第五話 金色と銀色の別れ(4)
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天台ほのかが松波奏と出会ったのは、小学校四年生の春、音楽クラブの体験会だった。二人の通う小学校には吹奏楽部のようなクラブがあり、四年生から入ることができた。入学時からほのかは、「絶対入る!」と意気込んでいて、やる気満々で体験会に参加していた。
上級生が楽器を持って勧誘する中、ほのかは一人、どれにしようか迷っていた。フルートはお嬢様っぽくて素敵、サックスは大人っぽくてかっこいい。腕を伸ばすラッパもいいけれど、大きいのは背が低いから無理かな……。
くるくるくるくると音楽室の中を何度も見渡し、うーんと迷う。音楽クラブに入るということだけ決めていて、何の楽器をやりたいかは考えていなかった。そうこうしているうちに他の四年生が試奏をしたり入部を決めたりしていて、ほのかは慌てる。困ったぞ、早く決めなきゃと思ったとき、突然、華やかな高音が耳を貫いた。輝くロングトーンに、ほのかははっと振り返る。音楽室の後方で、同級生っぽい女の子がラッパを吹いていた。それはあまりにも綺麗な音だったから、横の上級生が目を丸くして固まっている。
その様子を見ていたら、女の子と視線が交わった。凛とした黒い瞳が、ほのかをじっと捉える。その一瞬で、引き込まれてしまった。かっこいい! ほのかは駆け足で女の子に寄って、ぐっと顔を近付ける。
「ねえ、すごいね! 私もやってみたい。できるかな?」
「……できると思うよ。やってみれば?」
女の子はそう呟き、手に持っていた楽器を軽い調子でほのかに渡す。初めて持った金色のラッパは、少し重くてどこを持ったら良いのかも分からない。落とさないように、ぶつけないようにと思うと、変な汗が出てきてしまいそうだった。横にいた上級生が、「きみもトランペット志望?」と笑いながらほのかの持ち方を整えていく。
上級生にされるがまま、持ち方を直され、吹き方を教えてもらう。初めてのことに苦戦しつつ、音が出たのはそれからしばらく経った頃だった。その時の高揚感を、ほのかは今でもよく覚えている。「やった!」とほのかが叫ぶと、上級生は嬉しそうに拍手をし、横で見ていた女の子も微笑んでいた。
「……私、四年一組の天台ほのかです! トランペットやりたいです!」
興奮を抑えきれず、ほのかは勢いよく手を挙げて志願する。上級生は嬉しそうにして、抱えていた名簿にほのかの名前を書き込んだ。
「天台さんを入れて、トランペットパート志望者は四人……残りの楽器も四台だから、これで募集は終了かな!」
ぱん、と手を叩いて、上級生は名簿を先生のところへ持っていく。どこか夢見心地のままその様子を眺めていたら、つんつんと服の端を摘まれた。振り向くと、先ほどの女の子と、後ろに二人並んでいる。
「私、四組の松波奏。よろしく。あと二人同じパートの……」
奏に続けて、同じパートになった二人と自己紹介を交わしていく。こうして、ほのかは松波奏と知り合った。奏はいつの間にか、先輩を超えて圧倒的な実力の持ち主となっていた。早い段階で主旋律を担うファーストパートの譜面を吹きこなし、音域も幅広い。先輩が今まで担っていたソロを全て担当し、個人で出ていたコンクールでは何度も入選や受賞を重ねていた。
そんな凄い同級生に置いておかれまいと、ほのかも日々練習を続けていた。ほのかにとって、奏はライバルではなくずっと憧れの存在だった。地道な努力のおかげで、六年生になったほのかはトランペットパートの二番手の地位を確立させた。ほのかは奏を支えることを自分のやりがいにして、楽器を吹き続けていた。