表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/189

第五話 金色と銀色の別れ(2)

「やっぱり奏だ。ねえ……」


 彼女が手を伸ばそうとした途端、カナデの肩がぴくりと動いた。視線が一瞬揺らいだかと思うと、すぐにわたしから半歩ほど距離を取る。その仕草は、無意識のものに見えた。まるでそれは、反射的に何かを避けるようだった。彼女の手は宙を彷徨い、その勢いがたじろぐ。数秒の沈黙が続く中、二人の異様な雰囲気を察知して、わたしはただ見守ることしかできなかった。


「……ミナ、ごめん。今日は先に帰るね、また連絡するから」


 カナデは表情を曇らせながら早口でそう言うと、突然改札を目掛けて走り出した。カナデ、と呼びかけたかったのに、声が喉で詰まってしまった。わたしは何も言えないまま、息を呑む。


「……待って、奏!」


 代わりに彼女が切羽詰まったような声を上げて、その背中を追おうと駆け出した。ハーフアップにしたロングヘアが、目の前で風に乗って揺れていく。彼女が改札に定期ケースを勢いよくタッチすると、突然「ピンポーン!」という警告音が鳴り響いた。身体は改札機のバーに行く手を阻まれ、彼女は困惑した表情を浮かべている。走り去ったカナデの後ろ姿は、既に人混みの中に消えていた。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 何もできずに立ち尽くしていたわたしは、女の子の傍に駆け寄って声をかけてしまう。よく見たら、彼女の鞄から伸びたぬいぐるみの定期ケースは上下が逆になっていて、見事に顔が潰されていた。


「あはは……ありがとうございます。タッチするとこ、逆でしたね……」


 照れ笑いなのか、彼女は定期ケースを離し、頬の横に手を添える。改札を通ることは諦めたようで、身を翻してわたしの方に向き直った。東高の制服を清楚に着こなし、見るからに優しそうな風貌。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながら、一瞬だけわたしが持っている楽器ケースに視線を移した。彼女の視線を感じ、自然とケースを持つ手に力が入る。彼女も同様に、ケースをぎゅっと握りしめているように見えた。


「奏のお友達ですか? あの、ちょっと聞きたいことがあって……このあと、少しだけお時間いただいてもいいでしょうか」


 彼女の真剣な眼差しに圧倒され、咄嗟に身を引いてしまいそうになった。カナデの、どんな関係かは分からないけれど、きっと因縁のある相手。――心当たりがあるとすれば、いつかカラオケ屋の店長が言っていた、中学の同級生……“ほのか”だ。あの時のカナデも、どこか様子がおかしかった。


 わたしはカナデの事情に、どこまで踏み込んでいいんだろう。カナデはわたしが関わったら、嫌がるかな。でも……わたしは友達として、さっきのカナデを放っておくなんて、できない。わたしが頷いたのを見て、彼女のぴんと張り詰めたような空気が、少しだけ和らぐ。


「……ありがとうございます。じゃあ、どこか入りましょうか」


 にこりと微笑んだその姿は、花が咲いたように可憐だった。先に歩みを進めた彼女の背中を眺めながら、わたしは唾を飲み込んで一歩踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ