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第六話 夕暮れと二人の絆(3)

 駅ビルを後にして、繁華街にあるゲームセンターに移動した。店内はぎらついたネオンと電子音の渦に包まれていて、鼓膜の奥がきゅっと縮む。光と音の洪水に、わたしは一瞬だけ現実の居場所を見失いそうになった。


 若葉おすすめの太鼓ゲームはすぐに見つかり、「やってみよう」と声をかけると、カナデは「へえ」と口元を緩めた。無難なJポップを選曲し、カナデは「むずかしい」、わたしは「ふつう」の譜面を選択する。初めてのプレイだけど、基本的なルールは単純みたいだし、「ふつう」で大丈夫だろうと思ったのが間違いだった。


 画面の中を次々に流れる、顔のような譜面。意味がわからない。そのスピードに、バチが全然追いつかない。隣ではカナデが鬼のような譜面をなんてことなさそうに叩いていて、差は歴然だった。若葉の言う通り、やっぱり音楽に触れているだけあって、こういうのも得意なんだろうか。


「大丈夫。ミナも慣れれば、できるようになるよ」


 そんな優しい慰めを聞きながら、次は日菜子の言っていたプリクラコーナーに移る。プリクラなんて、撮るのは一体いつぶりだろう。カナデはどうやら初めてらしく、機械の中を不思議そうに見渡していた。


「これがプリクラ……。すご……なんだこの加工。目が……」


 カナデはぶつぶつと感想を呟きながら、ぴったりとわたしの隣に立っていた。白い光に溢れた撮影ブースの中で指示通り、無難なピースで数枚撮影を済ませる。でも、事件は――その後だった。


『最後に仲良くハグしちゃおう~!』


 突然、機械が間の抜けた声を上げる。その瞬間、心臓が跳ねた。


――えっ? ハグ? 最近のプリクラは、そんなポーズもさせるのだろうか。でも確かに、昨日見た日菜子のプリクラは……。いや、だけどあのふたりは恋人で……。


 慌てて隣を見ると、カナデが「へえ、ハグかあ」と何でもないみたいに呟いている。その横顔には戸惑いも、恥じらいも、ない。反対に、わたしは完全にフリーズしていた。


 声にならない声を上げて固まっていると、3、2、とカウントダウンが進んでいく。どうしよう。頭が真っ白になって、何も考えられなかった。


「えっ、や……ムリ! だって……!」


 『いち』と響いた、その瞬間だった。腰に、ふわりと腕がまわる感触。背中に、温かい何かが触れた。柔らかくて、優しい香りがして。――あ、柔軟剤の香り。これ、カナデの……。


 息が、止まった。視界が、眩しく白む。目を開けているのに、何も見えない。カナデの呼吸が、耳のすぐ近くにある。心臓の鼓動がうるさくて、周りの音すら聞こえない。全身が、どくんどくんと脈を打って、もうどこが境界線かわからなかった。


 気づけば撮影は終わっていて、モニターには撮られた写真が並んでいた。わたしの身体はすっかり汗をかいていて、もうどうしたらいいのかわからない。カナデは画面をまじまじと見つめながら、息を吐くように笑った。


「ミナったら……。最後の写真、すごい顔……」


「だって! カナデが、急に……抱きついてくるから! カナデのせいでしょ……!」


「でも、ハグしろって指示だったし。とはいえ、これは……ふふっ……」


 最後に撮ったハグのポーズの写真のわたしは、鳩が豆鉄砲を喰らったような、なんとも言えない変な顔をしていた。こんな顔を、カナデに晒してしまうなんて。恥ずかしくて、今すぐ消してほしかった。


 カナデの軽い笑い声。わたしには、その余裕が羨ましかった。わたしは今、たぶん、一生分の心拍数を使ってしまった。なんでこんなにどきどきしているのか――わからない。……いや、本当はわかっている。わかっているけれど、認めたくなかった。


 わたしたちはそのまま写真の落書きコーナーに移動し、ふたりとも落書きなんて得意じゃないから、無難にスタンプを押して、無事に体験は終了した。慣れないことをしたせいか、身体がどっと疲れていた。機械から写真が印刷されて出てくると、カナデがシールを指差して笑った。


「ははっ……このミナの変な顔のシール、スマホに貼ろうかな」


「やだ! 絶対やめて!」


 わたしは必死に首を振る。だけどカナデは、からかうように笑ったままだった。写真の中――わたしの腰に手を添えたカナデの横顔は、なんでもない顔をしていて。あの一瞬が、わたしにとっては全部だったのに。


 女子同士だし、友達だし、ハグくらい普通。だけど、それを普通として扱えない。心が、追いついていない。鼓動だけが、ずっとさっきから騒いでいる。


 こんなの――変に気にする方がおかしいし、わたしがこんな顔をしているのは……きっと突然のことで、驚いただけ。眉をひそめて写真を眺め、鞄の奥にしまい込んだ。


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