た。今度こそ、わたしがカナデを連れて行く番。ぎこちないけど、確かに踏み出した足取りが、床に小さな音を刻んだ。


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